08話 アウグストの焦り
【蒼月の旅団】のリーダーのアウグスト視点です
「ハァハァハァ……くそっ。早く倒れろ」
私の名は【蒼月の旅団】リーダーのアウグスト。
現在クエストで、狼退治の真っ最中だ。
死に物狂いで目の前のウルフの相手をしながらも、背後で臨時メンバーにのしかかっている銀の大型ウルフにあせりを感じている。
「おい、アウグスト。もう無理だ。全力でシルバーを倒す指示を! でないとジャンキスが死ぬぞ!」
「ダメだ、ぜったい傷はつけるな! ヤツは無傷で倒すんだ!」
それがどれだけ無茶な命令かはわかっている。
それでも私はこのシルバーハウンドを無傷で倒し、毛皮を美品で納めなければならない。
これからの【蒼月の旅団】のために!
子爵閣下の依頼は『シルバーハウンドの毛皮をを無傷で納入しろ』というものだった。
【シルバーハウンド】はロング・ウルフと呼ばれる狼種魔物の進化したものだ。
銀に輝く毛皮は剣にも矢にも魔法にも強い耐性をもち、また体長も2,5メルト(メートル)もあり、顎や爪は鋼鉄を砕くほどに強靭。ランクBにも目される強力な魔物だ。
だがその銀の毛皮は無傷であれば美しく、貴族間でもたいへんな人気だという。
じつはこの手の依頼は以前にもこなした事があり、その経験を見込まれてサリエリ君の伝手の子爵閣下から依頼されたのだ。
折りしもとある農村で、シルバーハウンド率いるウルフ集団が現れ、その退治がギルドに依頼されていた。
当然その依頼を受け、多少の予定遅滞はしたものの、意気揚々と現場に来たのだが。
「おいっジャンキス捕まるな! 罠まで誘導しなきゃなんないだろうが!」
「無茶言うな! 狼と追いかけっこなんて聞いてねぇぞ! やっぱこの仕事、断りゃよかった」
作戦は臨時メンバーのジャンキスが囮となってシルバーハウンドを罠まで誘導し、身動きとれなくするのがキモ。
他のみんなは手下ウルフを相手し、終わった後にシルバーハウンドを綺麗に倒すというものだった。
前回は囮役の誘導はアライグマ族のラチカがやってくれたので上手くいったが、さすがに人族に彼女ほどの足はない。
ジャンキスはやはり途中でつかまってしまった。
「おおい、助けてくれ! はやくコイツを仕留めろ!」
ジャンキスはシルバーハウンドにのしかかられ、肩を噛まれている。
シルバーハウンドのパワーからいって、あとわずかで肩を砕かれ死にいたるだろう。
「アウグスト、射るぞ。このままではジャンキスが死んじまう」
「バルカン、背中は当てるな。どうにか首や腹を狙うんだ!」
「こうも暴れてるんじゃ、そんな狙いなんざ無理だ。とにかく当てる!」
「ま、待て! もうすぐ私の手があく。そしたら抑えにかかるから、それまで……」
「それまでジェンキスが持つと思うのか!」
私をはじめ他の皆は、それぞれ手下ウルフと戦うのが精いっぱい。
とてもジャンキスの応援には行けない。
どうにか手が開いているのは弓士のバルカンのみだが、シルバーハウンド相手では急所を一発、というわけにはいかないだろう。
もはや作戦は破綻した。
早急に手段を選ばずシルバーハウンドを仕留めねば、ジャンキスは死んでしまう。
しかし……
「”燃ゆる硫黄の土塊、爆ぜて裂けよ。【ファイアボール】”」
バァァンッ
「ギャワンッ!」
「なっ⁉」
横合いからファイアボールがシルバーハウンドに直撃。
シルバーハウンドは大きくのけぞった。
「雑魚ウルフは終わった。最後にそいつを仕留めるぞ」
ファイアボールを放ったのは、新加入のサリエリ君。
「さ、サリエリくん、何を! これでは毛皮はダメになるぞ!」
「もう無傷で倒すのは無理だ。僕も魔力が少ない。制限アリでそいつと戦えるほど皆も余裕がない。子爵には釈明してやるから、一斉攻撃を指示しろ」
くううっ、貴族様の支持を得る計画が! 強い【蒼月の旅団】を復活させる夢が!
「アウグスト、これで毛皮はダメになっちまったな。自由にやるぞ。いいな?」
「クッ、一斉攻撃! ヤツを倒せ!」
どうにかこうにかシルバーハウンドの討伐は成功。
毛皮を焼けコゲだらけ穴だらけのヒドイ状態にして。
私をはじめパーティーの皆は、シルバーハウンドの反撃を受け揃って重症だ。ルナメリアの治療でどうにか動けているものの、当分クエストは受けられないだろう。
そしてシルバーハウンドの牙をまともに受けたジャンキスは……
「ルナリア、どうだ。ジャンキスは助かるか?」
「ダメ。完全に喉を砕かれているわ。シルバーハウンドの顎は鋼鉄の防具をも突き破るもの。つかまったらお終いよ」
「借りてきたメンバーを死なせちまったな。【雷光の戦斧】にどう釈明するか。ジャンキスはあそこのリーダーの弟だぞ」
「約束通り子爵への釈明は僕がやる。でもそちら方面は冒険者間の問題。そちらで何とかしてくれ」
メンバーの私を見る目は冷たい。
クッ、やはりあの時、増額してでもラチカを手にすべきだった。
そうしたら、こんな事態にはならなかったのに!
「アウグスト、明らかに君の判断は遅かった。命のかかっている場面では即座に判断しなければ助からない。彼を死なせたのは君だ」
「そうね。このままじゃ私たち、あなたに命を預けられないわ」
「…………解体して毛皮をとる。とにかく納品だけはしなければならんからな」
皆の冷たい目から逃げるように作業をはじめる。
ああ、毛皮はひどい状態だ。
あちこち焼けコゲだらけ穴だらけだし、血はにじんでいるし。
以前、別の貴族には美品を納入できただけに、今回コレを渡さねばならないのは本当に気が重い。
【蒼月の旅団】をより大きくするために改革を断行したというのに、どうしてより酷い状態に陥っていくのだろう?