始まり
朝目覚めると、先崎洋平は妙な胸騒ぎを覚えた。言いようのない不安に駆られている。
普段は意識しない心臓の鼓動がうるさく鳴っていた。気持ちがソワソワしている。
寝汗もかいていた。昨夜は寝苦しくなかったにも関わらず、だ。
(朝からなんだ…?)
洋平は疑問に思う。
夢でうなされていたのか?
夢を見た覚えはある。おそらく暗い夢であっただろうが、内容は思い出せない。
何か心配事でもあったか。
洋平はぐるりと部屋を見渡す。いつもの自分の部屋だ。
筆記用具や宿題のプリントが置きっぱなしの勉強机。教科書やノートが詰め込まれている本棚。ハンガーにかけてある黒の学ラン。
洋平は高校生である。勉強や人間関係、将来の悩みは人並みに存在するが、起床してすぐ焦るような出来事は無かったはずだ。
高校生活は順風満帆とまでは言えなくとも、昨日まで平凡な毎日を過ごしてきた。
そして今日もその続きのはず。
この不安を忘れてもう少し寝ようかと洋平は目を閉じた。眠れば何か変わるかもしれない。
その時。
ジリリリリ!
目覚まし時計が鳴った。体がビクッと震える。慌てて目を開け起き上がってアラームを止めた。
ハーッとため息をついた。ただの偶然だ。こういう日もある。
きっとストレスで朝から疲れてしまったんだ。勉強とか難しくなってきたしな。
そう自分を納得させた。
2階の自室から出て階段を降りる。気分をスッキリさせようと洗面所で顔を洗った。冷たい水は次第に洋平の眠気を覚ましていく。
タオルで顔を拭いて洗面所の鏡を見た。
鏡の前にぼんやりと白っぽい物体がある。そのせいでちょうど自分の顔が見えなかった。
「ん…?」
鏡の前に何かあるのかと、退けようと手を伸ばす。しかし手は空振り何も当たらない。
目を凝らす。ボヤッとした視界を瞬きで消して、もう一度よく見る。
そして気付いた。
自分の顔の前に物体があるのではない。
自分の顔自体がその物体に見えている。
「は…?!」
普段は少しずつ覚めていく眠気が今は一気に覚めた。
間違いない。首から上が、頭がその物体になっている。
そしてその物体は…スピーカーだった。
このスピーカーには見覚えがある。洋平が通っている高校の教室に取り付けられている、放送やチャイムを流すための灰色の台形型のスピーカーだ。音声が出てくるであろう、中央にはうっすらと黒い丸がある。
なんで自分の顔がスピーカーになっているんだ。
慌ててそれに手を伸ばす。スピーカーのような機械の無機質さは感じ取られない。人の肌の感触だった。
鏡に問題があるのではないかと、汚れが付いていたり、割れていたりするのではないかと鏡を隈なく見る。しかし汚れは一つとして付いておらず、割れている箇所も無い。
では自分の目がおかしくなったのか。手に伝わる感触で目がある位置を確認してそのまま軽く目を擦る。鏡をもう一度見た。
スピーカーのままだった。
思わず身震いする。背中と腕にゾッと悪寒が走った。こんなことありえない。嘘だ。一体何の冗談だ。まだ俺は夢の中にいるのか。
恐ろしくなって洋平は家族がいるリビングに向かった。