12話 銀のマント
さて、翌日ギルドに来てみましたが、カスミさんが二人のギルド職員の男たちにピッタリくっつかれていました。
「おいギルド長、この野郎共はなんなんだ?」
「決まっているだろう。支払日までお前さんが逃げ出さねぇための目付けだ」
「まさかクエスト先にまでついて来るつもりじゃねぇだろうな。今回のクエスト内容は極秘。おっさん引き連れて出来るモンじゃねぇんだよ!」
「逃げ出すための前フリにしか聞こえねぇな。これが借金背負ったモンの運命だ。カッコつけたこと後悔したか、カスミ?」
「するか! おい、悪いが、話は午後だ。このうっとおしい目付け共を何とかしてからだ!」
カスミさんはプリプリして二人の男たちを引き連れながら出ていきました。
何とかするって、どうするんでしょう。まさか消したりはしませんよね?
あとに残されたボクとご主人様はとりあえずギルド片隅の席に座ります。
「なーんで、こんなことになっちゃったのかしらね。千五百万もの借金パーティーのリーダーとか」
「そりゃ、ご主人様が貴族のダンナ様に目がくらんで引き受けたからじゃないですか?」
「ふぐう。だって貴族籍なくしたくないんだもん。貴族婦人になって毎日優雅にくらしたい」
「毎日ボクがお世話して優雅にくらしてるじゃないですか。ご主人様が貴族でなくなっても変わりませんよ」
「イヤ! やっぱり私は貴族でいたい! 貴族でない私は何のプライドもないわ!」
そんな無駄なプライド、どこかのゴブリンにでも喰わせてくれたらいいのに。
「ま、今回のクエスト、成功すればたしかに借金は全額返済できますよ。昨日少しだけ内容を聞いたんですが、がんばればいけそうです。」
「本当? まさか千五百万なんて金額のクエストがあるなんて! だったら、やってやるわ! そしてカスミ君の紹介してくれる貴族のダンナ様と結婚よ!」
ご主人様。当然ですが、千五百万なんてお金は十五万グランのクエストの百倍難しいんです。はたして内容を知って、そんな無邪気に笑えるものでしょうかね。
――「セリア、ちょっといい?」
と、ケガで療養中のルナリアさんが声をかけてきました。
「あ、ルナリア。どうしたの?」
「うん……やっぱりセリアとラチカが【蒼月の旅団】に戻ってくれて嬉しいからさ。それにリーダー引き受けて借金を負ってくれてありがとう」
「ルナリアの危機を放っておけないもの。借金はぜったい全額返済するわ。だからルナリアはしっかり傷を治して」
「ジーン。セリアかっこいい! 男なら結婚したかった!」
貴族のダンナ様に血迷ってただけのくせに。
「それでね。お礼といっては何だけど、これ、良かったらもらって。子爵様にたのまれたシルバーハウンドの毛皮だけど、受け取ってもらえなかったからさ」
といって、彼女は銀色の毛皮を差し出してきました。
「ちょっと見せてください。……へえ。たしかに傷は大きいですが、はぎ取った時の処置がかなり丁寧ですね。でも二級品……でもキビしいかな?」
マントを机に広げ、丹念に調べます。
あちこちコゲたり傷ついていますが、コレの修復にちょっと挑戦してみたい気分。
「うん。ボロボロだったけど、何とか見栄えよくしようと、みんなでがんばったんだけどね。結局受け取ってくれなかったから、ここにあるんだけど」
「これはいいものを貰いましたね。カスミさんを待つ間、これで何か作りましょう。何がいいです?」
「え、ここで? いくら何でも時間が足りないんじゃない?」
「大丈夫ですよ。例の力、こういった事にも使えるんです」
「そ、そう? じゃあ……マントを作ってくれる? いちおうリーダーになったんだけど、威厳が足りないからさ。シルバーハウンドの毛皮のマントなんてつけたら、少しは強そうに見えるんじゃない?」
「いいですね。ではさっそく」
シュパアアアッ シュパパパ
いつも持っている裁縫箱からハサミを取り出し、毛皮をバラバラに裂きます。
「えええ! そんなにバラバラにしてどうするの?」
「使えない部分を落としてるんですよ。コゲた部分なんかを削いでいるんです」
「なんて大胆な……あ、でもすごい捌き。ハサミが見えないくらい早くて鋭い!」
さて、バラバラになった毛皮はを今度は灰色の糸で縫い合わせます。パッチワークの要領ですが、縫い目は見せません。
武神技の妙技、得物が針であろうと狂いなしです!
