第95話 レベルアップ
魔界の毒の沼地でアイリのヒュドラ狩りを眺めていたユーリだが、その顔は若干引きつっていた。ティアマトとその5体の眷属、ケルベロスにワイバーンがヒュドラに襲い掛かり、大怪獣バトルを繰り広げていた。しかも、上空には自身が呼び出した火の鳥が悠々と飛んでおり、味方の毒ダメージを帳消しするほどの回復量を見せつけ、神話にその名をとどろかせているヒュドラはもはやただのでかい蛇となっている。
そして、弱ったヒュドラに分身を利用してヒュドラブレスやヒュドラバイト等を叩き込み、レベルアップを狙っていた。
「だいぶと倒しているけど、レベルアップしないね」
「簡単にレベルアップしたら苦労しない。サンダーバードの人たちもLv1からLv2になるのに時間がかかったし、今でもLv2とLv3の間にある壁に苦労しているんだもの」
「レベル上げって大変なんだ」
「他のゲームでも何十、何百周は基本。下手すれば千を超えることもあるよ」
「うわあ……よく飽きないね」
「周回が楽になるアイテムがある場合もあるけど、なかったら作業よ、作業。さあ、周回作業に戻った」
(今日一日頑張って何もなかったら、クエストしようかな)
ヒュドラを倒すのも飽きかけてきた頃、突如、ゴゴゴと地響きが鳴り響く。何が起こっても対処ができるようにアイリは空を飛び、ユーリは火の鳥を呼び戻して背中に乗る。
空から異変が起こった場所を眺めると、毒の沼地からボコボコと音を立てて、毒があふれかえっている。わずかばかりあった陸地も今や一面が毒の沼、いや毒の海へと変貌していく。毒の海から出てくるのは通常ヒュドラよりもはるかに大きいジャイアントヒュドラだ。
『よくも我が同胞を、同胞の力で殺してくれたな!同胞の恨み、晴らしてくれようぞ!!』
「どうやらヒュドラ系の魔法でヒュドラを一定数撃破で出てくる大ボスってところね。当然やるわよ!」
「もちろん!いくよ、フレアストーム!」
「火遁・炎爆苦無!」
二人の攻撃でヒュドラを焼くも、周囲の毒の水に潜ることですぐさま冷やすことができるヒュドラに効果はなさそうだ。
「神話的には首を切って焼くのが正解のはずなんだけど、私の攻撃だと一刀両断はできないかな」
「ロンゴミニアドはこれだけ毒があればすごい威力が出るとは思うけど、一撃で倒せなかったらお荷物になっちゃう」
「なら、じわじわ削っていこう!」
「うん!ダークウェポン!」
ヒュドラの首1本に狙いを定め、アイリが無数の刃を飛ばしていく。だが、別のヒュドラの首が前に立ちふさがり、毒の息で溶かそうとするもヒュドラを素材にしたヒュドラダガーの複製品は、ヒュドラの毒をものともせずに突き刺さる。
「ソニックスラッシュ!」
首に突き刺さったダガーで悲鳴を上げているヒュドラに疾風のごとく切り付けるユーリ。彼女を他襲おうと別の首が前後から毒の息を吐いてくる。
「木遁・木の葉隠れの術!」
突如現れた木の葉に包まれると、ユーリの姿が消え、別の場所へと短距離ワープする。そしてすぐさまエアーダッシュで火の鳥の上に着地する。
「ユーリちゃん、大丈夫?」
「飛べない私だとちょっときついかも。後方に下がって支援に徹する」
「わかった。ここは任せて。ダークサンダー!」
ヒュドラの原種たるムシュマッヘとワイバーンと共に、ヒュドラに対して攻撃を加えるも独の海を自身の体のように動かし、毒水の障壁として防いでいく。
(まずは毒の海をなんとかしないとこっちの攻撃を防がれちゃう)
一か八かでロンゴミニアドを放つか、リスクを減らしてダークカタストロフで毒の海を消し飛ばすか。【精霊魔法】の制約上、一度に両方を選ぶことができないため、どちらを使うか慎重に選ばないといけなかった。
「だったら、別の答えを探すよ。ダークブリザード!」
ヒュドラ周辺の毒の海を凍らせようと冷気を当てようとすると、毒の海を巻き上げて竜巻状にし、アイリにぶつけようとする。
「うわわわ」
なんとか回避するも、毒の竜巻はいまだに健在。海を凍らせてヒュドラのみ動きを封じる作戦は失敗に終わってしまった。アイリが落胆しているとき、陸地に降りたユーリが猛ダッシュで駆け抜ける。
「海がない今なら走れる!」
『愚かななり、人間』
