31話目 小さな夜は飛ぶ鳥のさえずり追いかけて
「お前、いったい何者なんだ⁉」
小夜の猛烈タックルの目撃者となった冬児さんが、呆然状態から回復するなり叫ぶように言った。
ああ。小夜が誰かわかっているんだな。
三十六名家出身のトップアイドルともなれば、他のタワーの住人でも、知っていておかしくないか。それに冬児さんも分家とはいえ三十六名家の血筋だものな。
「私のお友達なんですよ♪」
小夜がまったく回答になっていない返事を冬児さんに返す。
彼の開いた口が塞がらない。
「質問の意図が違うと思われます。小夜お嬢様」
「お嬢様? なにその口調? それにこの服って……」
言いながら小夜が私の衣服をペタペタさわる。
「使用人さんの服じゃないの、コレ? 翼ちゃん、いったいなにしてるの?」
3年前とまったく変わらない、こちらの心を蕩けさせるような美声で問いかけてくる。
「いまは日ノ本家に雇って頂き、琥珀お嬢様の専属メイドとして、伊邪那岐学園に通っております」
「伊邪那岐学園⁉ 私、生徒だよ! 3年生! 今年はまだ3回くらいしか登校してないけど」
「存じ上げております。お仕事が順調そうでなによりです。それから、年度末の人気投票総合3位、おめでとうございます」
「ありがとう♪ ってそんなのどうでもいいよ! ずるい、ずるい、ずるい! 私も学校行くー!」
「いま行かれるのは危険ですよ。テロリストがいますから」
「わかってるよ~。もう翼ちゃんはすぐそうやって、イジワル言うんだから!」
文句をいいつつ、可愛らしく頬を膨らませる。
相変わらず、見事なほど愛らしい。
「どうしたんですか。なにかありました?」
もう亀ちゃんたちが戻って来た。ずいぶん早い。
「早かったのですね。なにか良い情報でもあったのですか?」
とりあえず自分の状況は隅に置いて、質問に質問を返した。
「え? ああ。えっと、下の階はにらみ合いが続いているようで、このフロアのエスカレーター前も警備は厳重でした。テロリストからは占拠したという声明と、人質の一部解放以外はなにもないみたいです。 いまだに彼らの要望は謎のままのようですね」
「んで、ここからが耳寄り情報だ。ジュピター及び上流階級様は、こういった状況に不慣れな平和ボケした治安維持部隊やタワー護衛官どもの慰安の為に、アイドルを29階に派遣してイベントを開催させることにしたんだと。つまり、こいつの出番って訳さ」
師匠が顎でクイっと真雪さんを指し示す。
「それなりに人気はあると思ってるけど、慰問ってガラじゃないんだよね、ボク」
真雪さんが自信なさげな表情で頭を掻く。
「あら? その声は、真雪さんですか? 真雪さんもこのお仕事お受けなさったんですね♪ ご一緒で来て嬉しいです~♪」
声に反応し、アタシに抱きついている小夜を見た真雪さんの目が、大きく見開かれる。
「え? え! ええっ⁉ 歌柳院様っ⁉ なんでここにってか、なんで翼ちゃんに抱きついてるんですか⁉」
小夜が嬉しそうにアタシの発展途上中の胸に顔をうずめる。
「恋人でーす♪」
「違います」
「翼ちゃん、酷い!」
「事実は正確に。琥珀お嬢様の教えです」
アタシ達の緊張感のないやり取りに、亀ちゃんと師匠が顔をしかめる。
「あー、これはマズいな」
「ええ。本物の慰問のアイドルさんが来られる前に、なりすまして行く予定でしたからね」
ふたりの言葉を聞いて、アタシの胸から顔を離した小夜が小首をかしげる。
「なりすまし? もしかして皆様、29階へ行かれたいんですか? 翼ちゃんも?」
「正確には、私は二十八階に行きます。隣の方も含めて三名。二名は二十九階までですね」
「二十八階ってテロリストがいるんじゃないの?」
「大事な忘れ物をしてしまいまして」
「大事って、日ノ本琥珀様?」
小夜が寂しそうに尋ねてくる。
アタシは優しく彼女の頭を撫でる。
「貴女の隣に立つ為に、必要な人なんですよ」
小夜の瞳が潤む。
「私との約束、憶えてくれているんだ」
「いまの私にとって、生きている理由ですから」
アタシの言葉を聞いて、パーッと笑顔を見せたかとおもうと、小夜はアタシから離れて、元気よく拳を突き上げる。
「それじゃ、みんなで一緒に29階に行こう! おー!」
アタシたちが呆気にとられる中、小夜の明るく美しい声が、エレベータホール一面に咲き乱れた。




