38話 飛ぶ鳥は、案山子の知恵は、気に入らず
「二十八階の天井部から侵入できるのですか?」
「通常は不可です」
配管・配線設置エリア進入口の蓋のロックを、アンナロイドに外させながら、ジュピターが答える。
そうか。いま支配しているランスの身体は治安維持特化型。こういったセキュリティ解除のツールはもっていないのか。
「ほう。それじゃあ、通常じゃないルートを使うということか?」
師匠の言葉にジュピターが大きく頷く。
「はい、時田様。通気ダクト同様、本来人が通ることを想定していない箇所を利用します。ただし、迅速性、突破力を最優先とするため、充分な安全確保はできない旨、ご承知おきください」
「かまいません。すんなりと忍び込めると思っているほど、楽観視はしていませんので」
いかん。どうもジュピーターに対し嫌悪感があるためか、自然と嫌みが出てくる。
もっともジュピターが気にしている様子は、これっぽちもないけどね。
アタシが不満を押さえつけている間にも、路面の蓋は外され、ジュピターが先頭で入り、続いて待ちきれないとばかりに冬児さん、薄笑いを浮かべた師匠が梯子を下りて行く。
「ジュピターの言動が気にいりませんか?」
亀ちゃんが周囲のアンナロイドを気にしながら、小声で話しかけてきた。
相変わらずよく見てる。
「口にしなくとも、胸の中では気にしていると信じたいのですが……」
亀ちゃんよりも先に梯子に足をかけ、先程からアタシの胸を覆い尽くしているモヤモヤを吐き出す。
アタシが梯子を下りて行くのに合わせて、亀ちゃんが入り口にしゃがみ込む。
「カモミールちゃんと一緒に捕まったという少年のことですね」
「はい。彼はジュピターのことを友達だと……。でも、ジュピターから彼を心配する言葉がでてこない」
「ジュピターの行動を円滑にするために、人を利用しているとしか思えないということですか」
アタシはうなずいて梯子をおりていく。
二十八階下のスペースとは違い、こちらは照明がついていた。上辺だけだとしても、ジュピターが味方だと、こういうときは便利だ。
アタシに続いて亀ちゃんと、アタシたちを案内したアンナロイドの内の一機がアタシが背負っているのと同じようなバッグを背負って下りてくる。
「それの中身は中継器ですか?」
「そうです」
アタシの問いに答えたのは、アンナロイドではなくジュピターだった。
「皆様にも分担してお持ちいただきます。私の活動範囲が広がることは、そのまま皆様方の行動の有利に直結いたしますので、ご協力をお願い致します。できれば、アンナロイドの胸部に設置されていると思われる、特定電波妨害装置もはずして頂けると、よりスムーズに占拠が進みます」
「進入路がかわるだけで、作戦そのものは変えないと?」
ジュピターが冷たい視線をアタシに向けてくる。
「彼我の戦力差、人質の存在、限られた時間などを考慮して、これがもっとも確実で有効な作戦です」
そうなのかも知れないが……いいのだろうか、これで?
ジュピターの活動範囲が広がれば有利になるのはわかる。
しかし、どう考えてもジュピターのやりたいことは、テロリスト側も理解しているとしか思えない。彼らにとってもジュピターの支配が及ぶのが、一番嫌なことに違いないのだから。
仮にこの作戦が失敗してもジュピターはいい。本体は地下のスパコン。また別の駒を仕立て上げればいいと考えているのだろう。
でもアタシ達はそうはいかない。こんな『いつかは成功するさ』的なやり方に身を任せていいのだろうか?
アタシは先に降りていた冬児さんと師匠に目を向ける。
「ジュピターが本当に味方なら、その方法が一番だろ?」
「ジュピターも含めて4人。読まれていても、ばらければ一人くらいは設置できるだろう」
冬児さんはジュピターを疑いつつも反対はしないか、師匠は……まあ、ルートさえあれば、なんとでもできる自信があるのだろう。
アタシは、やっぱり信頼のできない相手の作戦に身を任せるというのは、どうにも気に喰わない。
困った時の亀頼み。アタシは縋る思いで亀ちゃんを見る。
アタシと目があった亀ちゃんは、軽く苦笑すると、目を閉じ顎に手を当てて考え込む。
「なにか代案があると言うのであればお聞きいたしますが、ご協力いただけないのであれば、これ以上の案内は致しかねます」
動きを止めたアタシ達に焦れたのか、ジュピターが脅迫めいたことを言ってくる。
なにが「目的への協力という形で、お詫びをさせて頂く」だ!
小夜がいなくなったら、アタシへの謝罪は放棄か。こいつはやっぱり人を駒としか見ていない。
……ぶち壊してやろうか?
ジュピターに向かって一歩を踏み出したアタシの肩を、亀ちゃんが掴んだ。
「ジュピター、急いで携帯式の電波妨害装置を3つ用意してください」
ジュピターが怪訝そうな表情を亀ちゃんに向ける。
「孫子曰く」
亀ちゃんが穏やかな口調で語りだす。
そんな亀ちゃんの横顔が、アタシにはとても頼もしく映った。




