11話 人形も歩けば棒に当たる
「目が覚めたようだな。お前、名前は?
状況は把握しているのだな?」
琥珀お嬢様が、電波が復旧したためだろう、突如として起動したアンナロイドに問いかける。
「はい。多機能型アンドロイド、型式J877193、タワー型都市『蒼穹』地上二十八階学区エリア、Eブロック担当、個体名『カモミール』と申します。以後お見知りおきください」
恭しく頭を下げる姿は、アタシたち人間のメイドと遜色ない。人じゃないことが不思議なほどだ。
「二十三時十分、マザー『ジュピター』より、再起動命令及び稼働停止時間中の情報受信。さらに近距離に存在する一般市民の保護及び、他フロアへの脱出補助命令を受信いたしました。重要保護レベルSS『千本桜桃華』様確認。重要保護レベルA『日ノ本琥珀』様確認。保護及び、他フロアへの脱出を補助いたします。ご遠慮なくご命令ください」
保護レベルを口にするな。お嬢様がたが苦笑しているぞ。
「あのね、アンドロイドちゃん。私たちの間にはそういった―――」
アンドロイドに苦情を言おうとする桃華お嬢様を、琥珀お嬢様が手で制した。
「お姉さま。アンドロイド達は混乱させるような発言はさけましょう。カモミールへはお姉様が指示を出してくれればいいことです」
確かに命令系統の統一は重要。この人はつまらないプライドよりも効率を優先する。そういう人だ。
「そうね。わかったわ。よろしくね、カモミールちゃん」
納得がいったわけではなさそうだが、琥珀お嬢様の意見を尊重することにしたのだろう。
いつもの微笑に戻る。
「カモミールです」
「わかったわ、これからはカモミールちゃんね」
「……現在、千本桜桃華様が最高指示権利所持者であることを確認。カモミールからカモミールちゃんへ名称変更承認。変更完了いたしました」
桃華お嬢様が満足そうにうなずき、鈴木さんを指さす。
「私たちの脱出の指揮は、あそこに立っている鈴木が取ります。貴女は鈴木の指示に従い、私たちを他のフロアへ脱出させてください」
「カモミールちゃん、了解いたしました。ただいまより、カモミールちゃんは鈴木様指揮下にはいります。鈴木様、ご遠慮なくご命令ください」
鈴木さんがカモミールちゃんの言葉をうけ、振り返る。
「わかった。俺達はまずこのフロアの設備所に行きたい。テロリストに遭遇することなく行くことは可能か?」
「可能です。現在、地上二十八階配備中の多機能型アンドロイド二十一機中、七機が行動不能状態。四機が一般市民保護後待機中。残り九機がテロリストに対しゲリラ戦を展開中。フロア防護カメラ及び、各多機能型アンドロイド内蔵カメラの映像を随時取得。自機搭載中の熱源感知センサーで情報を補完することにより、テロリストの接近を事前に感知し、九十七%の確率で、回避しながら目的地に到達することが可能です」
「了解した。それでは設備所までの先導を頼む」
「カモミールちゃん、了解いたしました。移動速度はいかがいたしましょうか?」
「お嬢様がたが無理なく歩けるスピードで頼む」
「カモミールちゃん、了解いたしました」
カモミールちゃんが鈴木さんからお嬢様がたに視線を移す。
ふたりのお嬢様を一瞬見比べるが、すぐにしっかりと桃華お嬢様の下半身に視線を集中させる。
「千本桜桃華様の股下の計測及び、両足の筋力を測定。一歩ごとの歩行距離を予測いたしました」
「カモミールちゃん。ちょっと失礼よ。そういうことは口にせず、相手に悟られないように密かにやりなさい」
ニコニコしながら言う桃華お嬢様は、掛け値なしに怖かった。
気のせいだろうが、アンドロイドであるカモミールちゃんが青ざめた気がする。
「りょ、了解いたしました。会話機能及び行動機能更新。大幅修正いたします。大変失礼いたしました」
見かねた琥珀お嬢様が、苦笑しながらフォローする。
「アンナロイドは普段されない会話は学習できませんからね。許してあげてください」
「私たちは普段利用しないものねぇ」
「ええ。もし必要でも、舞たちが代わりにやってくれますから」
桃華お嬢様がいつもの和やかな微笑みに戻られると、鈴木さんがカモミールちゃんにせっつく。
「カモミール。可能なら今すぐに行動を開始してくれ」
だがカモミールちゃんはその場から動かず、口だけを動かした。
「カモミールちゃんです」
「そんなのどっちでも……! カモミールちゃん、頼む!」
「カモミールちゃん、了解いたしました。先導いたします。
移動速度など、至らぬ点がございましたら、すぐにお知らせください」
桃華お嬢様が再び気迫あふれる笑顔になりかけるのを見た彼が、慌てて言い直すと、カモミールちゃんがゆったりとした歩調で鈴木さんの脇を抜け、用具室を出る。
彼がそれに続き、お嬢様方、亀ちゃん。最後に綺麗に折り畳まれたネットをバッグに詰め込んだ私が、数時間お世話になった用具倉庫を後にする。
そしてカモミールちゃんに誘導されること十分。
私たちは見事に、武装したテロリスト集団に取り囲まれていた。