巻き上げられた毒の海を解除し、頭上から降り注ごうとする。読み通りといわんばかりににやりと笑い、毒から逃れつつ【バックアタック】でヒュドラの背後に回る。
「風遁・乱舞の太刀!」
目にもとまらぬ速さでヒュドラの頭部すべてに切り付けて出血させていく。痛みでヒュドラの視線がそれたすきにアイリが毒の海を凍らしていく。
『むっ、身動きが……』
「言ったでしょ。支援に徹するって」
「もう。闇魔法Lv3でクールタイム短縮の効果がついてなかったら間に合ってなかったよ」
『だが、動けぬ程度で倒せると思うな』
水中に使っている胴体は氷漬けになったといっても、凍ったのは毒の海の一部のみで首はいまだに健在だ。
「だけど、こうやって足場があれば!風遁・迅雷の太刀!!」
「させるか!」
「させないよ。ダークストーム!」
ヒュドラの毒の息を打ち消し、ユーリが雷の刃でヒュドラの首を焼きながら、致命的なダメージを与える。落ちたのは9本のうちの1本。まだまだ油断ならない状況にヒュドラはユーリの周りを取り囲むように首を曲げてにらめつける。
『生かして帰すと思うな!』
「体が……!?」
ユーリの手足がピシピシと音を立てながら、石化していく。首から下が完全に石となり、まるで重たい着ぐるみでも来ているかのようにびくとも体を動かすことができない。
「蛇は蛇でも石化はゴルゴーンでしょ。手下と同じく麻痺攻撃しなさいよ」
『ヒュドラの王に使えぬ蛇の魔法があるとでも思うたか!』
「ぐっ……」
『これで死ねい!』
「カースバリア!」
ヒュドラがユーリを確実に仕留めようと毒ではなく炎を吐くも、ユーリのピンチに駆けつけたアイリが黒いバリアを張って防ぐ。だが、炎の熱で氷が溶けだし、石化したユーリが毒の海へと沈むのを防ぐため、急成長させた植物を上空で飛んでいるムシュマッヘの首に巻き付け、ユーリを懸架させる。
「これでよし」
「アイリ、囲まれている!」
「ひょ?」
『貴様も石像にしてやろう!』
「アイリ!」
「大丈夫、私には【状態異常耐性(中)】があるから!それに対策も思いついたから。ダークインビジブル!」
そういうとアイリは闇へとその姿を消し、ヒュドラの視界から消える。見えたものを石化や麻痺にするのであれば、そもそも見えなくすればいいのだ。だが、見えないはずのアイリに正確に炎を吐き、燃やそうとしてくる。
(確か蛇にはサーモグラフィーと同じように感じることができるピット器官があったはず。それで私の居場所を知られているなら……!)
まずはピット器官をつぶそうと、杖を構える。狙うはヒュドラ最大の武器である頭部。そこの鼻の下にある穴だ。
「ヒュドラブレス!」
「小癪な!」
本家本元の毒のブレスにアイリとその分身を合わせたヒュドラブレスが徐々にパワー負けしていく中、ムシュマッヘも毒のブレスで応戦する。アイリの目の前ぎりぎりで拮抗する両者の毒のブレス。
『毒で我にかなうと思うな!』
「毒だけは……負けない!」
心の底からそう思った時、ファンファーレが鳴り響き、【ヒュドラブレスLv2】へと進化する。より強力に、より濃厚になったアイリの毒は本家の毒を押し返していく。
『なに!? だが、こちらもすべての首から攻撃すれば!』
「数を増やすのは私の専売特許!!」
重ね掛けができるシャドーミラージュでさらに数を増していくアイリの分身たち。相手は首の1本が機能不全を起こし、こちらは無数のアイリの群れとムシュマッヘの毒のブレスにダメ押しと言わんばかりにティアマトが魔法陣がレーザーを放ち、支援をしてくれる。
『ぐぬおおおおおお!!』
顔面が毒まみれになったことでピット器官が使えなくなったヒュドラは闇迷彩中のアイリの姿を完全に見失ってしまう。とはいえ、時間制限はあることはわかっているらしく、首をあらゆる方向に向けさせ、死角を少なくし、姿を現した瞬間、攻撃する瞬間を狙っていく。その間は、毒をばらまいて分身の数を減らしていこうとすると、毒を浴びさせても一瞬で消えないアイリがいることに気づく。
『むっ、そこか!』
「それはダークシャドーの分身。本物は……ミニマム解除!」
小さくなっていたことで攻撃がそれたすきに、元の大きさに戻ったアイリがヒュドラブレスを浴びさせると、ヒュドラに毒がついたことを示すアイコンがつく。
