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もう大丈夫

 振り返った瞬間、頬を殴られるかもしれない。


 腹を蹴られて倒れたところをボコボコにされるかもしれない。


 だけど、振り返らないという選択肢はないのだ。


 恐怖で固まっているはずの俺の体が、ゆっくりと動きはじめる。


 彼の命令は絶対。


 暴力によって体に刻み込まれているから、俺は後ろを向かざるをえない。


「……大度出」


 そこには、黒い笑みを浮かべている大度出皇帝(たいどでかいざー)が立っていた。


 彼の後ろには鶏真喜一(とりまきいち)勅使太一(てしたいち)五升李男(ごますりおん)もいた。


 背中をねっとりした冷たい汗が流れ落ちていく。


 ああ、だめだ。


 俺は、やっぱりこうなんだ。


 大度出の声を聞くだけで、顔を見るだけで、心の中から勇気や自信といった、立ち向かうための感情が根こそぎ消え去ってしまう。


「久しぶりだな。石川。元気にしてたか」


 大度出は普通の声量で話しているのに、大声で怒鳴られているように聞こえる。


 まだ普通のことしか言われていないのに、バカにされているように感じる。


「ま、まあ、それなりに」


 目を逸らしながら、ぼそりと呟くように言う。


 自分自身が内側に追いやられていくこの感覚が心底憎いが、今は時が過ぎるのを待てばいい。


 なにもかもを押し殺して、これからなにをされるのだとしても、我慢すればいいだけ。


 諦めという分厚い殻が、俺の心をゆっくりと覆っていく。


「なんだよ、つれねえ反応だな。俺たち、こうして異世界に転生した仲間だろ」


 大度出が筋肉質な腕を俺の肩に回す。


 彼の金髪が俺の頬に当たった。


「ま、まあ。そうだな」


 仲間なんかじゃねぇ。


 そう言い返したいのに、その言葉が口から出てくることはない。


 首に巻きついている腕を振り払いたいのに、体が思うように動かない。


「だろ? そこでだ、石川。お前を俺の仲間に入れてやるよ」


「……は?」


 耳を疑った。


 仲間に入れてやる? 俺を?


 どういう風の吹き回しだ。


「は? じゃねぇだろ。石川も俺の仲間にしてやるよっつってんだ。喜べよ」


 肩に回されている腕の力が強くなって、首がぎゅっと締めつけられる。


「な、ど、どう、して」


「どうして?」


 大度出の眉間にしわが寄る。


「口答えしていいと思ってんのか? この俺が、お前ごときを仲間に入れてやるっつってんだ。これ以上ないほど喜ばしいことだろ?」


 そんなわけがあるか。


 お前らの仲間になるくらいなら、目の前で一千万円当選の宝くじを破られる方がましだわ――いや、借金があるからちょっと真剣に考えさせてくれ。


 ……うん。


 やっぱりどれだけお金を積まれても、大度出独裁国家には入国したくない。


「なに黙ってんだよ。皇帝の前ではみんな肯定するもんだよなぁ?」


 仲間、なんて嘘だ。


 ギャグじみた言葉にツッコむ余裕すらない。


 こいつらと一緒に行動するなんて死んでもごめんだ。


 嫌だ嫌だ嫌だ。


 そう思っているのに。


「俺、は……大度出たち、と」


 首が横に動かない。


 うなずこうとしてしまう。


 否定することができない。


「俺は、その……」


 なんでなんだ!


 嫌だって言えばいいだけなのに、体が言うことを聞かない。


 彼らにボコられていたときの痛みを、惨めさを、諦めの感情を思い出す。


 ああ、俺はやっぱり俺でしかないんだ。


 なにを経験してもだめなままなんだ。


 見返すとか見返さないとかじゃない。


 レッサーデーモンを倒したとか倒していないとかじゃない。


 俺は一生こいつらの奴隷。


 弱虫な引きこもりのままなんだ。


「……わかり、まし」


「すみません。誠道さんは私の仲間です。勝手に引き抜かないでください。失礼します」


「えっ」


 無条件降伏しようとしていた俺の手を引っ張ってくれたのは、俺の引きこもりを支援してくれるメイドのミライだった。


「ミライ、なんでここに」


「私はあなたのメイドですよ。今はとりあえず走りましょう」


「あ、ああ」


 俺は逃げながら、彼女とつながっている手を見た。


 もう大丈夫なんだという安心感が体中に広がっていく。


 気がつけば、ぼろぼろと涙を流していた。


「すまん……ミライ」


 ミライのおかげで、震えていた心が凪いでいく。


 体がじわじわと温かくなっていく。


 彼女の存在がとても頼もしく思えたが、自分に対しての惨めさはぐんぐん増幅していた。


「こんな、情けないよな、俺、弱虫で」


 走りながら、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。


「格好悪いよな。さすがに幻滅しただろ」


 本当に、俺は、弱虫のまま、なにも変わっちゃいないのだ。


 ミライだって、こんな俺を見て愛想をつかしたっておかしくは――


「なにをおっしゃっているんですか」


 改めて俺の手をぎゅっと握ってくれたミライは、慈愛の女神かのように穏やかな笑みをたたえていた。


「誠道さんの情けない姿なんかもう見飽きています。こんなことで、私は失望なんかしませんよ」


「……ありがとう。ミライ」


 どうしよう。


 涙が止まらない。


 あふれ出てきやがる。


「でも、私の方こそすみません」


「なんでミライが謝るんだよ」


「先ほど大度出さんに、誠道さんのことを仲間だなんて言ってしまって。私は、あくまでも誠道さんのサポートをするメイドなのに」


「ミライは俺の大切な仲間だよ」


 俺が笑みを向けると、ミライは俺から顔を逸らして前を向いた。


 髪がなびいて彼女の耳があらわになる。


 少しだけ赤くなっていた。


「もったいないお言葉、ありがとうございます。さ、はやく私たちの家に帰ってご飯にしましょう。今日は誠道さんの好きな物をたくさん作ってあげます」


「本当にありがとう。ミライ」


 あ、でももう片方の手に持っている茶色い仏像の件は、後でしっかり問い詰めますからね。


 ……あれ?


 好きなものたくさん作ってくれるのって、俺を慰めたいんじゃなくて、仏像を買ってしまったことを許してもらうためか?


 ったく、今日だけはそんなことしなくても許してやるって思ってたのになぁ。

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