37話 金鼓(きんこ)・旌旗(せいき)は、人の耳目を一にする所以(ゆえん)なり
「かしこまりました。ご案内いたします。ですが、小夜様は慰安コンサートの準備をお願いいたします」
「えー! 私も一緒に行く」
小夜がまた我儘を言い始めるが、さすがにそれはない。
ジュピターが露骨に困った表情を浮かべるので、代わりに説得しようかと思ったが、亀ちゃんがいち早く口をひらく。
「孫子曰く」
え? それでいくの⁉
できれば、小夜にはわかりやすく話してほしいのだけれど。
「『金鼓・旌旗は、人の耳目を一にする所以なり』。テロリスト達は、他のフロアの情報を手に入れる術を持っている可能性があります。同時に飛鳥さんの目的を阻害する、名家三十六家の息のかかった人達の存在も考えられる。これらの目を逸らすには、人の耳目を一斉に集めることができる存在が必要不可欠です」
うん。案の定、小夜が口をポカンと開けて亀ちゃんに顔を向けている。
「えっと、ようするに私が歌うことが、舞ちゃんの力になるってことで良いのかな?」
お、大事な部分は伝わってた!
「はい。小夜様や加納様のような素敵なアイドルの方が目立つ行動をとってくれれば、その分私どもは動きやすくなりますので」
「わ、私も⁉」
これまでまったくやり取りに参加できていなかった真雪さんが、私の言葉に頓狂な声をあげる。
「個人情報保護の観点から、詳しいことはお話しできませんが、現在二十九階にテロ対策の為に集まっている人員に限定いたしますと、年度末『蒼穹』アイドル人気投票の得票は、加納真雪様が歌柳院小夜様を上回っております」
「まぁ、体育会系が多そうだからな。真雪はその手の男にはモテそうだ」
「そっか。ファン層ってあるもんね。うん、わかった! 今回は歌柳院様には荷が重そうだから、囮役はボクがやってみせるよ!」
「な、なんだってーっ!」
小夜が妙なオーバーリアクションで驚いて見せる。
「ま、負けないもん!
小夜の歌で、真雪さんのファン、根こそぎ奪っちゃうんだからね!」
「できるかな~? ボクもとっておきの演武で魅せちゃうよ~♪」
「むむむむむ! ごめん、飛鳥ちゃん! 私、譲れない用事ができちゃった! 次は学校で会おうね!」
可愛らしい握り拳をふたつ作り主張してくる。
「はい。楽しみにしております」
私がそう答えると、小夜は嬉しそうに微笑み、本当に目が見えていないとは思えない軽快な足取りで、テントから出ていく。
続けて真雪さんもテントを出ようとするが、その際アタシと目が合い、軽くウインクしてくれる。
本当にありがたい。
本当なら真雪さんも師匠にくっついてきたかったのだろうが、自分の性格や小夜のことを鑑みて、衆目を集める側に回ることを決断してくれたのだろう。
出会ってからずっと思っていたことだが、彼女とは良い友達になれそうな気がする。
連絡先を交換していなかったのは残念だが、無事に戻って来た時の楽しみにしておこう。
「それでは、私達も移動いたしましょう」
テント内が落ち着くと、ジュピターが片手でひょいとテーブルを持ち上げた。
そこには、とっても見覚えのある蓋があった。




