17話 白虎をもがれた翼
「クラスメイトですよ。高等部からの入学組です。成績は学年では中の下でしょうか? 運動能力は春暁さんが仰ったとおりですね。自分の興味を持ったことにした力を入れないタイプで、考え方は違いますが、私と同じようにクラスでは浮いていましたので、意外と気が合いました」
春暁さんがちらりとアタシを見る。
腹立たしい。
今の言葉が本当かどうか、琥珀お嬢様の表情ではなく、アタシの表情から判断しようとしやがった。
確かにアタシの方がはるかに顔に出やすいたちではあるけれどさ。
「まぁ、いいか。アンナロイドたちにも協力させれば、ほどなく発見できるだろう。アレのセンサーをかいくぐるのは無理だろうからね。さて早速だけれど、琥珀くんを仲間に面通ししておこうか。マミとナニは、メイドのお嬢さんを運動場に連れて行ってあげて」
しまった。その問題があった。
「お待ちください! 私はお嬢様のお世話を!」
「駄目だよ。僕らが目指しているのは自由と平等。琥珀くんにも、自分の世話は自分でできるように慣れておいてもらわないといけないからね。そうなると君は不要だ。変な忠誠心を発揮されても困るし」
「ああ。飛鳥、お前はもういい。これまでご苦労だったな」
ちょっと、それどういう意味よ? しかもこれみよがしに苗字で呼びかけてしかもくるなんて!
「契約をお忘れですか!」
アタシの言葉を聞いて、春暁さんは不思議そうな顔でアタシたちを見比べるが、肝心の琥珀お嬢様は、私に顔を向けない。
向けないまま、いつもより数段低い声でアタシに宣告する。
「私は日本の中でも、いや世界でも有数の良家のひとつ、日ノ本家の長女『日ノ本琥珀』だ。たかだか使用人のひとりと本気で契約を結ぶとでも思ったか?」
このっ!
私は反射的にお嬢様に掴みかかろうする。
しかし、いつの間にか背後まで近づいていたふたりのテロリストに左右から押さえ込まれてしまう。振り払おうと思えば振り払えたが、ここで銃を抜かれてはこの阿呆に被害が及ぶ可能背がある。そのことがアタシの動きを押しとどめた。
「よくわからないけれど面倒くさそうだね。早く連れて行って」
私はここでようやくふたりの腕を振り払う。
「結構です! 自分で行けます!」
アタシは足元に置いてあったバックを掴み、怒りを隠さずに乱暴にドアを開け校長室を出て行く。テロリストが追ってくる様子はない。
ああもう、本当に腹立つ!
契約した日のあの言葉は何だったのよ!
なにが「なにがあっても私を、『日ノ本琥珀』を信じろ」よ!
簡単に裏切ってんじゃないの!
「日ノ本琥珀のアホーッ!」
正面玄関から校庭に出るなり、周囲をはばからずに吠えた。
見張りらしいテロリストがこちらに顔を向けてくるが、銃を向けてきたり、近寄ってくる気配はない。
春暁さんから無線で連絡がいっているのだろう。もしくはメイドのひとりくらいどうとでもなると思っているのかもしれない。
暴れてやろうか? この平和ボケどもが!
ちっとも解消されない怒りを胸に、アタシはバッグをグルングルン振り回しながら、運動場に移動する。
今はまだ午前二時。ほとんどの人質は横になって寝ているようだが、特に毛布などが支給されている様子はない。
人質はどうやら伊邪那岐学園の生徒ばかりでなく、他の学校の生徒もかなりの数いるようだ。
分散して管理するだけの人数は、テロリスト側にはいないということか。
「翼ちゃん!」
聞き覚えのある声に、はっとして声のした方を見る。
集団の中に、欧米の人形のようなブロンドの髪を、ツインテールにしたかわいらしい制服姿の少女がいた。桃華お嬢様に似ているが、彼女ではない。山田花子さんだ。
私は一瞬といえどもお嬢様への怒りを忘れ、座り込んでいた山田さんに駆け寄る。
彼女の手は、隣で寝かされている鈴木さんの額に添えられていた。さらに彼を山田さんと挟み込むようにして、カモミールちゃんが直立不動の体制で立っている。
山田さんと無事の再開を喜び合うのも束の間、アタシはバッグから救急箱を取り出し、辛そうに目を閉じている鈴木さんの手当ての準備を始めた。カモミールちゃんは指示された通り血止め以上のことはしていない。
アタシが手当ての準備を始めて間もなく、周囲から声がかけられる。
「あの、向こうにも足を撃たれた警備の人がふたりいるんです。手当てしようにもどうしたらいいかわからなくて、道具もないし」
そうか。ゲート前のあの血を流した人達か。本当に殺してはいなかったんだ。
でも、アタシの手持ちの道具だけじゃ足りない。
あくまでアホのお嬢様の緊急用だからな。
アタシは顔を上げ、カモミールに言葉を飛ばす。
「カモミール、アナタの指揮者に無線で連絡をとりなさい。怪我人の為に治療道具、それから傷み止めなどの薬、毛布やお湯も用意するようにと」
カモミールちゃんが無表情な顔をアタシに向けた。
「カモミール、了解いたしました。ムラサメ様に報告。指示を仰ぎます」
そう言って宙を見つめること五分。もちろんこの間、アタシと山田さんの手は鈴木さんの手当の為に働いている。
「承認されました。カモミールはこれより医務室等へ移動し、治療道具、薬品、お湯、毛布、並びに解放時の移動のため、ストレッチャーを人数分用意いたします。しばらくお待ちください」
カモミールちゃんはアタシに頭をさげると、その場を離れて行く。
アタシは救急箱を山田さんに渡し、鈴木さんの手当ては任せることにした。
怪我をした警備の人の状態を確認しようと、二人の姿を探す。
そのアタシに、後ろから誰かが歩み寄って来た。
「いやー、たいへんなことになっちゃいましたね」
「そうなの! 聞いて、亀ちゃん!」
アタシは当然のように隣に立った亀ちゃんに、口角泡を飛ばした。




