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沈黙する呼吸

作者: ann★black

新一と乱歩の世界を闊歩するショート・ショート。

あぁ、疲れが取れない。

瞼が重く、身体に鉛が巻き付いているようだ。

これは。これが、無呼吸なのだろうか。

ネットで「無呼吸」を検索。


ふぅ。ため息しか出ない。

一時的な死。死んだように眠るとは実に皮肉だ。

どうやらこのまま放置、という訳にはいかないらしい。


焦げたトーストが胃袋を揺さぶる食卓。

自分の死に鈍感でいられるはずはないが、

食卓を挟んで微笑む妻の表情を曇らせたくない。

吐き出しそうになる言葉を、唇を、嚙みしめて堪えた。

私は妻を悪戯に不安にさせるつもりはない。


精神科の帰り道。

使い込まれた革カバンの中に、見慣れぬ道具が入っている。

医師から渡されたハンディレコーダー。

いびきを録音するように言われた。

私は自分の寝息を、自分が聞いたことがない事実に気付く。

少し面白みを感じた。


・・・


扉を開く。バリを思わせる香りに鼻孔がむせる。

診察室らしからぬリゾート風の調度品。

恰幅の良い男性がにこやかに招き入れる。

医者の不養生。頭の中だけで叫んでおこう。


ハンディレコーダーは不調だったらしい。

ノイズ混りのいびきは、不快でしかない。

不養生な医師が何事かを告げようと口を開きかけた時。

寝言のような、呟き声が耳に飛び込んできた。

ツネ。ツネと聞こえる音が何度も繰り返し聞こえる。

ツネ、ツネ、ツネ、ツネ・・・。

中毒患者の譫言のように聞こえる。

不養生な男が音量を調整した。耳に全ての神経を集中し、寝言の正体を照らす。


ツネではなかった。ツネではなかった。

私の寝言ではなかった。私の声でもない。

それは妻の声だった。愛すべき可愛らしい私の妻の声で、

繰り返されていた。


シネ、シネ、シネ、シネ・・・。


ふぅ。ため息しか出ない。

切望された私の死。死を望まれながら眠るとは実に皮肉だ。

どうやらこのまま放置、という訳にはいかないらしい。


・・・


興信所の帰り道。

使い込まれた革カバンの中に、見慣れない写真が入っている。

調査員から渡されたハンディレコーダーも。

浮気を録音するように頼んでいた。

私は自分の怒りを、自分が抑えられない事実に気付く。

少し面白みを感じた。


扉を開く。刺激的なスパイスの香りに鼻孔がむせる。

家庭料理らしからぬリゾット風に調理された皿。

笑顔の可愛い女性がにこやかに招き入れる。

愛していたよ。口の中だけで叫んでおこう。


スケではなかった。スケではなかった。

私の幻聴ではなかった。私の声でもない。

それは妻の声だった。愛すべき可愛らしい私の妻の声で、

カ細く、繰り返されていた。


タ・・、スケ・・、テ


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