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白虎の翼  作者: 地辻夜行
1章 誰が為の物語か
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1話 飛鳥 翼(あすか つばさ)と申します

 よく自分の人生の主役は自分自身なんて言葉を聞くけれど、本当にそうかなって、アタシは思う。

 アタシの人生は、別の誰かの、主人公としてふさわしい誰かの人生を語るために、用意されたものなんじゃないかって考えちゃう。

 他人の人生を語る人生が、主人公の人生か?

 違うでしょ? 

 自分の人生を語ってこその主人公。

 たとえ周りからどう見えたって、自分の人生の中心にいたのは自分と感じてこその主人公。

 そう考えると、くやしいけれどいまのところ、アタシの人生の主人公はアタシじゃない。

 いまのアタシは、ただの語り部。

 そう思わされる光景が、アタシの目の前に広がっている。

 アタシが通う伊邪那岐(いざなぎ)学園のレストランを埋め尽くしていた学生の群れが、まるでモーゼが海を割ったかの如くふたつにわかれた。

 アタシは綺麗に磨きあげられた道を、王者の風格を漂わせ力強く歩く……人の後ろを金魚のフンのようについていく。

アタシは日本三十六名家の中でも屈指の高家『日ノ本(ひのもと)』家の長女琥珀(こはく)お嬢様専属メイド。

「なにか仰いましたか、飛鳥さん?」

 アタシの隣で同じように自主的に金魚のフンをやっている亀戸(かめいど)甲太郎(こうたろう)』、通称亀ちゃんが声をかけてくる。

 身長160㎝のアタシよりも少し大きい程度の、小柄な丸メガネ男子。

 良家の子息子女が小学校から高校までの期間を過ごす一貫校、『伊邪那岐学園』ではかなり珍しい、家格の低い家庭の坊ちゃん。ほぼ一般人だ。おまけに次男坊らしく、家のことには無関心で、趣味にばかり時間を費やすお気楽極楽のお坊ちゃんときている。

「どうした? なにかあったか?」

 15歳にしてすでに身長170㎝越えの琥珀お嬢様が、腰まで伸ばした艶のある黒髪をフワリと揺らしながら、美しく整った顔をこちらに向けてきた。太古に生まれていたら、小野小町のかわりに日本代表として世界三大美女に名を連ねていたに違いない。

