15話 春の陽気は夢の世界へと誘う
春暁さんの熱弁は、彼が自分の部屋代わりに使っている校長室にたどり着くまでの間、そしてたどり着いてからもしばらくの間続く。
「琥珀くんはわからないかもしれないが、メイドの君はわかっているはずだ。タワーとタワー外との格差を。高等部では細かいことは教わっていないだろうが、300年前に地球に様々な物質を内包した流星群が緩衝着地してから、危機的状況にあった地球の資源問題は一気に解消された。世界各地でタワー都市の建設が始まり、200年前に全世界で108のタワー都市が完成したが、その資源はいまだに尽きる気配をみせない」
春明さんはまだまだ話すぞとばかりに唇を下で湿らす。
「だというのに、最後のタワー都市が完成してから今日まで、200年もの間、新たなタワーが建てられることはおろか、建設予定さえも口にされない。蒼穹ほど大規模でなくとも、タワーさえ建てれば、多くのタワー外の人民を招きいれ、その生活を是正する可能性が産まれるにも関わらずね。日本ではないが、世界で見れば崩壊したタワー都市だって二つほどある。新たなタワーを建築する理由にはなるはずだ」
ちらりと視線をソファーでふんぞり返るお嬢様にむける。呆れているようだが、話はきちんと聞いているようだ。
「これは上流階級が自分たちの立場を少しでも安定させる為に、そういった活動を抑えているのだろうか? 表向きはそう映る。だが、私の考えは違う。それまで平等や自由をスローガンにあげていた世界に、タワー都市完成を境に、かつての身分制に近い人民格差が生まれ、豊かな生活を手に入れることの代償として、AIによる徹底した管理社会を受け入れる思想が根づいた。皆はこれをおかしいとは思わないのか? 現在各タワー都市を運営するAIたちは、タワー完成と同時に発明されたと言われている。だが、彼らは本当に『AI』なのか? タワーを建てたのは人なのか? 僕は疑問を提唱するね」
「長時間の演説ありがとうございます」
どうやら聞き飽きたらしい。ふてぶてしく足を組んだかと思うと彼をにらみつける。
「まだ途中なんだけど」
「もう結構です。ようするに、世界から格差や差別をなくし、AIの管理から脱却した自由ある生活を手に入れるために、春暁さんは今回の暴挙にでたということですね?」
「概ね間違っていない。暴挙ではないけれどね」
「貴方がたが崇高な志をお持ちだというのはよくわかりました。ですが、それは地下二十階地上六十階ある『蒼穹』の1フロアを武力制圧したことでなんとかなるような代物なのですか?」
鼻を鳴らすお嬢様に春暁さんは苦笑する。
「うん。まぁ当然の疑問と言えるかな。ああ、遠慮しないでドリンクを飲んでリラックスして。毒も入っていないし、水分補給は大事だからね。メイドの君も座って構わないんだよ。僕たちが目指してるのは自由と平等。お嬢様とメイドの関係なんて気にしなくていい」
にこやかに話しかけてくる春暁さんを、アタシは遠慮なくにらみつける。
「ふたりとも座ってしまっては、もしもの時に対応が遅れますので」
「もしもの時は部屋の隅にいる、そこのふたりがなんとかしてくれるよ」
そのあなたのお仲間が、アタシたちにとってのもしもを生み出しかねない。
という言葉はなんとか飲み込んだ。
「えーと、それでなんの話だったけ?」
「このフロアを武力制圧することに何の意味があるのか、ということです」
琥珀お嬢様が、苛立たしげに言う。
「ああ、そうそう。もちろん、これ自体が目的じゃないよ。これはあくまで始まりさ」
「始まりですか?」
彼は校長の椅子の背もたれにドッと寄りかかり、満足げにうなずいた。
「そうだよ。これは壮大な計画のほんの始まりでしかない。いや、準備段階と言えるから始まってもいないのかな? まぁ、いいや。さて、ここで先ほどの話に戻るんだが」
話が唐突すぎて、どこに戻りたいのかがわからない。
琥珀お嬢様も同じだったようで、怪訝そうな表情をしている。
「ほら、さっき君に人質以外の価値があるという話をしたよね?」
「しましたね」
嫌な予感がするのか、お嬢様の眉間の皺が深くなった。
「琥珀君、君のことは婚約者でもあるし、今回の計画もあったから、それなりに調査はさせてもらったんだよ。学業の成績、周りの評価。そしてこれまでの言動で得た印象。はっきり言って、君を僕のお嫁さんで終わらせるのはもったいないと思うんだよね」
琥珀お嬢様がさらに顔を引きつらせる。
「それはどうも。ですが春暁さんのおかげで、おそらく婚約は破棄になると思いますが?」
「それはよかった。君は気乗りしていないみたいだったからね」
お嬢様の冷たいあしらいにも、彼はめげた様子をまったく見せない。
なんというか、写真のイメージでは、知的で繊細。箱入り息子といった印象を持っていたのだけれど、いま目の前の本人から感じるのは、軽薄さと図々しさ。
マスクで顔を隠して指示をだしていた時は、写真通りの雰囲気だったけど、マスクが取れたら随分と様変わりしたものだ。
「それでは、それのお礼も兼ねてということで、僕のお願いを聞いてくれないかな?」
「はぁ、なんでしょうか?」
「琥珀君。君、僕らの仲間になってくれないかな?」
春暁さんが椅子から立ち上がり、琥珀お嬢様に握手を求めるかのように手を差し出した。