『なに……!?』
「毒相手ならデッドリーブレス!」
毒竜の顎にかまれて首の一本を持っていかれるヒュドラ。それを再生しようとするも、上空から炎がとびでて傷口を焼かれてしまう。そして、ヒュドラの傷口にたたずむは炎をまとった忍者刀を持つユーリだった。
「石化がようやく解けたよ」
「おかえり。足場を作るね。ダークブリザード」
『同じ手が通用するとでも!』
「それはこっちのセリフ!口寄せの術・大蛞蝓!」
再び巻き上げられる毒の海。そして、毒の水流を一番の強敵であるアイリにぶつけようとしたとき、巨大なナメクジが立ちふさがり毒の水を全て吸収し、消滅する。
『我の毒を……!?』
「三すくみ的には蛇にはナメクジでしょ」
「まだ地面に毒は残っているけどね」
「足が付ければ問題なし。これからが本番だよ!」
『まだだ、まだ終わっておらんぞ!貴様らを石化してくれる!』
「ダークインビジブル」
「隠れ身の術!」
ヒュドラの目がピカリと光った瞬間、二人は姿を消して石化を免れる。ピット器官がつぶされたヒュドラは二人を追うことができずに、二つの首をむざむざとつぶされる。
「これで残り5つ」
「約半分だね」
『おのれ!おのれ!』
「これだけ首を落とせば!ヒュドラバイト!」
「呪いの刃はどう? カースブレード!」
首が足りないヒュドラではアイリのヒュドラを迎撃できず、かまれてしまう。さらに追い打ちをかけるかのようなユーリの鋭い一閃。
『馬鹿な、我がこんな人間2人に……!?』
「これでトドメ!ヒュドラブレス!!」
チェックメイトとなったこの状況にジャイアントヒュドラは覆すことができずに倒されるのであった。
「火の鳥があっても、パーティーメンバー全員が石化したら強制敗北……火の鳥も万能じゃないってことか。油断は禁物ってことが分かっただけでも、収穫。収穫。で、アイリ、そっちはどう?」
「うん。ジャイアントヒュドラを倒したからいろいろとパワーアップしたよ」
「どれどれ……」
スキル:【ヒュドラの主】(一部の魔法の消費MPを元々の3倍にすることでヒュドラを呼び出せる。使用した魔法によってヒュドラの性能が変わる。1戦闘1回のみ)
スキル:【ヒュドラの知識】(一部の魔法の消費MP-10、CT減少)
スキル:【ヒュドラの権能】(一部の魔法の神性特攻倍率・状態異常付与率アップ)
「純粋な強化と実質ヒュドラ召喚の魔法ね」
「うん。【ヒュドラの主】の方は使ってみないとわからないかな」
「う~ん、ヒュドラブレスだと毒と炎のブレス主体で戦って、ヒュドラバイトだと噛みついたり、巨躯を利用した戦いになるんだと思う」
「それならヒュドラズアイは石化もしてくれるのかも」
「魔眼主体ってことね。だとしたら使い方次第で化けそうなスキル。消費MPが重そうなのは気がかりだけど」
「一番軽いのがヒュドラバイトの40だから120消費になるよ。ヒュドラズアイだと180消費になっちゃうけど」
「石化は防ぎにくいから、それに見合った重さなのかも」
「せっかく知識のほうで軽くなっているのに」
「おそらく同時入手になるスキルだから、調整されているんだと思う」
「ケチ」
「バランス調整。それにアイリのカンスト間近なMPならそんなに重くないじゃない?」
「それでも尽きそうになるから、ダークインビジブル中にポーション飲んだりしているんだよ」
「燃費の悪い上級魔法ばかり覚えているからそういうことになるんだって」
「そうかな?」
「そうそう。主力にしている魔法の消費MPいくつくらい?」
「60~80が多いかな」
「普通の魔導士なら、4発くらい撃てばガス欠起こすレベル」
「えっ、そうなの? 4発なんてポーション飲むか悩むレベルだよ」
「普通は違うのよ。そんな魔法をバカスカ撃っている方がおかしいから。〇リザド、ブ〇ザラで戦っている中でブリ〇ガを連発していたら、魔王呼ばわりされるわよ!」
「魔王じゃ……………………あるかも」
「ついに認めたわね。鏡でも見てくる? 人の顔じゃなくて魔王の顔が映っているわよ」
「映ってないもん。私の顔だもん」
ユーリがアイリをからかいながら、二人は帰路へとつくのであった。