5話 踏みつけしは白虎の尾
落ち着け、アタシ!
自分で銃口をお嬢様に向けてるってことは、コイツはひとり。
この程度の力だったら余裕で対処できる。
一でアタシを拘束してる腕を引き剥がして、二でお嬢様に向けられている銃口を上にはねあげる。三で振り向いて首を掴む。四でへし折る。
よし、いける!
「テロリストの仲間ではなさそうだな」
うわ、低くて渋いイケボ♪
愛の言葉でなかったのが残念だが、アタシの反撃のタイミングを崩すのには充分だった。
「お前は……桃華お姉さまのところのボディーガードだな」
亀ちゃんの懐中電灯がこちらを照らしているので顔は見えないが、声音から琥珀お嬢様が怒りを覚えているのがわかる。
「え? あっ!」
イケボさんが、慌てた様子でアタシを解放し、拳銃を腰のホルスターに収めつつ、琥珀お嬢様に深く頭を下げる。自由を得たアタシはお嬢様の背後にまわり、イケボさんとむかいあう。
「日ノ本家の琥珀お嬢様でございますね。たいへん失礼をいたしました」
「非常事態だ。かまわん。君は千本桜家のボディーガードで間違いないな」
一瞬でお嬢様の声から敵意が消えている。切り換えの早いお嬢様だ。
「はい。鈴木と申します」
イケボの鈴木さんは直立の姿勢で、眉を寄せ難しい顔をする。
「ご理解ありがとうございます。さらに御厚意に甘えさせて質問させていただきますが、皆様は桃華お嬢様とともにこの空間に入られたのではないのですか?」
「違う。下校では一緒ではなかったからな。私は彼に案内されるまで、ここへ入る入り口のことさえ知らなかったし。千本桜家では伝わっているのだな? このルートが」
「はい。桃華お嬢様はご存知です。しかし……」
イケボの鈴木さんがなんだか厳しい表情でアタシを見る。
「日ノ本家ではメイドにどのような教育をされているのですか? 雇い主であるお嬢さまとともに逃げ出すなど」
鈴木さんがそう口にした途端、もともとひんやりとした空気だったこの空間に、冷凍庫の中かよとツッコミたくなるような、さらなる冷気が琥珀お嬢様のいらっしゃる方向から流れてくる……気がした。
目の前の琥珀お嬢様から真っ黒のオーラが吹きだしているようにさえ見える。まるでテリトリーを侵された獣だ。
「千本桜家には千本桜家の、日ノ本家には日ノ本家のやり方がある。身代わりをたて、少しでも対応する時間を生み出すのが千本桜家だとしたら、戦力を集中させ突破を試みるのが日ノ本の、この私のやりかただ。お前が口をだすことではない」
お、怒ってる!
静かな声だが間違いなく怒っている時の琥珀お嬢様だ。
しかもアタシが誤ってぬいぐるみを蹴飛ばした時よりも怒ってる。
彼の額からあまりよろしくなさそうな汗をあふれだす。
これが、お嬢様の貫録か。恐ろしいな。
「ウフフ、そのへんで許してあげてちょうだいな、琥珀ちゃん」
まるで長き冬が終わり、万を持して咲いた花のような声がし、アタシたちは一斉に鈴木さんの背後に目をむける。
そこには、スマホのライトで足元を照らす、メイド服姿の桃華お嬢様がお一人で立っていた。髪型をツインテールでなく、山田さんがいつもしているように、後頭部でお団子にまとめて。
アタシは悟った。なぜ、桃華お嬢様とメイドの山田花子さんの外見が似ていたのかを。全てはもしもの時のためだったんだ。
「桃華お姉さま、御無事でしたか!」
先程まで絶対零度の吹雪を吹かせていたとは思えない、柔らかな笑みで、彼女の無事を喜ぶ琥珀お嬢様。でも一番ホッとした様子を見せているのは、鈴木さんだけどね。
「ええ。ありがとう、琥珀ちゃん。話したいことはいろいろあるけれど、今は急いで移動しましょう。 花子のおかげで、時間を稼ぐことも戦力の集中もできたもの。無駄にはできないわ」
桃華お嬢様の言葉に、琥珀お嬢様はばつが悪そうに、こめかみをポリポリと掻く。
「さぁ、鈴木。私達を出口まで案内してちょうだい」
「は、はい」
亀ちゃんから懐中電灯を渡された彼は、心底救われた表情で額の汗をぬぐい「こちらです」と、闇を切り裂きながら歩き始めた。