16話 メディシアン・カルテス壊滅【カスミ視点】
ここはバートラント男爵邸地下。
この先に【魔術装アグニート】という、メディシアン・カルテスがトンズラの際にすべてを焼く兵器の置いてある場所がある。
んで、共和派の連中とここに網を張って、来た奴ら片っ端からとっ捕まえるトラップなんかを張っていたわけだが。
「来たぞ、バブロだ!」
「たった一人だ、逃がすな!」
「くそっ、すごいナイフさばきだ。気をつけろ!」
なんと、来たのは本命のメディシアン・カルテスのボスのバブロただひとり。
手練れ複数人の護衛とともに来ることを想定していたオレたちは、かえって虚を突かれることになった。
いくら何でも、組織のボスがたった一人はないだろう。
まさかオトリ? そっくりさんをここに突っ込ませ、本物は別の穴から逃げているとか?
「はァはァ…糞ッ! ここを知られてやがったのか。バケモノチビに完全にしてやられたぜ!」
たった一人に罠を発動させるわけにもいかず、確認のため顔を知るオレが、そいつを見に出てみる。
……………本物に見える。
「アアッ? なんだガキィッ! 死にたくなけりゃ、そこをどけ!」
「王国最高額の賞金首にしちゃ三下っぽいセリフだな。やっぱ、ニセモノか? いや案外、本性はチンケなチンピラにすぎないのか?」
「テメェ!」
ビュッ
お、ナイフのキレは悪くない。
若いころは殺し屋だったそうだから、この腕も納得ではあるが。
「チッ、俺のナイフをかわしやがるか」
ビュッビュッビュッ
息もつかせぬ速突き。秘伝の歩法のステップでかわす。
持っているショートソードは子供の体じゃ重すぎた。これで捌くには練度が足りない。
「いい腕だな。しかし、組織のボスがナイフもって現場仕事はないだろう。王国中をビビらせた臥獣はどうしたんだ? ヤツラが十人もいりゃ、シロウトの囲みなんざ問題でもなかろう?」
「うるせえ! あのバケモノチビはテメェの差し金か? 畜生がッ。よくも…ッ俺の家族や…仲間たちを!」
やっぱ、コイツは本物か。
そして周りに臥獣の一人もいないのは、ラチカが全滅させたからか。やりすぎだ。
「オレが言うのも何だが、気をおとすな。殺し殺されも稼業の内だろうが。お前さんも家族も仲間も、みんな賞金にかえて弔ってやるから、おとなしくしろ」
「殺してやるッ! ガキィ、テメェだけでも……うおっ⁉」
あえて隙をつくり、バブロが突いてきたら体をすべらせてナイフを捌く。
体勢のくずれたバブロをショートソードの腹で思いっきり叩く。
バギィッ
「ぐげえええッ」
ウオオオオオッ
バブロを倒した瞬間、まわりの皆から拍手喝采と大歓声。
「―—まったく、なんて子供だい。アンタ、魔法学院の生徒だろう。なのに格闘戦で、こんなヤバいナイフ使いに勝っちまいやがった。それもメディシアン・カルテスのボスに」
そう言ったのは共和派トップのマルタ。
ジジイだったころのオレの元女房だ。
「こうも狭い場所じゃ、魔法なんて味方の混乱まねくだけだからな。手間でもこうした方がいい」
「いや、そこじゃなくて……まぁいいか。しかし、これでメディシアン・カルテスは終わりかい? 大掛かりな準備をしたってのに、使わずじまい。ずいぶんあっけないね」
「ああ。追い立て役が臥獣を”削り”どころか全滅させちまったらしい。どう評価したもんか」
するとマルタの目がギラリと光った…ように見えた。
「ところでアンタ、本気でウチにこないかい? その用心棒コミで。アンタ達がいりゃ、本当にこの貴族社会をブッ壊せるんだけどね」
「お断りだ。お前さんにそんなヤバイ武力持たせられるか。地道に政治活動で世の中を変えてくれ」
「しかたないね。ま、今は屋敷を捜索して貴族連中のかかわっている証拠を押さえないとね。これで王国は大きく変わるよ」
ああ、共和派にとっちゃ大きな追い風だな。
王国最大の犯罪組織を潰した功績に、癒着した貴族どもの醜聞。
この一件で、本当に貴族社会は終わるかもしれねぇ。
「……うん? 騒がしいな。向こうで何かあったのか」
地上へ抜ける方向から何やら大きな音がしてきた。
それはどうやら誰かが争っているような物音だ。
マルタは向こうから逃げてくる男たちに尋ねる。
「どうしたんだい、何か来たのかい?」
「はい、組織ナンバー2のジバリオ・ゼーダットが来ました。ですが……」
ジバリオが? チッ、奴が手勢を率いて乱入してきたら、バブロを奪い返されかねん。
オレが指揮をとらないとと思い、駆け出した。
だがその姿を見て、使いの「ですが…」の先がわかってしまった。
ヤツの腕は片方がちぎれ、腹からはとめどなく血が流れている。
致命傷だ。ジバリオの命はあとわずか。
そんな体でも見張りの共和派と激しく戦ったらしい。その痕跡がそこらにある。
「ジバリオ。お前さんほどのヤツが、ずいぶん手ひどくやられたな」
「どなたかな? 私は君を知らないが」
ジバリオの言葉に少しだけ寂しさを感じた。
厄介な敵として長年戦ってきた奴だった。
それなのに、なぜか『エドガー・コルナン』として奴の最期に立ち会えないことが無性に寂しい。
「バブロはつかまえたぞ。お前さんまでそのザマじゃ、メディシアン・カルテスも終わりだな」
ジバリオは観念したようにガクリ膝をつく。
「そう……か。最期にバブロさんに会っておきたかったが、それも叶わぬようだ。ここが私の本当の終着点。一歩も動けぬ」
「お前さん、いろいろ惜しい奴だったな。まともな国に生まれてたら、立派な護国の騎士として尊敬されてたろうよ」
「……君は誰だ? 私のことを知っているようだが、私は思い出せない」
自分の正体を教えたい衝動に駆られる。
でもそれは許されない。まわりには共和派の連中が山ほど居る。
この先を生きなきゃならないオレには、『冥土のみやげ』なんてリスクは犯せない。
「知らないままで逝きな。何かを残したりつかんだり、なんて贅沢は許されない生き方だったろう」
「……そうだな。名も知らぬ友人よ、私は無念を抱きながら果てよう。そしてあの小さな死神に、正道を歩まんことを願う」
膝をつき祈るように胸に手を置くその姿は、まるで騎士の臣従礼だ。
あまりにサマになっているその姿に感心する。
「あの世じゃ、まっとうな道を進めよ。お前さん、やっぱり騎士が似合うよ」
ジバリオは驚いたように目を見開いた。
そしてたった一言。かすれるような声で。
「……………コルナン?」
それが最期だった。
ジバリオは驚いた表情のまま逝っていた。
「あばよ」