23話 飛ぶ力失いし鳥は、雪に優しく包まれて
だぁぁぁぁぁ!
なに昔のことなんか思い出してんだ、アタシは!
まだ落下中だ! まだ死んでない!
走馬灯には、まだ早い!
ジュピターと思われる存在に、身体を乗っ取られていたカモミールちゃんの罠にはめられ、アタシはタワーを縦に抜けている大型の通気ダクトの中で、上を見ながら落下している真っ最中だ。
このまま一番下まで落ちれば、間違いなく死んじゃう。
ダクトの幅は、幸いにもアタシが両手両足を伸ばせば両端に届く長さだ。
アタシはなんとか落下を食い止めようと、それができないならせめて落下速度を落そうと、両手両足を懸命に伸ばす。
指の先端がダクトの壁に触れ、摩擦熱で焼ける。
それでも死ぬよりはマシだと必死に耐えた。
先程よりは若干落下速度が緩んだが、伸ばしきった手足では力が入らないうえに、指先には血が滲み、滑って抑えが効かなくなってくる。
とてもではないが、落下を停止させるにはいたらない。
時折、各フロアへの吸気用と思われる小さな円状の横穴も見えるが、生憎足側にあるのでどうしようもない。
これはもうダメだ。間に合わない。
アタシはせめて楽しかった走馬灯をもう一度見ようと目を閉じる。瞬間背中に衝撃が走り、息が詰まる。
は、早すぎる! アタシの予想じゃ地下までこのダクトは伸びてるはず。もう、ついたってーの!
いや、そもそも息が詰まるってなに? いくら落下速度が緩んで、背中のバッグに琥珀お嬢様用のフワッフワッのクッションが入っているとはいえ、底に叩きつけられたら即死だろ? 27階だぞ、アタシが落ちたのは。
というか、なんか落ちたところが柔らかい?
「ふえー! なんでこれから上ろうとしてたら、上から人振ってくんの⁉ っていうか君、大丈夫⁉」
素っ頓狂な声があがったと思ったら、そのままハスキーな女性の声がスコールのようにアタシに降ってきた。
「たす……かった?」
苦しさはそのままだったが、なんとか搾りかすのような声が出た。
「うわ! 喋らなくていいよ。勢いから考えて結構上から落ちてきたよね? クッションはだいぶ効かしたとは思うけど、それでも骨いっちゃってても不思議じゃないって」
うるさいが、悪い人ではないようだ。
「土台にした鉄板は外れないと思うけど、上からまた誰か降ってきたら危ないから、ダクトから出すね。ちょっと痛いかもだけど、我慢して」
背中と膝の裏に手を回され、アタシは背中のバッグごとお姫様抱っこをされた。
バッグと合わせれば結構な重量のはずだが、アタシを抱えた女性は苦も無くダクトの外に敷いてあったマットの上にアタシを寝かせる。もしかして、この人もアタシと同じタワー外の人? 環境適応個体?
「バッグ取るね」
中性的な顔立ちの美形。アタシと同様にスポーティーに短く切りそろえられた黒髪。そして、アタシを簡単に抱きかかえた膂力。
アタシはこの女性を知っていた。
「かの……まゆ……き」
「あれ? ボクのことしってるの?」
そりゃあ知ってる。
昨年年度末の『蒼穹』アイドル人気投票、女性アイドル六位。男性と合わせた総合でも八位。
世界女子ジュニア総合格闘技優勝経験者の武闘派アイドル『加納真雪』!
「おい、真雪。なにを騒いでる。準備できたのか?」
ここは下層の設備所のダクト室なのだろう。
廊下へと続いていると思われる扉が開き、左耳の辺りから顎にかけて大きな傷のある、無精ひげをはやした30代半ばくらいの男が顔を見せる。
「師匠?」
「師匠!」
思いもがけず、アタシと真雪さんの声が重なった。