シュパパパパパパパッ
「おおう、針さばきもすごい! あんな針が見えないくらい早いのに、縫い目が驚くほど綺麗!」
「なななななな、なんなのそのスピードは! 本職にもこんなこと出来る人いないよ!」
あれ? なんかボクを見る視線が増えていってるような?
――—「ちょっと待て、あれってすごすぎないか?」
――—「なんだあのちっちゃな獣人。こんなすごい縫い方できる奴なんて見たことねぇ!」
シュパパパパパパパッ……プチッ
ふう、一気に最後まで縫い上げてしまいましたよ。
あれ? ふとまわりを見回すと、なぜかギルド中の人達がボクを見ています。
「ええっと……あ、ご主人様。マントが完成しました。留め具とか飾りとかはまだですが、とりあえず着てみてください」
「う、うん……うわあっ、本当に縫い合わせとは思えないくらいちゃんとした一枚の毛皮になっている」
「わあっ、セリアにピッタリ。すごく威厳がある! あれ? でも仮縫いとかしなかったよね? 何でこんなにピッタリなの?」
「ご主人様の身長体形は完璧に記憶しているので、目測で十分なんですよ」
まぁ、それも武神の見切りがなければ、さすがに無理ですが。
と、いつの間にかギルド長が近寄っていて、ご主人様がつけている銀の毛皮をシゲシゲ見ています。
「ううむ。この場で作ったモンだってのに、この完成度。とてもあのボロがこうなったとは思えねぇ。こりゃ神業ってやつか?」
「あ、あのギルド長?」
「セリア。お前さんの奴隷、大した特技があるじゃねえの。もし借金がヤバくなったら、そいつは俺にまかせな。この特技なら、相当な値段で売れるぜ」
「売りません! どうして、こうラチカって目をつけられるのかしら」
アライグマ人って子供なみの非力さだから奴隷用には敬遠されがちだけど、意外と特技が多いんですよね。
それはともかく、どうやら時間になったようです。カスミさん達が帰ってきました。
ですが人数が目付け二人の他に、もう一人増えていました。
「よォ、ギルド長。保証人を連れてきたぜ。これで、このうっとおしい奴らを外してくれ」
それはやけに理知的な顔の立派な仕立服を着た女性の方でした。
「邪魔するわ。ひさしぶりね、ゴドウィン」
「あ、あんたは……マルタ・メリベール? どういう用件だ? 元ダンナの行方でも聞きにきたのか?」
「いいえ、【蒼月の旅団】の借金の詳細を聞きにきたわ。出来れば貸元にもあわせてちょうだい」
あっけにとられて見ているボクたち。
「え? あれって、まさかマルタ・メリベールさん? どうしてここに?」
「知ってるんですか? 誰です」
「共和議会の委員長よ。貴族連合とやりあっている庶民派の代表の一人。そしてボスの元奥さんでもあるわ」
へえ、コルナンさんの……
って、コルナンさんはカスミさんじゃない! どういうこと?
元奥さんには正体を話しているの?
そんな疑問をかかえながら、ギルド長とマルタさんの話しあいを見ています。
「おいおい、どういうことだ? たしかにアンタはコルナンの奥方だったが、アイツとは別れているだろう。それとも義理立てでもしようってのか?」
「別にエドガーとは関係ないわ。ただカスミが面倒なことをしたみたいでね。ともかく【蒼月の旅団】の借金、このマルタ・メリベールが後ろ盾になるわ。監視は外しなさい」
「アンタがそう出られたんじゃ、しかたねぇ。おい、お前ら。【蒼月の旅団】の監視はナシでいい。トんだ場合はこの方が請け負ってくれるとよ」
カスミさんについていた男達が離れると、カスミさんは「やれやれ」といった風にボクたちの所に来ました。
「嫌なヤツに借りを作っちまったぜ。ま、クエストにかこつけて飛ぶ連中も多から、しかたねぇのかもしれんが。あのままだったら作戦行動もあったモンじゃない」
「カスミくん、メリベール女史と知り合い? まさか共和派なの?」
「ちがう……と言いたいが、そう見られてもしょうがねぇな。借金の件もだが、作戦の人手もあいつの組織から借りている。今回の借りだけで深くハマっちまった気がするぜ」
「むむっ、それは聞き捨てならないわね。私もいちおう貴族なんだけど?」
「アイツの敵はお前さんみたいな崖っぷちじゃねぇよ。ま、こっちはクエストして借金返さなきゃはじまらねぇ。詳しい話はここじゃ出来ねぇし、場所を変えるぜ」
さて、目標は王国、いえ世界最大の犯罪組織のボス。
そのSランクモンスターにも等しい人間の賞金首をいかにしてとるのか。
Sランクの頭脳を聞かせてもらいましょうかね。