28話 南から吹く風あれば、北から吹く風もあり
「はい。風御門でございます」
「わたくし、日ノ本家で琥珀お嬢様の専属メイドをさせていただいております、飛鳥舞と申します。突然お電話をさせていただくこと、どうかお許しください」
「左様でございますか。わたくし風御門家の執事長を務めて―――」
「申し訳ございませんが時間がありません。春暁様、琥珀お嬢様救出の為、ヘリをお貸しください」
「は?」
亀ちゃんの言い分に納得し、アタシはすぐさま登録してあった風御門家本家に電話をかけた。
電話の向こうでは、執事長の名無しの権兵衛さんが間抜けな声をあげている。
目の前では、亀ちゃんがため息をつき、師匠がニヤニヤと笑い、真雪さんがアタシを指さして口をパクパクさせている。
アタシは交渉術なんてしらない。ただ全力で羽ばたき続けるのみ。
「正規部隊突入の前に、上階より救出チームを潜入させます。ただ現状1階にいる為上階へ上がる術がありません。風御門家のヘリをお貸しください」
「い、いや、そう申されましても、ただいま旦那様は、あっ、こ、これは、あ、失礼。少々お待ちを」
なんだか様子がおかしいな。
イライラを抑えきれなくなりかけた瞬間、電話から明らかに若い男の声が聞こえてきた。
「電話を代わらせてもらった。私は風御門冬児。春暁の従弟にあたる者だ。伯父は皇家の当主に拘束されるような形で、三十六家会議に連れて行かれている。こちらからは連絡もできん。いまは当主の判断が必要となる案件はなにもできない」
嘘⁉ つまり八方塞がり⁉
「日ノ本家のヘリは使えないのか?」
「琥珀お嬢様のお立場はご存知でしょうか?」
思わず声に怒りが乗ってしまう。
「そうか。切り捨てても痛くないということか。ウチに嫁にだされるくらいだものな」
後半は嘲るような口調だった。
察しは良いみたいだが、ちょっと腹が立つ。
「それで何人いるんだ?」
「は?」
今度はアタシが間抜けな声をだしてしまった。
「時間がないのはこっちもわかっている。何人を屋上に運びたいんだ。さっさと言え」
「私を含めて四人です」
「わかった。タワー出入り口正面の道を真っ直ぐ進め。500メートル程進んだ所に駐車場がある。そこで待っていろ。十五、いや十分で行く」
電話が切れた。
全員が不安げにアタシの顔を覗き込んでくる。
「えっと、成功ですか」
「よくわかりません。とりあえずタワーの外にある駐車場で待てと言われました」
「それならなんとかしてくれるということだろう。行くぞ。どうせお前ら外出許可なんか持ってねえだろう。俺の連れってことにすっからな」
本来タワーに入るのも出るのも、タワー管理局の許可が必要になるが、当然いまのアタシ達は持っていない。
「外出許可も風御門家の方に貰いたかったんですが……」
「当主の方は、いま自由がきかないそうです」
アタシの言葉を聞いて、亀ちゃんが自身の額をぴしゃりと打った。青いフレームの眼鏡がぴょこんと跳ねる。
「そうでしたか。無理やり作戦本部に参加させられていましたか。すいません。謹慎状態にさせられるものだとばかり……」
「いまはそんなことどうでもいいだろう。話はついた、行くぞ」
管理局の職員らしき人と二言三言会話した師匠が、アタシたちを手招きする。
管理局の人は胡散臭そうにアタシたちを見てはいたが、咎めるようなことはせず通してくれた。
久しぶりのタワーの外。まだ十四時だというのに、あい変わらず空はどんよりと曇り、タワーの側ということもあって、周囲は暗い。
亀ちゃんと真雪さんは、物珍しそうに辺りを見回している。
そうか。ふたりは初めてタワーの外に出るのか。
人によっては、タワーの外なんて知らずに死ぬ人もいるんだろうな。こっちではタワーの中を知らずに死ぬのが当たり前であるのと同じように。
おっといけない。感傷に浸っている場合じゃなかった。
アタシは先頭にたって、指定の駐車場へと向かう。
外の路上に人の気配はまったくない。
それもそのはず、タワーが太陽の光を遮るし、風の跳ね返りも強い。タワーの周辺に、人が住むのは難しいんだ。だから周囲には、タワーの恩恵を預かれるような経済圏も発生しない。
タワーは決して人の生活の中心になる訳ではない。全てを自分の中で完結させてしまう。
アタシたちが指定の駐車場に到着するのとほぼ同時だった。上空から激しい風が吹き付けてきたのは。
皆が揃って腕で顔をかばう。
「おいおい。ヘリどころか、VTOL(垂直離着陸)機かよ!」
師匠の驚きをよそに、その機体は駐車場に当然のように静かに着陸する。
ハッチが開き、外部についているのだろうスピーカから声が飛んで来る。
「もたもたするな、早く乗れ。ここのはウチのより気が短いときいているぞ」
スピーカーを通して聞こえてきた声は、先程の風御門冬児と名乗った男性の声だった。




