50話 白虎は翼はためかせ、黄昏時へと向かう
「皇家が力を増す結果になったということなのですか? 人ひとりを失っているのに?」
「むしろ失ったからだな。本来、父が私を与えることで得ようとしていた風御門の支持を、次男の死の原因を生み出した風御門家の罪を問わないことを条件に、横から奪い取った形になるだろう」
個室の向かい側の座席で優雅にアタシの淹れた紅茶をたしなむ琥珀お嬢様が答える。
あの『蒼穹テロ事件』から一週間。世間は四連休で、アタシはお嬢様のお供で『蒼穹』から五百キロメートルほど離れた、同じ日本のタワー都市のひとつ『黄昏』に直通地下鉄道で向かっているところだ。
「日本三十六名家とは言っても、実質は『皇』『日ノ本』『大和』の三大名家が、日本を引っ張っているようなものだ。その三つを筆頭とした派閥争いが、これまでずっと行われてきている。三家は自分たちの日本での権力を強くしようとし、他の名家は自分たちの特権と名誉を守るため、三名家のいずれか、あるいはそれぞれと上手く付き合っているというのが今の日本の歴史だな。もっとも三家は競い合ってはいるが、憎しみ合って争っている訳ではない。そこまでいってはいくらタワー都市を七つも抱えているとはいえ、日本を衰退させる要因になるかもしれないからな」
「はあ、そうなのですか。私にはよくわからない世界です」
アタシが呆れたような声を上げると、琥珀お嬢様は声をたてて笑う。
「半分は優越感を感じるための行為みたいなモノだからな。そういうのはつまらんものさ。なんにしても、私の婚約話はとりあえず白紙には戻った。もちろん父は次の嫁ぎ先を模索しているだろうが、三十六家の跡取り関係の人材は、未婚者も含め全員婚約者がほぼ全て決まっているからな。父が望むような関係強化の結婚相手はそうは見つからんだろうさ」
「おめでとうございます」
アタシの棒読みの祝いの言葉に、お嬢様が返してきたのは仏頂面だ。
「死者の上に成り立った結果だ。素直には喜べん」
『蒼穹テロ事件』の被害は、軽傷者八十七名、重傷者は私を含めて十五名、死者一名。
その一名が大問題。もちろん誰であろうと事件による被害者は悼まれるのは当たり前だと思うが、この人物の死は世界中のニュースで取り上げられた。
『皇 誠二』。
アタシも姿を見ている相手だ。伊邪那岐学園の生徒会長。テロの始まりである停電が起きた際、校庭で怯える生徒たちを宥めていた人物。
お嬢様の先程の話の通り、三十六名家の中でもトップクラスである『皇』家の次男。後継ぎではないにしろ、世界の重要人物になるのが約束されていたような存在だった。
「殺害されたところは目撃されていないのですよね?」
「ああ。お前たちが午後二時の太陽を落したすぐ後に、誠二さんと入れ替えるように、校内の人質部屋として使っていた視聴覚室に入れられた。誠二さんのことは目に見える人質として使うが、私のことはまだ完全に信用するわけにいかないとか言ってな。真偽はわからんが」
そのまま春暁さんと側近の二人のテロリストは姿をくらまし、連れて行かれた誠二さんは、例の通気ダクトがある設備所の前で死体となって発見される。頭を銃弾で打ち抜かれていたらしい。
「春暁さんが殺したんでしょうか?」
「さあな。テロリストの中で捕まっていないのは春暁さんと側近の二人だけ。捕まった連中は全員否認している。可能性が高いのは間違いないが、真実はわからん」
「それを調べるための今回の旅なのであろう? 楽しみではないか。ガッハッハ!」
アタシとお嬢様の会話に割り込んできたのは、通路へと続くドアの前で仁王立ちしていた軍服姿のランスだった。




