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2022.4.17 九州大学文藝部・三題噺

楽園のために

作者: 椎茸

またあしたね、と手を振って、友達と笑顔を交わし合う。

そのあとの、学校に夕日が差し込む時間が私は何より好きだった。オレンジ色の柔らかい光が、教科書とノートと鉛筆にあたる。

わたしはえんぴつを動かして、せっせと算数の問題を解いていた。と同時に、えんぴつが作る影が自分の動きに合わせてちょこまか変わる様子も楽しんでいた。

楽しむ?いいやいけない。ちゃんと集中しなくっちゃ。

お母さんの言葉が胸に響く。きちんと勉強しなさいね――。

先生の言葉も響いてくる。あなたならきっといい中学校に入れるわ、自信をもって――。

そうだ、私は将来意味のあることをやらなくちゃいけない。みんなみんな、偉い人はそう言ってる。それで、わたしはそれをやれるひとなんだ。やる気を出さないと。

一瞬目をつぶって、ぎゅっとしてから宿題に向き合った。でも、夕日の影はなかなか消えていかず、日が落ちるまで集中することができなかった。


ただいまあ、と真っ暗な玄関に投げかける。けどたぶん、この声はリビングのお母さんのもとには届いていない。

ランドセルを自分の部屋で下ろして、手洗いうがい、をしてからリビングに行って、またただいまを言った。

おかえり、と返ってくる。

ダイニングテーブルには本や新聞が散乱している。お母さんはお勉強が好きだ。

お母さんが晩御飯をつくっているあいだ、私は新聞に目を通す、というのが我が家の日課だ。

それもそうだ、時事問題のためにちゃんとチェックしなくちゃ。

見出しには政治家の不正、内容は…、よく分からないけれど、きっと不正はいけませんって書いてあるんだろう。そう書いたらいいって、先生も言ってた気がするから。


あったかいご飯を食べながらお母さんとする話は、いつも私の受験の話に落ち着いて終わる。お母さんは夢見るように、嬉しそうに言う。

「エスカレーター式の中学に入れたらね、もう青春時代は勝ちみたいなものよ。私もそうだったからわかる。だからね…」

そして私も一緒に夢を見る。私が楽園で過ごす夢を。


お父さんは帰るのが遅いから、ちゃんとお話しできるのは日曜日くらい。コーヒーのにおいが立ち込めているなか、新聞のクロスワードパズルを解いてからお父さんに渡すのが私の役目だ。お父さんは、偉いな、って言ってくれる。うれしい。それから数独を解き始める。ふたりでの共同作業だ。この時間も私のお気に入り…だった。



数独には意味があるけど、間違い探しには意味がない。勉強に、役立たないからだ。なんのロンリテキシコウも、ルールも使わない非生産的な作業。だから、…新聞の数独コーナーが消えて、代わりに間違い探しが始まった時。わたしはお父さんと一緒にそれを解く意味を感じられなかった。意味?意味…わからない。でも私にとって役に立たないなら、楽園に行けなくなるなら、要らないじゃないか!


あきらかな拒絶を示した私に父は、笑いの下に不安を隠したような顔で話しかけた。

「ゆり。エレベーターに乗ろうとしてないかい…もちろん比喩的な意味で。ゆりが行きたいのはエスカレーター校だったかな、ああもちろんそれには賛成だ。でもねえ、目的のためにすべてを閉ざし、一直線に向かおうという姿勢は……」

うるさい。私は心の中でつぶやいた。声を出す気にはなれなかった。自分が間違っているなんてとうてい、思えなかった。間違い探しなんてもちろん、したくなかった。


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