20話 負け鳥の遠吠えは、白虎に届くことなく、闇と消え
「それは電波妨害装置か何かですか?」
少年が手で弄んでいる小さな機械を見て尋ねる。
「多分そうだね。でも見たことのないタイプ」
鈴木さんが路上でカモミールちゃんを発見する前に取りつけられていたのだろう。
テロリストたちが、電波を復旧させてすぐにアンナロイドを支配下におくために。
「特定の電波だけを受診することができるタイプでは?」
「ありえるね。あとで調べる。とりあえずいまは……おい起きな、もうジュピターの声は届いてるだろ?」
カモミールちゃんが少年の言葉に応え、目を開き立ち上がる。衣服を整えると、少年に頭を下げた。
「お手数をおかけいたしました。マザージュピターの友。『根津勇樹』様」
「勇樹でいい。俺と一緒に二十八階に侵入するように指示はきた?」
「カモミール、ただいま受信いたしました」
カモミールちゃんがそう返事をするのと同時に、エスカレーター前のシャッターが降りてくる音が聞こえてくる。
「シャッター前から離れてください、危険です!」
タワー警備隊員が声を張り上げ、エスカレーター前の人だかりを下がらせる。
テロリストが、カモミールちゃんの支配権がジュピターに戻ったことに気がついたのだろう。乗り込まれる前にまた道を遮断してきた訳だ。
「そんじゃ、俺たちは行くから」
「待って!」
アタシは反射的に、勇樹と名乗った少年を呼びとめる。
そうだ。
この胸のモヤモヤは、エスカレーターを駆け下りたくらいじゃなくならない。
桃華お嬢様の言ったことが当たっているかどうかなんて、本人に聞いてみればわかることだ。いや、無理矢理にでも聞き出してみせる。
アタシは飛鳥翼! 泣いてる暇も打ちひしがれている暇もない! 夢の可能性に向かって、翼をはためかせ続けるのみ!
「私も行きます」
「足手まといはいらないんだけど」
カチンときたが、思わぬところから助け舟が入った。
「カモミール、充分な戦力と判断します。身体能力、及び戦闘技術、ともに二十八階占拠のテロリストの平均値を大きく上回る予測数値がでております」
「マジで⁉ メイド服着てるぜ。お茶くみ以外も出来るのかよ?」
アタシは勇樹君の言葉は無視し、山田さんを振り返る。
「山田さん。申し訳ございませんが、桃華お嬢様には、飛鳥翼は今すぐ飛び立つとお伝えください」
「え?」
「勇樹様でしたね。飛鳥翼です。急ぎましょう。向かうのは通気ダクトですね?」
勇樹君が驚いた顔をするが、すぐに悪戯っぽく笑う。
「なるほど、確かに戦力かもね。行こう、こっちだよ」
山田さんが後ろで何かを叫んでいたが、アタシの耳にはもう届かない。
アタシたちは連れ立って二十七階の設備所に行き、カモミールちゃんの案内で通気ダクトのある部屋へと入る。
大きめの通気ダクトは、床から天井まで堂々と突き抜けていた。
「カモミール、ダクトの鉄板の一部を切り取って」
「わかりました。私が道を切り開きます」
あれ? なんだか少し口調が変わってない?
「俺はカモミールに運んでもらうけど、お姉ちゃんは自力だぜ。身長的に両手両足伸ばしてつっぱってくれば、なんとか昇ってこれると思うけど」
「ええ。わかってます。ただ、昇る前に落下防止のネットを張らせてもらいます」
アタシはリュックのように背負ってきたバッグを下ろし、倉庫から運んできたネットを取り出す。
「ネットをお貸し下さい。私がお張りいたします」
すでに屈めば人が充分に入っていける穴を開け終え、手を差し出してきたカモミールちゃんにネットを渡す。
「上階への入り口は作ってくれるのですよね?」
「それはね。俺たちも入らなきゃいけないし」
「侵入した後はどうするのですか?」
「ジュピターの意志が伝われば、テロリスト鎮圧なんてあっという間さ。だから、ジュピターの指示が向こうの妨害を潜り抜けて届くように、中継器を設置してく。アンナ達の妨害装置の位置もわかったしね」
勇樹君が背負っていたリュックを指さしながら言う。
「準備整いました。勇樹、背中にどうぞ」
カモミールちゃんが勇樹君を背負い、穴からダクトの中へと入る。
アタシは顔だけを入れ、上を見上げた。
暗闇ではあったが、カモミールちゃんが、ハシゴがあるかのように上へと登って行く姿がかろうじて見える。手足の先にマグネット機能でもあるのだろう。
アタシも続こうと、カモミールちゃんが切り取った箇所に足をかける。すると、嫌な感触とともに足が滑った。
バッグを背負っていたアタシは、体勢を崩してネットの上に倒れ込む。
ビリ!
今度は嫌な音がして、ネットがアタシを中心に正方形に破れていく。
アタシは慌てて設備室に戻ろうとするが、間に合わない。
かろうじて縁に指がかかり、アタシの身体が宙にぶら下がる。
「申し訳ありません。不確定要素を増やしたくないので」
闇から聞こえる声は、確かにカモミールちゃんだが……コイツ、カモミールちゃんじゃない!
縁に塗られた油らしきもので指が滑り、ついには縁から指が外れる。
「ジュピターーーッ!」
私は雄叫びを撒き散らしつつ、闇の中へと落ちて行った。




