スピーカー
リビングのドアを急いで開ける。家族に、両親にこのおかしな状況を伝えなければ。
両親の姿が視界に入る。
その瞬間ヒュッと洋平の息が漏れた。
両親どちらも頭がスピーカーだった。洋平とは種類が違う、黒い家庭用の置き型スピーカーだ。
2人のスーツの上にスピーカーがあること、近親者の姿が急に変わってしまったことに寒気がした。
バカな。どういうことだ。
恐れ慄いてる洋平をよそに、洋平の母は言った。
「おはよう、洋平。父さんと母さんもう行くね。ご飯は置いてあるから」
「いや、ちょっと待って…母さん、顔が…父さんも…」
慌てて洋平は引き留める。
「何?顔って。メイクおかしい?」
母は気付いていないらしい。というより自分の顔がスピーカーになど見えてはいないらしい。
「そうじゃなくて…」
「もう時間だから行ってくるわね」
母はそう言って玄関へ向かってしまった。
「テレビ消して戸締りも忘れずにな」
父の声も聞こえてそのまま玄関のドアが閉まる音が響いた。洋平は家に1人取り残される。
一体なんなんだ。自分だけでなく両親の顔までスピーカーになっていた。
胸騒ぎはもしかしてこのことか?
慌てふためきながらリビングを見回す。テレビが目に飛び込んできた。画面には朝のニュースが流れている。
ニュースキャスターの顔も、スピーカーだった。
「な…!?」
洋平や洋平の両親とは違う、電柱に取り付ける街の防災用の白いスピーカーであった。アナウンサーやらコメンテーターも映り出す。種類や色こそ違えど、出てきた人物全員の頭がスピーカーだった。
画面が切り替わりCMが流れ出す。それに出てくる人間も全員スピーカーだ。洋平は堪らなくなってリモコンでテレビを消した。
自分だけでなく、両親や他の人間の頭もスピーカーに見えるようになってしまったのか?
恐ろしさでもはや朝食など食べる気にもなれない。
自分の部屋に戻り、教科書やらノートやらを乱雑にスクールバッグに詰め込んで早々に家を出た。
登校中、道行く人々の頭も全員スピーカーだった。混乱してきた。
早く学校へ行きたい。自分の見知った場所へ行き、自分の見知った友人やクラスメイトに会いたい。
自分の知っている日常に戻りたい。
心臓がバクバクしながら洋平は道を走る。
ふと空を見上げた。空は昨日と変わらず青かった。まるでペンキでべったりと塗ったように見える。その呑気な青色に洋平は苛立ちを覚えた。