第93話 新学期
春休みが明けて学校が始まり、2年生に進級した悠里と愛理が仲良く登校し、隣の席に座る。まだHR前ということもあって席についてない生徒たちも多い。
「同じクラスでよかったね」
「うん」
「それにしても愛理がBランクになるなんて驚いた。こっちはライチョウさんがいたからなんとかだったのに」
「へへ、オカシラさんやリーフさんたちのおかげだよ。ところでさ、なんだか私たち見られてない?」
「そうだね。クラスが分かれたばかりだから、あまりしゃべらなかった子もいるし、見られてもおかしくは……」
そんなとき、遠巻きで二人を見ながら女子生徒と一緒に話をしていた男子生徒がやってきて話しかける。
「ねえ、君たち、Endless Frontier Onlineってゲーム知ってる?」
「知ってるも何も私たち、プレイヤーだよ」
「ってことはもしかして……」
「私が【桜花】のユーリ。で、こっちが有名な魔王」
「魔王じゃないよ!黒魔導士!」
「やっぱ魔王だったんだ」
「ほら、間違ってなかったでしょう。魔王様の活躍、動画で見ているもの」
「にゃー!!」
愛理は新学年早々、あまり話したことのないクラスメートから魔王呼びされ、机に伏すのであった。
(まあ、これもEFOやらなかったら、二人とは話す機会もなかっただろうし……)
「遠藤と田中さんはゲーム内でなんて名乗っているの?」
「俺はアーク。強くはねえけど、【リベリオン】のリーダーが例の事件で春のBAN祭りされたおかげで楽しくやっているぜ」
「私はミレイ。今は【リベリオン】にいるけど、基本はあっちこっちのクランに行っている感じ」
「定住しねえからな」
「せっかく世界中のプレイヤーが集まっているんだから、いろんな人と話したいでしょう。自動翻訳のせいであまり外国人と話している感ないけど」
「それにしても中国のクランみたいな、えっ~とよくわからない漢字がいっぱい入っているところによくいけるよな。偏見かもしれねえけど、変な連中がいるかもしれねえぜ」
「話してみると案外大丈夫。あっ、でもチートに厳しくなったせいでそのクランの人全員いなくなったわ」
「やらかしているじゃねえか!」
「はは、二人とも仲いいんですね」
「もしかして付き合っている」
「「ただの幼馴染!」」
完全にハモっており、【桜花】にいる関西人コンビを思い出させるような仲の良さだ。ゲームのことについてなんやかんやと話していると始業のベルが鳴り、HRが始まるのであった。
その日の放課後、愛理はゲームにログインすると偶々ログインしていたリュウとケイに今日のことについて話すことにした。
「――ということがあったの」
「もう有名プレイヤーやからな。つーか、顔バレするくらい変えてないんかい」
「ちょっと髪を伸ばしたくらい」
「顔バレするのが嫌やったら、整形するのもアリやで。はじまりの街にそういう店あってやな、ウチもちょいっといじったわ」
「変わっとるんか?」
「ちょっとおしりを小さくしたで~」
「わからんわ!」
「二人ともあつあつだね~」
「ただの腐れ縁やっていっとるやろ。あついといえば、関東も暑いんか?」
「うん。春なのにもう5月並みの気温って言っていたよ」
「地球温暖化やな~5月には夏日が来るんちゃうか?」
「堪忍してほしいで」
「ゲーム内はポカポカしていてちょうどいいんだけどね~」
現実世界では春と秋が極端に短くなって夏と冬が大半を占めているように思えるが、EFO内は冬山や火山などの特定地域を除けば、春と秋しかないのかと思うほどに温暖な気候が続く。そのため、ゲームのほうが過ごしやすく、偶に現実と入れ替えてほしいと思うほどだ。
「せっかくログインしとるし、簡単なクエストでも受けに行くか?」
「いいよ。さっき、ご飯食べてきたから」
「なら、善は急げや」
3人がクランホームから出てギルドの掲示板を眺めると、3人とも未クリアの依頼がいろいろと張られている。どれが楽にクリアできるものゆっくりと吟味する。
「迷子の子供を探して……ミミはんがいれば楽なんやけどなぁ」
「つい、あてにしちゃうよね。これなんてどう? 討伐クエスト。魔界の森で凶暴なモンスターが暴れまわっているから討伐してほしい。報酬は魔犬の首輪だって」
