03話 コルナンさんの思い出
「ご主人様! こたびの出陣お考え直しください。わが軍の資金の綱は断たれ、兵糧は深刻な危機に直面いたします。今いくさの出血を強いられれば、宿を失い、野宿もあり得ましょう。臣、なにとぞ蛮勇をお控えくださる事を切にお頼み申す!」
「ええい臆したかラチカ! 子爵令息をオトさば、資金など贅の限りを尽くせるほど滾るわ! わが征くは覇道のみ。資金すべてを投げ打ち、きらびやかな武具をそろえ、目指すは子爵夫人の座ただひとつ!」
はい、カスミさんの仕事の話を聞くために店を変えてきたのですが、そこに着くなりこんな茶番をはじめてしまいました。
理由は、道中ご主人様がこんな事を言って息巻いていたからです。
「もう後がないわ。こうなったら、この慰労金で靴を買っちゃおう。残ったお金でアクセサリーも買って、女力アップよ!」
後がない時の行動がおかしいッ!
どうしてそこで、全滅特攻を選択するの?
ボクまでご主人様の忠誠示すために突撃しなきゃならないじゃん!
「やれやれ、ガツガツしてんなセリア嬢ちゃん。まだ若えんだし、あせって結婚なんざしなくて良いだろう」
「あなたねぇ。貴族女子は十九までに貴族男子と結婚できなきゃ貴族身分を失うのよ。私、もうすぐ十八だし、そうなったらデスゾーン突入よ!」
「どうでも良いじゃねぇか。今だって平民と変わらねぇ生活してんだし。それにセリア嬢ちゃんはぜったい平民暮らしが性分に合っている。貴族様婦人なんざガラじゃねぇぜ」
「うるさいッ! 子供扱いみたいな言い方やめて。私はあなたより年上で冒険者ランクもCなのよ。それにその『セリア嬢ちゃん』って呼び方もやめて。ボス以外にその呼び方されるの、なんか嫌だわ」
「……悪かった。さて、姉さん。そろそろ仕事の話していいか? 店に入るなり、アライグマ嬢ちゃんが忠臣の諫言みてえなこと言い始めるんで、切り出せなかったぜ」
ごめんなさい。ご主人様の乱心は命にかかわるもので。
「そうね、聞くわ。でも、私個人に何の仕事? たしかにランクはCだけど、一人で護衛の仕事が出来るほど腕がたつわけでもないわよ」
「そのランクCが目当てなのさ。ついでにどこぞのパーティーに属していないのがなお良い」
「ふうん? 私になにさせようっての?」
カスミさんの話はこうでした。
学校の友達ともぐってみたいダンジョンがあるそうですが、ランクが足りず行けません。
ですがご主人様がパーティーリーダーになって彼らを率いてくれれば、行けるようになります。
システム的には問題だらけの気もしますが、昔はもっといい加減で、浮浪児の子供を冒険者にして囮にするようなことも普通にあったのだとか。
人命に配慮するようになった初めと考えれば、悪くないのかもしれませんね。
「ふうん。つまりあなたと友達引き連れて、【ブールザット・ダンジョン】に行けと」
「ああ。オレらじゃ許可がおりない場所だが、あんたのCランクの肩書があれば行ける」
「うーん、大丈夫かしらね。そこって、そこそこ強いモンスターが出る場所よ。私と学生だけじゃ、いくら何でも力不足じゃない?」
「問題ない。連れていく二人はオレが直々に鍛えたし、オレ自身もあのサリエリって奴より強いぜ。今年の筆頭選抜、アイツを抜いて筆頭になったのはオレだ」
「ええっ? あの子、正魔法師なんでしょ? あれってウソだったの?」
「そいつはウソじゃない。ただ、貴族様魔法師の戦闘スタイルは護衛に守られていることが前提。早さでかく乱すりゃ、勝ち筋は簡単さ」
いやはや、本当に大変な子のようです。なんか子供なのに腕利きの冒険者みたいな風格です。
だけどカスミさんとの会話は楽しく、話題はなぜか行方不明になったコルナンさんの事になりました。
後でご主人様が言うには、カスミさんと話しているとヤケにコルナンさんの事が思い出されるとか。
「……ボス、どこ行っちゃったんだろうね、ラチカ」
「え? それをボクに聞かれても。コルナンさんって、どんな人だったんです? スゴイ人って噂はよく聞くけど、どういう人なのかよく知らないんですよね」
「うん……いつも飄々としいて楽しいおじいちゃんだったな。お父さんから厄介な小娘の世話を頼まれたってのに、人任せにせずちゃんと冒険者の仕事を教えてくれたしね」
「ふうん、親切な人だったんですね」
「ジジイも暇だったんだろ」
なぜかカスミさんは妙に恥ずかしそうに頭をポリポリ掻いて、ぶっきらぼうに言います。
「うるさい。アンタにボスの何がわかるのよ」
「そうですよカスミさん。ご主人様のキレイな思いでを汚さないでください」
「……だな。思い出は誰にも汚す権利なんざねぇよな。ま、素敵おじいちゃんのコルナンさんを良い思い出にしてくれ」
「ガタリ」とカスミさんは席を立ちます。
「それじゃ予定日にギルドで会おうぜ。金はギルド長立ち合いのもと、手続きが完了したあとに渡す。あと、これから金はアライグマ嬢ちゃん……いやラチカが管理しろ。主人の至らなさを支えるのも家臣の役目だぜ。じゃ、ここまでの料金は払っとくから姉さんも早く帰りな」
カスミさんは手慣れた様子で店主さんにお金を払うと、飄々と去っていきました。
「……なーんか、カスミ君ってボスみたいね。ボスもごはんをオゴってくれた時は、こんなだったわ」
「いやボク、コルナンさんを知らないから同意を求められても。でも子供なのに妙に大人びた……と言うよりベテランの風格すらある不思議な子でしたね」