 そんな学園カーストのトップの一人ともいえるお嬢様と、アタシ達メイド・執事組を除いて最低辺に所属する亀ちゃんの仲は、驚くことにすこぶる良好。

 亀ちゃんも私と同じく、高校からこの伊邪那岐学園に入学しているが、琥珀お嬢様とは親同士が知り合いで、元々顔見知りだったらしい。

 それでまあ、こうして昼食まで一緒にする交友関係を続けている訳である。

「いいえ、なんでもございません、お嬢様。亀戸様が幻聴をお聞きになっただけでございます」

「そうか。甲太郎君、孫子の勉強もいいが、夜更かしは程々にな」

 なんだか妙に納得した様子の琥珀お嬢様は、亀ちゃんに苦言を(てい)する。

「え? ええーっ⁉」

 亀ちゃんが、アタシに驚きと非難の入り混じった視線をむけてくるが当然無視し、たおやかに前方を指ししめす。

「お嬢様。あちらに桃華(ももか)お嬢様が」

 琥珀お嬢様が、アタシの言葉で正面へと向き直る。

 アタシ達の前方。琥珀お嬢様が造りだした栄光の道の先にある白の円卓に、小柄で品の良さそうなお嬢様と、アタシと同じメイド服に身を包んだ少女がいた。

 小柄なお嬢様は嬉しそうに手を振っていたが、アタシ達が近づくと、椅子からわざわざ立ちあがり、学生服のスカートの裾を摘まんで優雅に挨拶をしてくる。

「琥珀ちゃん、亀戸さん、翼ちゃん。御機嫌よう」

 琥珀お嬢様の正面に立てるこのお嬢様も、琥珀お嬢様同様三十六名家に名を連ねる一人。

 今年入学したアタシ達の一学年先輩にあたる『千本桜(せんぼんざくら)桃華』お嬢様。控えているのはメイドの山田花子さん。

 この二人、面白いことに、体格も顔立ちもよく似ている。双子とまではいかないが、もし山田さんが学生服を着ていたら、姉妹としては通用しそうなくらいには似ていた。

 はっきり違うのは髪型くらいか。ブロンドの輝く髪を、桃華お嬢様がツインテール。山田さんが後頭部でお団子にしている。

「お待たせしました、桃華お姉様」

「千本桜先輩、こんにちは」

 琥珀お嬢様と亀ちゃんが、桃華お嬢様に挨拶を返すのを見計らって、アタシと山田さんのメイド組が、お互いの主に向けて、深々と礼をした。主人格の相手に声で挨拶をかえすのは、アタシたちメイドのなかでは、非礼とされているからね。

 三人がそれぞれ円卓の席につく。昼休みの時間は限られているから、アタシ達メイド組も同じ卓について食事をとるが、座るのは料理がきてからだ。

「孫氏曰く、『糧食無ければ(すなわ)(ほろ)ぶ』。僕はこの為に学校に来ているようなものですよ」

「いや、学ぶために来たまえ」

 注文はすでに終わっているというのに、円卓の上のメニューを幸せそうに眺めながら呟いた亀ちゃんが、苦笑する琥珀お嬢様にすぐさまツッコミをいれられる。

 桃華お嬢様は、その様子を楽しそうにニコニコと眺めていた。

 アタシがこの学園に高校から入学して一ヶ月。すでに見慣れた光景。

 だが、いつまでたっても、周囲の坊ちゃん嬢ちゃんから向けられる、やっかみの込められた視線は慣れない。

 ウチの琥珀お嬢様はまだともかく、この学園のある超大型タワー都市『蒼穹(そうきゅう)』で、世襲制市議の席が内定している桃華お嬢様と、学園カースト最下層の亀ちゃんが昼食を同席していることが気に喰わないのだ。

 事前に、教室の各席に備え付けられているノートパソコンから注文を済ませてあったので、それぞれの食事がすぐに運ばれ、円卓に並べられる。アタシと山田さんはそれぞれのお嬢様を亀ちゃんからブロックする位置に座った。

 三人は歓談しながら、私と山田さんは黙々と食事を楽しむ。

「でも、流石は未来の蒼穹市議の一人になられる方ですよね。僕にもこんな気軽に接してくれるなんて。

 美人で優雅で優しい。学園のアイドルなのも良くわかります」

「まぁ。亀戸さんたら、お上手ですこと。でも、そんなことを言ったら本物のアイドルをされている方に怒られますわ」

 桃華お嬢様が、食事の手を止め、口に手を当てお上品に笑う。

 「確か、大学を卒業されたら、しばらくはお母様付きの秘書をされて、それから市議としてデビューされるんですよね。あれ? そういえば日ノ本さんは高校を卒業されたらどうされるんでしたっけ?」

 琥珀お嬢様の食事をする手がぴたりととまり、桃華お嬢様は微笑みながら青ざめる。

 アタシは右隣に座るデリカシーのない男の左足のつま先を、(かかと)で思いきり踏みつけた。

「いった! え⁉ ええーっ⁉」

 亀ちゃんが痛みを堪えながら、山田さんとアタシの顔を交互に見やる。

 どうやら、右足は山田さんが踏んでくれたらしい。

「私は短大へ進学だ。短大卒業と同時に嫁ぐ。生まれた時からそう決まっている」

 琥珀お嬢様が、声を絞り出すようにそう答える。

「お、思い出しました」

 踏まれる前に思い出せ、このど阿呆。

「たしか風御門(かぜみかど)家の方でしたっけ」

 話続けんのか⁉ このクソ亀!

「ああ、そうだよ。ご長男の春暁(はるあき)さんだ。二度ほど我が家にも遊びに来られたことがある。聡明で、お優しい方さ」

 そう言ってお嬢様がちらりと私を見た。

 アタシはその視線に、小さく、素早く頷くことで応える。

 大丈夫です。わかっていますよ、お嬢様。

 アタシ達はこの三年の間で、必ずその縁談をぶち壊す!

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