音声
放課後、洋平は図書室にいた。
理由はもちろんこの奇妙な現象を調べるためだ。
当然だが,図書室に向かう際も廊下を歩く生徒や教師の頭はスピーカーになっていた。
そんな現実を直視したくなかった洋平はずっと俯いて校内を歩いていた。
図書室で何冊か本を吟味して読んでいった結果、近いものでは人の顔の見分けが付かなくなる相貌失認症という病気は存在するらしい。しかし当然人の顔がスピーカーに見えてしまう病気など無い。他人が誰なのかが分からないということは共通していたけれども。
自分の目にはスピーカーに映っているということなら、眼科にでも行くか?いや症状を説明したところで精神科に診てもらいなさいと言われるのがオチだろう。
大した収穫も得られずに洋平は肩を落として本を閉じた。
そうなるとこの状況を紐解く鍵は道谷瀬奈なのだろうか。彼女だけはスピーカーには見えていないのだから。
しかし、大して話したことのないクラスメイトにいきなり「君以外の人間の頭が全員スピーカーに見えるんだけど、何でだか知らない?」と言ったところでただ引かれるだけに違いない。
最初は挨拶ぐらいから始めて、徐々に会話していっていつかはさりげなく話を切り出す…という流れを洋平は頭の中でシミュレーションした。
しかし、そもそも彼女と接してこの現象が解明出来る保証も無いのだけれど。
帰宅して、自分の身内も多分に漏れずスピーカーの頭になっている両親の姿を見たくなかった洋平は、夕食後早々自室に篭った。
ベッドに寝転びながらこれからどうなることやらと思案していた。
明日には元に戻っていたりしないだろうか。俺はまだ長い夢を見ているだけではないのか。
そう思っていると。
「俺は千崎洋平だ」
どこから音が、いや声がした。何だ今のは。
洋平は慌てて起き上がる。自分以外の誰かがこの部屋にいるわけないが自室を見渡した。もちろん誰もいない。
何かの拍子に機械でも作動したのか?それで音声が流れてしまったのではないか?手当たり次第部屋の中を探ってみるがそれらしいものはものは見当たらない。
…?音声を流す機械とはもしや…。
「俺は千崎洋平だ。俺は高校3年生だ」
また聞こえた。そもそも考えてみればそんなセリフを言うのは洋平本人しかありえない。
「俺は俺だ」
間違いない。これは自分自身の声だ。自分から声が出ている。
スピーカーになった自分から勝手に流れているのだ。
口を塞ごうとする。手に口の感覚は伝わる。しかし音声は止まらない。自分の意思とは関係なく勝手に流れてしまう。
「変わらぬままだ」