21話 夢という大空を舞う鳥は、現実という大地に足をつけることを知らず
「タワーの奴らはさ、日照権って言葉も知らないんだよね」
アタシは窓一つない、超大型タワー都市が作りだす巨大な影の中でひとり呟く。
「ふん。いまのうちにふんぞり返っていればいいさ。そのうちアタシに跪かせてやるんだから!」
幼い頃に一度だけ見たテレビ。そこに映っていた煌びやかな衣装を着て、たくさんの人々の声援を受けながら歌い踊っていた、アイドルと呼ばれる女の子。いまだにアタシの脳裏から離れていかないその姿は、憧れ、願望、夢と変わっていくのに、なんの障害もなかった。
決して叶うことがないとわかっていながらも。
アタシは立ち去ろうとする足を止め、もう一度タワーをにらみつける。
豊かさの象徴、権威の象徴、支配の象徴。
この世界のありとあらゆるモノの象徴だ。
でもその象徴の恩恵を、真の意味で享受するのは、タワーの中で生まれた者だけ。
タワーの外で生まれた者は、九割以上の者が、タワーに足を踏み入れることを許されず、ただタワーでの生活をより快適に、より豊かにする為の労働力、搾取される側として、タワーの外で一生を終える。
当然ながらタワー外の住人がアイドルになることもできない。
人を癒す存在、人を楽しませる存在、人に夢を見せる存在。
なぜなら、人に恩恵を与えるのは、人でなければならないという考えが常識だからね。
タワー外にいる者は人じゃない。
恩恵を与える側に立つことはないんだ。
もちろん、おおっぴらにそう言われている訳じゃない。余計な情報は反発を生むからね。
見下しているとはいえ、搾取される側がいなくなれば、搾取する側も困る。
だから生きながらえさせる飴は適度に配られる。なめ終えれば露と消える飴。夢のように死ぬまで効果のある飴はないんだよ。
うまく誤魔化されたタワー外の住民は、タワーの中に生活の不満をぶつけることはない。
当たり前のように、泣いて笑って怒って喜んで、人のふりをして生きている。
大人たちは口々に言う。
アタシ達が生きていられるのは、タワーの人達が頑張っているからだ。
優れた上流階級の方々が良い政治を行っているからだと。
そんな大人たちに育てられる子供たちも、当然自分たちを人と思い込み、タワー内の人に感謝して大きくなっていく。
タワー外の住民は、最初からタワーの内側に向ける牙を抜かれている。
自分たちの生活に絶望することはないが、夢をみることもない。
アタシも頭ではわかっている。
世界のルールが、アタシにアイドルになる道を用意していないことぐらい。
でも、心がそれを認めない。
タワーに見下ろされるのを、タワーに支配されるのを、心が良しとしない。
アタシは異端だ。
物心ついたばかりの頃に、両親と一緒に遊びに行った夏祭り。
親からはぐれ、ひとり彷徨い歩きたどり着いた先は、ブルーシートで作られた簡易的な小屋だった。
そこに住んでいたのは、ちょっと不思議なおじさん。
髪の毛も髭もボーボーで、ちょっと臭かったが、泣いているアタシの頭を優しく撫でてくれて、泣き止まないアタシを家に招き入れてくれる。
そこでアタシは初めて見たんだ。映像の流れる、不思議な四角い箱を。
そして、その中にいた。
アタシの心を奪うことになる、アイドルという存在が。
今日はそのアイドルの一人が、アタシの住んでいる街にやってくる。
名目は慰問。タワー内からタワー外にほどこされる飴。
アタシよりふたつ年上で、なんでも『歌姫』とか呼ばれているらしい。
生意気な。
住民は、小さな子供でさえ、彼女に憧れたり目標とするようなことはないだろう。
ほとんどの住民は、彼女の歌をありがたく拝聴するのみ。
でもアタシは違う!
あの時見た映像を頼りに、独自でトレーニングを積んできた。
だから今日は、さらなる成長のチャンスだ!
その『歌姫』とやらの技術、全て盗んでやる! アタシのものにしてやる!
こう見えても、器用さには自信があるんだ。
「待ってろよ、『歌姫』!」
アタシは高らかに吠えると、コンサートとかいうモノが行われる特設会場へと駆け出した。




