『将来切符』
「席に着けー。HR始めるぞー」
担任の教師の声が教室内に響く。担任の頭ももれなくスピーカーであった。バタバタと慌てながらスピーカーの頭になっているクラスメイトたちが自分の席に座っていった。
「先週も話したが、今から進路を決める時に必要な『将来切符』のプリントを配布しておく」
うわっだるーと教室から声が上がる。プリントが配られていった。
担任によると『将来切符』とは、今年から始まった主に勉強の進み具合を自分で記録していくプリントとのことらしい。自分の将来の夢や進路決めのために使用され、部活動や委員会の取り組みについても記入できる。自分の考えた最善最短のライフプランを、両親や教師などの周りの大人にも共有することよって充実した将来が約束される、と担任は説いた。
しかし何かと忙しい学生にとっては、正直なところ面倒事が増えただけとしか思わないだろう。
やるのめんどくさいと教室のあちらこちらで声が上がるが、担任は少しずつでいいから書くのに慣れていくようにとブーイングをいなした。
不平不満で溢れかえる教室の中、洋平はそのプリントの話が耳に入らない。視線は瀬名に向け、なぜ彼女だけが生身の人間の頭のままなのかを考えていた。何か理由があるのか?
瀬奈は廊下側前方の席に座っており、洋平から見て斜め右前にいる。
洋平は瀬奈がどんなクラスメートだったか記憶を振り返る。彼女はリーダーシップがあるような特別目立つタイプではない。授業中に積極的に発言することはなく、どちらかと言うと口数が少なく聞き手に回るほうだった。正直なところ特別意識したことも無かった。洋平も彼女ほどではないが会話を引っ張るような人間ではないため、話したことはせいぜい片手で数えるほどだった。内容も思い出せない以上、特段大したことない話題だっただろう。部活や委員会での交流も無かった。瀬奈は今この場でも特に喋らず頬杖をつきながらつまらなそうな顔、少し冷たい目をしていた。
彼女だけスピーカーでないことに何か理由があるのか。
この教室の中で唯一普通の人間の顔のままである瀬奈の存在は、洋平にとって最後の救いに思えた。
「おい、先崎。さっきからどこ見てるんだ、聞いてるのか」
「え、あ…」
急に担任の言葉が自分に向けられて洋平は我に返った。
「廊下に何かあるのか?」
ふふっクスクスと周りから忍び笑いが聞こえる。生身の顔のままだったらニヤニヤ表情を浮かべているのだろう。
「いや、はい…すみません」
「進路を決めていく時期だというのに弛んでるぞ。それでこのプリントは…」
担任は話を戻したが、洋平の顔は少し赤くなっていた。
「…」
そんな洋平の姿を瀬奈は無言で見つめていた。