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白虎の翼  作者: 地辻夜行
1章 誰が為の物語か
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3話 勝つべからざるは己にあり

 アタシのすぐそばで明かりが灯る。

 亀ちゃんだ。彼がスマホのライトで周囲を照らす。

 私も即座に真似をする。周囲でもいたるところで明かりが灯りだし、なかなかに幻想的な風景で綺麗に見えた。

「甲太郎君、ライトを消すといい。この状態がいつまで続くかわからないからな。ライトを使うのは一人で充分だろう。君は、私たちとはこのフロアで別れるのだから、電池を温存しておきたまえ」

 亀ちゃんは琥珀お嬢様の言葉に納得したようで、すぐにライトを消した。

 アタシのスマホのライトだけが残ったせいか、二人が心なしかアタシとの距離を詰めてきた気がする。

「告知のない停電は初めてかもしれませんね。しかもフロア全体でなんて」

「ああ。ジュピターならすでに異常は掴んでいるのだろうが」

 ジュピター。この超大型タワー都市『蒼穹(そうきゅう)』を管理運営するスーパーコンピューターのAIか。

 地下10階地上50階のこの怪物タワーの全てを管理してるって言うんだから、ある意味『蒼穹』の神と言ってもいいだろう。

「それならば、もうすぐ復旧いたしますね」

「それはどうでしょうか? もしトラブルの原因がこのフロアにあるとしたら、復旧どころではないかもしれません」

 アタシの希望に軽くヒビをいれてきた亀ちゃんが、自分のスマホの画面をアタシたちに見せてくる。

「スマホがどうかしたのですか?」

 画面には、亀戸家の愛犬、ミニチュアダックスの『呉起ごき』が可愛らしく寝そべっている画像があるだけで、特に異変は感じない。

「圏外だと⁉」

 お嬢様の驚きの声に画面の上部を確認すると、確かに本来電波のマークが出るところに圏外の文字がでている。

 アタシはすぐに自分のスマホを確認するが同じだった。

「私のも同じだな。その顔だと翼もそうか?」

「はい」

「タワー内ではありえない現象だ。照明が消え、電波も消えた。このフロアでなにか起きているのか、それともジュピターになにかあったのか」

 闇の重さが増すなか、周囲がざわめきだす。

 耳に届いた声によると、電波のことに気がついたわけではなく、いつまでもギミックの空が戻ってこないことに動揺しているようだ。このままではパニックが起きかねない。

「仕方ないな。誰かがこの場を治めねばなるまい」

 琥珀お嬢様が大きく息を吸い込む。しかし、お嬢様が言葉を響かせるより早く、凛とした男性の声が暗闇の中に力強く響いた。

「みんな落ち着きたまえ! 何かトラブルがあったのだろうが、ここはジュピターが全てを管理している。安全だ。いまは修繕ユニット、もしくはメカニック班が復旧作業を頑張ってくれているところだろう。ここはむやみに動かず、そのまま待機しているように」

誠二(せいじ)さんだな。よいところにいてくれた」

 高校3年生のお坊っちゃま『(すめらぎ)誠二』さん。名前から察することができるかもしれないが、日ノ本家と同じく、名家三十六家でも最上位に位置する皇家の次男で、この学園の生徒会長でもある。

 学園のカリスマの呼びかけは効果が絶大だったようで、ざわめきが収まり始め、中にはその場に座る生徒も現れた。

「お嬢様もお座りになりますか?」

 アタシは空いている手をバッグに突っ込み、携帯用の椅子を取り出そうとするが、琥珀お嬢様はアタシを見ずに亀ちゃんに話しかける。

「甲太郎君はどうしたら良いと思う?」

 彼は顎に手をあて、少しばかり考え込む。

「そうですね。場所を変えましょう。せめて僕たちだけでも。一ヶ所に固まっているのは得策でない気がします。事前告知のない停電。タワー内での圏外。ジュピターの管理が正常に行き届いていれば、起こり得ない現象が続いている」

 突然、スイッチが入ったように長々と語りだした。普段の様子を見知っているこちらからすると、別人のようにさえ見える。

「もちろん、人によるタワー管理もされてりるでしょう。ですからジュピター自身になにかあった場合、人による非常放送があるはずです。ところが、それもない。人為的に、ジュピターの管理が阻害されている可能性が考えられます。このフロアだけか『蒼穹』全体かはわかりませんが。とにかく、これが人為的なものだとすれば、間違いなく悪意がある。そしてこの学園には、悪意の持つ人間に狙われる恐れのあるものがあります」

 琥珀お嬢様がうなずく。

「私たちだな」

「はい」

「よし。どこに移動するかは君に任せる。翼、スマホを甲太郎君に」

「いえ。もっとよいいモノがありますので」

 アタシはバッグに突っ込むと懐中電灯を取り出し、亀ちゃんに渡す。

「いろいろお持ちなんですね。重くないですか?」

「メイドの嗜みでございますので」

 アタシがさらりと言うと、亀ちゃんは唖然としたが、すぐに気を取り直して歩きだす。

 校庭にいた何人かがこちらを見ていたようだが、特に声をかけてくる者も、ついて来る者もいない。

 校内一のカリスマの言葉が効いているのだろう。

 彼に連れられてたどりついたのは、学園の運動場の隅にある体育用具倉庫。

 鍵はかかっておらず、問題なく中へと入りこむ。

「ここの小窓から、校庭の様子もみえるんですよ。明るければですけど」

「よく知ってますね」

 アタシが呆れてそう言うと、亀ちゃんはなぜか嬉しそうに笑う。

「孫子曰く、『勝つべからざるは己にあり』。負けない為の体制を築くことができるのは自分自身なんですよ。周囲の環境は、普段から頭に入れておかないと」

 亀ちゃんが無駄に胸を張るのと同時だった。

 校庭から銃声が聞こえたのは。

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