4話 年の功より亀の甲
亀ちゃんがすぐさま懐中電灯の灯りを消し、小窓から校庭の様子を窺う。
「なにか見えるか?」
琥珀お嬢様の質問に彼は首を横に振る。
「いいえ。その逆です。点けられていたはずのスマホのライトの光が、一斉に見えなくなりました」
「この状況で進んで消すとは思えないな」
「ええ。誰かの指示、推測するなら、先程の音をだした人の、いや人たちかな。その人たちの指示によるものでしょうね」
とにかくと、亀ちゃんがアタシたちの元へ戻って来る。
「ここに長居はできなくなりました。すぐに移動しましょう」
「明かりを消させたのが侵入者だとしたら、彼らは暗闇でも見える手段を持っているのではないか。外に出てもすぐに見つかると思うが?」
「仰る通りだと思います。ですから、そこの出入り口からはでません。僕がここへ来たのは、校庭が見えるからじゃなくて……」
亀ちゃんは懐中電灯をポケットに差し込むと、周囲に光が漏れないように、スマホを手で覆い隠しながら、スマホのライトで床を照らす。
亀ちゃんが照らした先の床には、扉のようなものがあった。
「もしかして、点検口でございますか?」
「確かにこのフロアの排水管と、下のフロアの配線がある空間に出ますが、これは点検するための入り口ではないようです。点検口は『蒼穹』のホームページから設備見取り図にアクセスすれば確認できたのですが、この出入り口に関しては見取り図に記載されていませんでした。実はもうひとつ、校舎内の荷物搬入出フロアの隅にも記載されていない入り口がありまして」
「まさか私たちのような立場の者の緊急用か?」
「活動場所の地理を実際に確認しようとしていたときに偶然に発見したのですが、おそらくそうでしょう。ただ各地にタワー都市が生まれてもうすぐ二百年。その間、日本にある七つのタワー都市のスパコンのAIの管理は完璧で、問題らしき問題が発生しなかった」
「本来なら各家で伝えられていたものが、必要性を感じられずに、我が家のように伝達事項から消失してしまった」
お嬢様が納得したようにうなずく。
「ありえるな。だが、どうする? その蓋のフチについているのは見たことのない形だが、錠だろう?」
琥珀お嬢様が、蓋と床の金具を一つにしている金色の錠前を指さす。
「はい。かなり昔の鍵で、南京錠と呼ばれているものです。校舎内で見つけたものにはついていなかったんですけどね」
ふたりが会話を止めると、揃ってアタシを見た。
なにをアタシに期待しているかがわかる。
確かに生まれも育ちも犯罪率の高いタワー外だが、アタシは別に泥棒だったわけではないぞ。
ため息をつきたいのを我慢して、バッグから特殊金属でできた針金を取り出すと、南京錠の鍵穴に差し込み、五秒で取り外した。
「見事だ」
「まさか、本当に開けれるなんて……」
「メイド選抜訓練の時に、習う意味のわからないものがいくつかあったのです。これはその内のひとつの応用でしかありません。そんなことより急ぐのでしょう?」
実際は手錠をはめられて、そこからの開錠と脱出を求められたのだが、まったくなんのためにやらされたのやら。
アタシの言い訳じみた言葉に、亀ちゃんが「そうでした」と慌てて床の蓋をあける。中からは湿っぽい風とともに金属製の梯子が姿を現す。
彼が最初に梯子をおり、琥珀お嬢様、アタシの順番で続く。もちろんアタシは蓋を閉めるのを忘れない。南京錠はをつけなおせないので、メイド服のポケットにつっこんだ。
空間の床にたどりつくと、亀ちゃんが再び懐中電灯を取り出し灯りを点ける。フロア間の空間と聞いたから、高さは低いのだろうと思いきや、2メートルはありそうだ。これならアタシたちは普通に立って移動できる。
「ライトを点けても平気なのかい?」
「配管や配線の陰には隠れきることはできませんから、暗闇で物を見る手段のある人達に、この空間に先回りされていた時点でチェックメイトです」
亀ちゃんは肩を竦めて歩きだす。
そうして彼に連れまわされること十分。
「ここも駄目ですね。ロックがかかっています」
これで確認した上階へと続く出入り口は三つ目。全て機械式のロックがかかっていた。ちなみに下階にでる出入り口は、亀ちゃんがネットで確認した見取り図上にはなかったらしい。
「甲太郎君。見取り図に記載されている出入り口は、やはり全て同じように封鎖されているのではないか」
お嬢様が遠慮がちに尋ねると、梯子からおりた彼がはっきりとうなずく。
「はい。基本はそうだと思います。ただ学園の侵入者が武装集団で、学園の入り口に見張りをおいていたら、それを見た上流階級生徒付きのボディーガードさんたちはどうするでしょうか?」
「その侵入者たちに先に排除されていなければ、それぞれの家に連絡をいれるだろうな」
「電波が通っていません」
「ならば復旧するまで待機……はしないな。彼らは骨の髄まで家への忠誠心を叩きこまれている。なんとか子息子女の救出を試みるかもしれん」
「ええ。中にはこの通路の存在を知らされている方がいる可能性も」
「その誰かが、蓋を開けたままにしているか、内側からでも開けられるように細工していることが考えられるか」
アタシが「なるほど」と相づちをうつ……予定だったが、あいにくとそれは叶わなかった。
大きくごつごつとした手で口を塞がれた為に。
まさか、背後をとられるなんて!
クソッ! たかが一ヶ月で、もう感が鈍ってる!
こんなの師匠に見られたら、なにを言われるか!
アタシの葛藤などお構いなしに、アタシの口を塞ぎ、プライドをへし折ってくれた人物は、もう片方の手で、琥珀お嬢様に銃口を向けた。