22話 夢見る鳥は、夜の歌に墜落す
結論から言ってしまうと、アタシは甘かった。
無理。アレは真似できない。盗めない。奪えない。
今のアイドルは、みんなあのレベルなのか?
アタシはコンサート会場となった、特設会場の近くにある小高い丘の上にある公園で、ひとり涙を流す。
実力差を見せつけられた悔し涙じゃない。そんな可愛い差じゃなかった。
これは感動の涙。
『歌姫』と呼ばれていた盲目の少女の声は、コンサートが終わった今も、アタシの心を震わせている。
初めてテレビで見たアイドルの比ではない。
もしあの時見たのが彼女だったら、アタシは夢を見ることもなければ、異端児になることもなかったろう。
あまりにもレベルが違いすぎた。まさに住んでいる世界が違う。
「バカみたいだ、アタシ」
死にたくなった。
タワーの外で生まれているというだけで、夢を見る資格などなかったのに、現実から目を逸らし、がむしゃらに自己鍛錬を続けてきた結果がコレ。
やっぱりタワーの外で生まれた者は、タワーの中で生まれた者には敵わない。
アタシは公園の外れにある雑木林に目を向ける。
あの中であれば良い枝ぶりの木もあるだろう。トレーナを脱いで枝に結べば紐代わりになる。
アタシの足が、雑木林へと向かいかけた時。
「こんにちは。あなたは、この街の方ですか?」
アタシの耳から背中にかけて電流が流れた。
この声。間違えるものか。忘れるものか!
アタシは止まるんじゃないかと思った心臓に発破をかけて、声の主の姿をさがす。
いた。
街へと続く階段を上り終えた、杖をつく一人の少女が。
盲目の『歌姫』歌柳院小夜。
本物だ。姿は真似できてもこの声は無理。普通に挨拶をしただけだというのに、超一流合唱団の賛美歌を聞かされてる気分だよ。
「あの、大丈夫ですか?」
「な、なにが?」
アタシはまた感動に支配されそうな心を必死に否定しながら、不機嫌そうに問い返す。
「涙の流れる音が聞こえました」
「は⁉ 冗談だろ?」
ヤバ、心の声が外に出た。
タワー外の者がタワー内の者にこんな物言いは不敬罪に問われかねない。しかも彼女は上流階級だ。
だが『歌姫』は笑って、胸の前でグッと握り拳を作ってみせる。
「私、耳の良さにだけは自信があるんですよ!」
いや、その前に声に自信もてよ!
「ここに来るのにも、ちょっと杖を使えば、問題なく来れました。杖を突く音や、舌を打った音の反響で、自分の周囲の状況を判断するんです。スゴイでしょ!」
「反響って、コウモリかよ」
ヤバい、ヤバい、ヤバい! この声に負けたくないって想いが強すぎて、今のアタシはなにを口走るかわからない!
ほら、さっきは笑って許してくれた『歌姫』が、キョトンとしてる。
だが次の瞬間には、大笑いし始めた。
あれ?
「ホントだ。アタシ、コウモリみたーい♪」
なにがそんなに楽しいのか、『歌姫』は手を打ってはしゃいでいる。
「フゥ~。こんなに笑ったの久しぶりです。あの、良かったらあちらのベンチに座りませんか?」
『歌姫』は微笑みながら、アタシ達から少し離れた位置にあるベンチを指さす。
本当にわかるんだな。
必要ないかとも思ったけど、アタシは『歌姫』の手を引いてベンチに座らせ、その隣に腰を下ろした。
「ありがとうございます。えっと、自己紹介がまだでしたね。私は―――」
「知ってる。『歌姫』だろ?」
「違いますー! そんな名前じゃありませんー!」
『歌姫』がむくれて抗議してくる。
「歌柳院小夜」
様をつけ忘れた事に気付き不安になったが、続いた彼女の表情がそんなものを吹き飛ばす。
「そうで~す♪」
満足そうに破顔し、力強く頷く。さっきから表情がコロコロと変わって可愛らしい。
きっとこの娘は歌がなくとも、アイドルとしてやっていけるに違いない。
「あなたは?」
「飛鳥翼」
「翼さんですか。良いお名前です。それにとても素敵な声。力強くて、周りに勇気をくれる声。私とっても好きだわ」
「そりゃどうも」
悪気がないのはわかるが、彼女に良い声と言われても嫌みにしか聞こえない。
「ねぇ。良かったら一緒に歌ってみません? きっと嫌なことも忘れられますよ」
彼女はまったく屈託のない笑顔で、アタシに生き地獄のような提案をしてくる。
アタシは逃げることもできず、阿呆のように口を開けているばかりだった。




