10話 新生【蒼月の旅団】
やがてバルカンさんとギルド長が奥の部屋から戻ってきました。
「待たせたなルナメリア。む、サリエリ君はどうした?」
「あ、出ていきました。リーダーが消えた以上、契約は終わりだと」
「………そうか。彼の契約はアウグストとのもの。俺に引き留めることは出来んが、戦力的にはキビしくなるな」
「あの……それで、どうなりました?」
「どうにか返済計画は立った。まず俺の貯金から七百万グランを各所に支払う。そのあとはクエストをこなしながらだが、このケガのうえ二人では……」
と、いきなり「フラリ」とカスミさんが二人の前に立ちふさがりました。
「その話はナシだ。その借金、オレが請け負う。ギルド長、バルカンの貯金には手を出すな」
突然の子供の闖入者。バルカンさんは少し怒ったようです。
「坊ず。何のつもりだ? 子供に払える額じゃない。大人の話に首を……」
「いいから黙ってまかせろ。その貯金は、冒険者生活が終わったあとに夢をかなえる大切なモンだろ? 借金取りなんぞにくれてやるな」
「……………エドガー?」
なぜかバルカンさん。カスミさんに見つめられると、黙り込んでしまいました。
グイッ
「え? ちょっと、カスミくん。何を?」
「あれれ? ボクまで?」
カスミさんはご主人様とボクの手を引いてギルド長の前に立ちます。
「ギルド長、新しく【蒼月の旅団】のリーダーにつくセリア・アーグブレッサ。並びに新メンバーのカスミ・シドウに出戻りのアライグマ人ラチカだ。今後パーティーの仕事と返済はオレ達三人が引き継ぐ。よろしくたのむ」
ええええっ、聞いてないよ!
「ちょっとカスミくん! どういうこと⁉」
「この際だ、使えるものは何でも使う。リーダーはオレがやりたいところだが、Eランクじゃ無理だ。ってことで、頭になってくれセリア。それにラチカの力も頼りにさせてもらう」
力って武神の力? まさか、この力で借金を返済するつもり?
「冗談じゃないわよ、何で私が! そりゃルナリアの力にはなってあげたいと思うけど、いくら何でも代わりに借金を返済するなんて……」
「もちろん、お前さん向けの報酬は用意する。リーダーを引き受けるなら、オレがちゃんとした貴族のダンナ様を用立ててやろうじゃねぇか」
「ええっ! どうやってカスミくんが?」
「オレは魔法学院の筆頭だぜ? 貴族学級にも顔がきく。そこからセリア向けのダンナを探すことなんざ簡単さ。いい男用意するぜ」
「いい男……ジュルリッ」
あああっ、ご主人様の口元からヨダレが!
「ご主人様! しっかりしてください。この話、あまりにリスクが大きすぎます。クエストの報酬をすべて借金返済にあてるとなれば、どれだけタダ働きしなければならないか」
ご主人様「ハッ」と我にかえります。
「そ、そうよね。婚活パーティーにもイケメンが増えてきたし。あせる必要なんてないわよね?」
ホッ、正気にもどってくれた。
だがしかし、子供の賢者は呪いのごとき真実をささやく。
「おいおい、お前さんが毎週血眼になって通っている婚活パーティーに、金のない女をめとる独身貴公子なんざ来るワケねぇだろうが。居るとしても、崖っぷち貴族女を釣るための運営の撒き餌だ」
「うぐッ、うすうす気づいてたけども! まんまと騙されて毎週大金を運営に貢いでいたのね!」
「が、オレの話に乗るなら、そんなアワレな婚活難民とはオサラバだ。来年には金持ち貴公子様の花嫁だぜ?」
「やる! 今日から私が【蒼月の旅団】リーダーよ!」
あああっ、なんてことを!
カスミさんの妄言の通りに事が進んでいくことで、ギルド長は頭をガシガシ掻いています。
「ったく、こんなガキに引っかきまわされちゃ冒険者ギルドの名折れだぜ。カスミ。意気込みは買うが、まず最初の支払いはどうする。すでに七百万グラン払うことで話はついた。お前さんらがいくつクエストをこなしても、その金額には届かないぜ」
「一週間後にそれを用立てる。それが出来たなら、オレ達が【蒼月の旅団】だと認めることでいいな?」
「出来なかったらどうする? 『ゴメンナサイ』ですませるほどギルドの長は優しくねぇぜ」
「オレを奴隷商に売れ。ラカン魔法学院三年連続の筆頭だ。高く売れるぜ」
ギルド長、信じられないものを見るようにカスミさんを見ます。
「よその借金のために自分が奴隷になるだと? 本気か。お前さん、魔法学院のエリート様だろう。なぜこんなテメェの未来を台無しにするような真似をする?」
「互いの理由にゃ踏み込まないのが冒険者の流儀だろ? さ、さっさと奴隷誓約書を出しな。オレは今から忙しく仕事にはげむんでな」
カスミさんはギルド長の出した奴隷誓約書にサラサラとサインをします。
「そんなにアツい目で見るな。オレも馬鹿じゃねぇ。わざわざ奴隷になる気はねぇよ。ちゃんとその金を用立てるクエストのアテはある」
誓約書を書き終わったカスミさんはそれをギルド長におしつけ、ボク達に向きました。
「んじゃ、セリアにラチカ。明日朝の七の刻にギルド前に集合だ。とりあえず明日は話だけだから、装備なんかはいい」
そう言ってさっさとギルドを出ていきました。
ギルド長はカスミさんの書いた奴隷誓約書を忌々しそうに見ながら「ドスン」と荒々しく自分の席につきます。
「ったく、ガキと小娘二人にこんな金作れるわけねぇだろが。セリアにラチカ、あのガキ何なんだ?」
「ふふーん。私に素敵な貴公子様を紹介してくれる愛の少年よ♡」
「ダメだこりゃ。それよりいいのか? アウグストの残した借金は、カスミを奴隷に売っても足りねぇ。カスミが奴隷に行った後は、お前さんがリーダーとして借金を負うことになるんだぜ?」
ご主人様、いっきに現実に引き戻されました。
「なぁッ⁉ なんで堅実で真面目に生きてきた私が、いきなりこんな大借金を⁉」
「で、でもカスミさん、アテがあるって言ってましたけど」
「ギルド長として言うが、七百万なんて額のクエストなんざ存在しねぇ。まず一週間で作るのは無理だ」
「ヒ、ヒィィィィ!!!」
今までカスミさんの不審は謎のまま放っておいたけど、こうなるとそうもいかない。
「ラチカ! カスミくんを付けて。本当にお金返せるアテがあるのか調べるのよ!」
「承知!」
使命おうこと忍者のごとく。
疾風のごとく駆け、カスミさんを追いました。