1人だけ
「あ」
何かにぶつかったとき、洋平は反射的に目をつぶった。洋平の斜め下の方から少し高めの音が聞こえた。誰かと、おそらく女子とぶつかってしまったのだろう。
それに気付いたと同時に洋平は心の中でため息を吐く。このぶつかった相手もきっと頭がスピーカーになっているんだろう。
それを見たくないから教室を出ようとしたのに、まさか真正面からこの事実を突きつけられるハメになるとは。
そう思いながら洋平は目を開けて、ぶつかってしまった相手に謝罪した。
「ごめん。大丈夫?」
目の前の人間にそう声を掛けた。
「えっと…大丈夫。私の方こそごめんなさい」
目の前にいる相手の顔はスピーカーではなかった。正真正銘、生身の人間の頭だった。
「え…」
まさかスピーカーじゃない、普通の顔のままの人がいたなんて。
相手は、洋平と同じクラスの道谷瀬奈だった。
今日初めて見る人間の顔。
喜びと驚きが入り混じり彼女をジッと見てしまう。
「あの…どうかした?」
瀬奈は不思議そうな、訝しげな顔になった。
「あ、悪い。なんでもねぇ」
そう言って慌てて彼女から離れた。そのまま廊下に出る。あんなにまじまじと見つめておかしく思われたかもしれないと恥ずかしくなった。
それと同時に洋平は少し安堵した。全員じゃない。1人だけでもスピーカーじゃない人間がいた。今はその事実に救われる。
学校のチャイムが鳴った。