35話 穏やかな夜に、人形と猛鳥はワルツを踊る
アタシたちは、二機のアンナロイドに導かれるまま仮設テントに入る。小夜の四人の護衛さんたちは、テントの外で待機するようだ。
『蒼穹』の管理AIジュピターと上流階級『歌柳院小夜』の会見だから、遠慮したのかもしれない。ジュピターが『蒼穹』に住んでいる、名家三十六家所属の者に危害を加えることはないだろうという判断もあるだろう。しかも小夜は、日本全体で見てもトップクラスのアイドル。ジュピターから見た価値が、アタシとは全然違う。
大型テントの中には、用途がわからない機器が両側面に設置されていて、四体のアンナロイドが、モニターとにらめっこをしている。さらに中央に置かれている大型のテーブルの上には、二十八階と、おそらく二十八階と二十九階の間の空間の見取り図がそれぞれ拡げられていた。
そしてそのテーブルの向こう、なんでこんな所にとツッコミたくなるような革張りの椅子に、ドカリと腰を下ろしていた軍服を着た顎の長い男が、アタシたちの姿を見て立ちあがり敬礼をしてくる。
「よくぞお越しくださいました。歌柳院小夜様。それから日ノ本琥珀様のメイドであらせられる飛鳥翼ちゃまと愉快な仲間たちの皆さん」
悪意がたっぷり込められた嫌みを入れてくる。冬児さんも分家とはいえ、名家36家の血をひいているのだが、おかまいなしだ。
「ランス。マザージュピターから最大の敬意を払うようにとの指示がでているはずです」
「あなたの表現には不適切な表現が含まれています」
アタシたちを案内してきた二機のアンナロイドが、どうやらアンドロイドらしい軍服に意見するが、当の本人はフンと鼻を鳴らす。
「黙れ。たかがアンナロイドごときが。我は治安維持特化型アンドロイド、型式D000021、タワー型都市『蒼穹』地上31階から40階治安維持担当の、個体名『ランス』様だ。緊急事態において、我の権限はマザージュピターによってほしょ―――」
唐突に黙ったかと思うと、白目を剥いて椅子ごと後方に倒れる。
唐突な展開に、小夜を含めアタシ達は唖然とするしかなかった。アンドロイドが持病を持ってるなんて話は聞いたことはないけど?
アタシたちが唐突な展開になにも言えずにいると、ランスが何事もなかったかのように椅子を支えにして立ちあがる。
再びアタシ達に向かい合うその顔には、先程のような傲慢さはなかった。
かわりに底冷えのするような冷徹さがその瞳の中に生まれ、アタシたちを捉えている。
「皆様、たいへん失礼をいたしました。ランスには私の指示がなくとも、速やかにかつ的確な行動をとれるように、基本のプログラム以外に独自AIも搭載しておりますが、旧型のため、考え方に柔軟性を欠くようです」
声はランスの野太い男性のモノだったが、この喋り方の感じ……覚えがある。
ジュピター。このタワー型都市『蒼穹』の実質上の支配者。
「貴方の方が古いのではありませんか?」
「私は皆様方のおかげで、常に情報が更新され、バージョンアップをさせていただいておりますので、時代に則した行動をとることが可能となっております。この場を借りて感謝申しあげます」
アタシの口撃に屈することなく、堂々と頭をさげてくる。
行動は丁寧でも、滲み出ている雰囲気が偉そう。慇懃無礼というやつだ。
アタシとは友達になれそうもない。せめて琥珀お嬢様のように、言動も偉そうにして欲しいものだ。
「心のこもらない感謝の言葉など吐き気がするだけです。私の要求は二つ。二十八階への侵入方法の提示、及びその協力です」
アタシの要求に、ジュピターはこともあろうに首を横に振った。
「飛鳥翼様。申し訳ございませんが、貴女がおひとりでここまできたわけではない以上、この場にある、私『ジュピター』への要望はひとつではありません。より重要なものから対応させていただきます」
ジュピターが一呼吸おき、「それではまず」と言葉を続ける。
「飛鳥翼様、二時間七分前にご無礼をはたらいたこと、心よりお詫び申し上げます」
なるほど、まずは小夜のご機嫌取りからきたか。
「ジュピター、口ではなんとでも言えるよ。貴方が感情を声に込めるのがヘタクソなのは知っているからそれはいいけど、代わりに態度で示さなきゃ」
小夜が腰に手をあてて注意をするが、ジュピターは表情ひとつかえない。
「はい、小夜様。貴女様の寛容なお心に感謝いたします。飛鳥翼様には、のちほど目的への協力という形で、お詫びをさせていただく予定です。時間もおしておりますので、続きまして、今回私が出来る限り上流階級の方々を巻き込まずに、この事件を解決したい理由を簡単にご説明いたします」
ジュピターの視線が、アタシと小夜から、後方の冬児さんへと移る。
「今回の事件に、他タワー管理AI及び、他タワー在住の上流階級の方の関与が疑われるからです」
ああ、うん。やっぱり話が大きくなってきたな。
アタシはチラリと師匠の顔を盗み見る。
勤めている会社で、最重要案件ばかりを任せられるというこのおっさんが、ここにいる時点で嫌な予感はしていたんだ。アタシの視線に気づいた師匠が、ナイススマイルを浮かべてくる。
このおっさん、こっちを利用するだけ利用して、説明する気ゼロだからな。
久しぶりにこのおっさんへの殺意が、鎌首をもたげた。




