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白虎の翼  作者: 地辻夜行
1章 誰が為の物語か
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19話 迷い鳥は、吹き荒れる嵐を望む

「カモミール、ストレッチャーの移動を開始します」

「お手伝いいたします。あなたが下を支えながら下りてください。私が頭側をお持ちしますので」

「必要ありません。カモミールは三台同時に運ぶことができます」

「あなたが持つことができても、エスカレーターの幅からいって危険です。あなた一人でやるにしても一人ずつ下ろすべきです」

 アタシはあれから一睡もすることなく、一部を除いた人質の解放の時を迎えていた。

 人質解放は、27階へと続くエスカレーター前のシャッターが解放され、そこから行われている。といってもエスカレーター自体は稼働されておらず、階段としての利用となっている。昇り下りの両側から人質が27階へと下りていた。

 亀ちゃんと桃華お嬢様は、すでに他の人質に紛れて脱出を完了している。

 最後に残ったのはストレッチャーに乗せられた、鈴木さんを含む3名。そして、鈴木さんにべったりの山田さんとアタシ。

 ストレッチャーを使うならエレベーターを使うべきなのに、テロリストが移動に許可をだしたのはここだけだ。

「駄目だ。時間がかかりすぎる。ストレッチャーで下ろすのが危険だと言うなら、ストレッチャーから下ろして運べ」

 人質の解放を監視していた4人のテロリストの一人が、こちらにサブマシンガンの銃口を向けつつ言ってくる。

「カモミール、了解いたしました。ご協力に感謝し、お一人をお任せいたします」

 言うが早いか、カモミールちゃんが警備員の二人をストレッチャーから担ぎあげ、階段と化したエスカレーターを下り始めた。

「二人で両側から支えれば行けますよね?」

 山田さんが不安げにアタシと鈴木さんの顔を見比べる。

「幅からいってかえって危ないです。鈴木さん、失礼します」

「ま、待て! せめて背負って―――」

 アタシは鈴木さんの声を無視して、ひょいと鈴木さんを担ぎあげた。第一アタシは背にはバッグがある。鈴木さんの為に空ける余地などない。

 驚きの声が鈴木さん以外からあがるが、アタシは気にせず山田さんを促してカモミールちゃんに続く。うん。カモミールちゃんよりは軽いな。

 アタシは面倒そうな表情を作りつつ、内心では安堵していた。

 琥珀お嬢様をおいてこのフロアから立ち去る口実ができたことに。

 桃華お嬢様の言っていたことが、当たっているかどうかはわからない。わからないからこそ、アタシの心はずっと(もや)に包まれている。

 やはり噛りついてでも琥珀お嬢様のそばにいるべきではなかったのか?

 ここにひとり残り、ゲリラ戦をするべきなのではないか?

 振り払っても振り払っても湧き続ける靄に、鈴木さんを運ばなければならないという使命感で無理やり蓋をして、アタシは一歩ずつエスカレーターをおりていく。

 それにしても長い。ワンフロアの高さを考えれば当然なのだけれど、普段フロアを移動する際は、琥珀お嬢様と一緒に会員制エレベーターを利用していたから、余計に―――。

 だぁぁぁぁぁ! また琥珀お嬢様のこと思い出しちまったー!

 堪え切れなくなったアタシは、エスカレーターを駆けおりる。

 カモミールちゃんの背中がせまったので、手すりを越えて昇り側に移動し、また駆け下りる。

「痛い、痛い、痛い! もっと丁寧に!」

「うるさい!」

 鈴木さんのイケボも、今のアタシには雑音でしかない。

 瞬く間に27階に到着したアタシは、ぐったりとしていた鈴木さんを待機していた救急隊員に押しつけた。

「ちょ、ちょっと舞ちゃん!」

「なんですか⁉」

「な、なんでもないです」

 アタシを追いかけて駆けおりてきたらしい山田さんが、息を荒げながら恐い顔でアタシに迫ってきたが、アタシが振り向くと、顔を引きつらせて引きさがる。

「以上で今回の人質の引き渡しを終了いたします」

 そんなやりとりをしている間に、マイペースで追いついてきていたカモミールちゃんも、怪我人を救急隊員に引き渡す。

「カモミール、これよ―――」

 カモミールちゃんが不自然に黙ったかと思うと、がくんとその場に両膝をついた。

「あー、ここにきても連絡がついてないってことは、個体にしかけられてんのかな?」

 カモミールちゃんの背後に姿を見せた、茶髪の眼鏡をかけた少年が、ブツブツ言いながらカモミールちゃんの衣服を捲り、カモミールちゃんの身体をまさぐる。

「ちょっと、君! なにをやってるの⁉」

 私に撃退された山田さんが、怒りの矛先を少年に向ける。

「うるさいな。こっちは友達に頼まれてやってんの。娘が手に届く範囲に来たのに連絡がとれないってさ」

「友達ですか?」

 一蹴されてしょげた山田さんに代わり、アタシが少年に問いかける。

「そ。友達」

 言いつつカモミールちゃんの体をまさぐり続けていた少年が、やがてニヤリと笑う。

「あったーっ! 胸の谷間だよ。趣味悪ぃな、テロリスト」

 アタシはカモミールちゃんのことを娘と呼びかける相手に、ひとつだけ心当たりがあった。

「お友達の名前をお聞きしても?」

「ん? ああ、お姉さんたちも名前くらいは知ってんじゃない? 『ジュピター』」

 知らない訳がない。

 このタワー都市『蒼穹』の、神とも言われるAIの名を。

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