不良品
昼休みになり、洋平は仲の良いクラスメイト達と弁当を広げていた。
昼食を一緒に取るメンバー自体はある程度決まっていたため「恐らくこいつは〇〇だろう」と大まかに誰が誰かを判断出来たが、それでも顔が分からないという状況に洋平は四苦八苦した。立ち居振る舞いや性格、声のトーンで何とかしてどの友人か予想していく。
「俺購買行くけど、ついでになんか買うか?」
その中の1人が財布を持って立ち上がった。津原だろう。弁当を平らげたあと「まだハラ減ってるわ」と購買でパンを買っていくことが多々あるからだ。
すると洋平の隣に座っているクラスメイト…恐らく作野が小銭を出しながら「コーヒー頼む」と言った。
それに倣い洋平は
「じゃあ俺もコーヒー」
と言った。はずだった。
「…」
ザーザー…。
声が出てこず、何も話せなかった。それどころか洋平の頭の中に砂嵐のようなノイズが走った。
訳が分からずにいると戸惑っていると
「俺は先崎洋平だ」
スピーカーから勝手に『音声』が流れた。急に何だ。今、口を動かした覚えなどない。
「あ?何?」
津原が訝しげに声をあげた。
慌てて口を塞ぐ。話せないと思ったら次は全く関係のない言葉が急に出てきた。
…これは昨日も流れてきた。
もう一度コーヒー、と声に出そうとする。しかしまた話すことは出来ず頭の中にザーザーと不快な音が流れた。そして、
「俺は先崎洋平だ。高校3年生だ」
と、口からまた流れてきた。
「おい先崎、どうした?」
「お前何急に自己紹介してんの?」
口々と友人達が訝しげな声で問いかける。とにかく何とかして止めたい。どうやって?
「じゃ、じゃあお茶」
洋平は半分意識してもう半分は無意識にそう言った。今度はそのままの言葉を話すことが出来た。勝手な音声も流れなかった。ノイズ音も特に流れていない。
「あ?あぁ分かった」
急に自己紹介した洋平にもう興味を無くしたのか、津原は小銭を受け取りながら
「作野っていつもコーヒー飲んでね?しかもブラック」
「美味いからな」
「コーヒー牛乳とかは飲むけどよー、やっぱブラックはまだ苦ぇよ」
とコーヒーについて話していた。
「先崎はコーヒー飲めないよな。ミルクとか砂糖入れても無理なんだろ?」
「そういやお前がコーヒーとか飲んでるとこ見たことねえわ」
お子ちゃま舌の先崎くん、と津原に揶揄うように言われた。
「…」
…いや。
洋平は心の中で返事をした。
本当はコーヒーが飲みたかったのだけれど。
確かに洋平はほんの少し前までコーヒーが飲めなかった。苦いものは総じて好きではなかったからだ。どんなに甘さを入れようと、苦味が残っていればてんでダメだった。
しかしある時、洋平は両親がコーヒーを飲んでる姿を見た時に何となくチャレンジしたくなり一口頂戴と飲んだことがある。すると一転して苦さがむしろ良い、美味しいと思えるようになった。
コーヒーにハマった今ではブラックまでも嗜むようになった。これまでのコーヒー嫌いが嘘のようだ。
この経緯を言うべきか悩んだ。
しかし洋平は無言を貫いた。話そうとしてもまた声が出てこないのかもしれない。頭の中にまた不快な雑音が流れるかもしれない。関係の無い音声がまた勝手に流れるのもごめんだった。それにお茶だって今までと変わらず飲んでいて嫌いになったわけじゃないし、と理由を必死に探した。
それにしてもふざけた話だ。スピーカーに変わった挙句、不良品じゃないか。
洋平は心の中でそう突っ込んだ。