16話 白虎は春の陽気に眠りにつくか
「いいでしょう」
当たり前だ。こんなどう考えても近い未来に鎮圧されるのが目に見えているテロに、わざわざ協力するやつが……。
「えーっ!」
琥珀お嬢様と春暁さんが揃ってアタシに目を向ける。
しまった。思わず声に出た。
「僕も同じ気持ちだね。どうやって説得しようか考えていたんだよ。まさかこんなにすんなりとOKをもらえるとは、思っていなかったから」
春暁さんは手を差し出したままだったが、琥珀お嬢様はその手を握るために立ち上がることはなかった。
「ただし条件があります」
納得したという様子で彼がうなずく。
「ああ、なるほど。君の方から条件を提案してくれるというわけか。なにかな? 無茶なものでなければいいんだけれど」
「捕えている人たちを、他のフロアに解放してください」
「全員は無理だよ?」
「わかっています。ですが、春暁さんが人質として利用することを計画していた者たちがいれば十分なはずです。それ以外の者たちを解放してください。ここにいる飛鳥も含めて」
「お嬢様!」
春暁さんが返答をするよりも先に、私が声を荒げた。
別にお嬢様と離れ離れになのはかまわない。
だがアタシが夢を目指すには、琥珀お嬢様の存在は必須。
こんな破滅めいた計画に協力させて、お嬢様まで罪を問われるようなことになってはアタシが困る。
琥珀お嬢様の目的は、それでも達成できるかもしれないが、自滅するにしてもアタシの契約相手が、日ノ本家からお嬢様になってからにしてもらわなくては。
「うん。それなら問題ないね。食料問題もあるし。交渉用のツールはにはいつでも繋げられるから、お昼過ぎには実行できるんじゃないかな」
だーっ! こっちの問題が解決する前に、勝手に話を進めるな、この坊ちゃんテロリストが!
「そこのメイドさんと、運動場にいる全員ということでどうかな? 大事な人質は別室だから」
「充分です。しかし、ずいぶんと簡単に応じてくれるんですね」
春暁さんは手をおろし、アタシがいる反対側から琥珀お嬢様に歩み寄り、お嬢様の肩に手を置く。
「不必要に誰かを傷つけるつもりはないし、それに半分は直感だけど、君にはそれだけの価値があると思うよ。翡翠君も無能ではないけれど、君の方が当主にむいているんじゃない?」
琥珀お嬢様の兄君の名が出るが、お嬢様は実につまらなさそうに返答する。
「良家、特に名家三十六家で女子を当主に据える家は少数でしょう」
「正確には?」
「必ずとしているのは、千本桜と蜂巣雅、九頭狐。特に男子と定めていないのが黒曜堂、綾大路、天国原ですね」
彼が再びにやりと笑う。
「うん。やはり君の言葉はいいね。断定的で冷たくて、憶測とか希望の入りこむ余地がない」
「それはどうも」
言いながら、肩の上の手を払う。
「とにかく君の要望は承知したよ。ひとつ懸念はあるけれど問題はないかな」
名残惜しそうに手を引いた春暁さんが、壁に掛けてある時計を見た
「懸念、ですか?」
お嬢様が眉をひそめる。
「うん。いまだにね、桃華君を捕縛したという連絡がこないんだ。追わせた彼らは兵士ではないけれど、それなりの訓練は受けているし、桃華君はどちらかと言えば頭脳派だろ? 運動能力はさほどでもない。一緒に逃げた彼も、特に運動ができそうな子にはみえなかったんだけどね。よほど上手く逃げているらしい」
春暁さんが琥珀お嬢様に視線を戻す。
「ねぇ。僕の調査の対象にはなっていなかったのだけれど、彼、何者?」
彼の瞳が、好奇心に満ちた。