「ここに書かれているボスモンスターを倒せばクリアみたいやな」
「それだけなら簡単そうやん。これで決まりや」
「回復役おらんから、ケイには何回かテイムモンスターにヘイトを奪ってもらうで」
「その間にポーションで回復するんやろ。任せておき」
「それじゃあ、魔界の森へ出発!」
魔界にある森へと向かっていく3人。この森をまっすぐ抜ければワイバーンたちがいた平原につくが、今回は森の中を探索する必要があるため、あちらこちらへと歩き回っていた。すると、ロビンフッドが木の陰でこそこそと何か作業しているのが見えた。
「ロビンフッドさん、何しているんですか?」
「ん? お前か。俺は狩人なんでね。こうやってトラップを仕掛けているのさ。多対1ならなおさらってやつだ。お前さんらは何をしに来たんだ?」
「ワイらは森で暴れているモンスター退治に来たんや」
「ここいら暴れているモンスター……ブラックドッグか。そいつならこの先にある川で水を飲んでいたのを見かけた。そんなに時間はたっていないから、今から行けば近くにいるんじゃないか」
「ありがとうございます、ロビンフッドさん」
「俺が言えた義理じゃないが、まあがんばれよ」
ロビンフッドが再び作業に戻り、アイリたちはロビンフッドが指をさした方向へと歩いていく。すると、川が見えてくるが、それよりも目につくのは木々がなぎ倒され、モンスターの死骸が転がっている惨状だ。どれもこれも、鋭い爪に引っかかられた跡や牙でかみ砕かれた跡があり、明らかに獣の仕業だとわかる。
『GRUUUU……』
「獣の唸り声?」
「来るで!」
鋭い爪を差し向けたのは周囲の闇に同化するほど黒い魔犬、ブラックドッグ。己の爪による攻撃をはじき返されるや否や、すかさず距離を取り、黒いブレスをはいてくる。
「これくらいの攻撃なら耐えれるで!」
『GRUOOO!!』
ブレス攻撃が晴れると、眼前にはブラックドッグが差し迫っており、リュウが吹き飛ばされる。
「うぐっ……」
『GAON!』
リュウが一時的に防御不能状態に陥ったところに咆哮をあげると、マヒ状態にかかる。身動きが完全に取れなくなったリュウに向かって再度の爪による攻撃。
(速いし、防御解除にスタン……厄介な相手にもほどあるで。せやけど……)
「私たちがいること忘れないでよね!ヒュドラバイト!」
「いくで!ちび太郎、いぬ太郎」
アクアドラゴンとフォレストウルフ、ヒュドラの首がブラックドッグへと襲い掛かる。リュウが一撃をもらうも倒れることはなく、攻撃モーション中のブラックドッグは攻撃をかわすことができずにまともにダメージを負ってしまう。
(二人にヘイトが移っとるはずやから、今のうちに回復しとくで……)
ポーションを取り出して、自身のHPを回復しているリュウの前にアイリとケイが立ち並ぶ。それをみたブラックドッグはさらに低いうなり声をあげると、姿を消す。いや、周りの地面に足跡が付き、木々の枝が折れ、姿が見えなくなるほどのスピードであっちこっちを走り回る。
「音とかでいるのはわかるけど……」
「目が追い付かん!」
『GYARUUU!』
背後からのクロー攻撃を受けて、ケイとアイリにダメージが入る。防御が比較的高いアイリはまだ1、2発なら耐えられるが、ケイはあと1発でも食らえばリタイアは確実なほどのダメージを負う。
「まずっ、回復減ついとる。これじゃあ、ポーションがほとんど役に立たへん」
「回復終わった!ヘイト向かせるで」
ブラックドッグがリュウの背後から襲おうとしたとき、リュウが突如振り向く。
「盾構えとる奴に真正面から襲い掛かるバカはおらんやろ。しかも、それぞれの手で盾を持っとるから、左右の攻撃にも備えられるかもしれない。となれば必然的に背後からの攻撃になる。相手より速さで優っているならなおさらや。あとは背後からの音が大きく聞こえる瞬間を狙えば……カウンターシールド!」
ブラックドッグの爪が完全にはじき返され、体勢をおおきく崩す。それで生じた隙を3人が逃すわけがなかった。
「シールドブーメラン!」
「パワーアップして……一斉攻撃や!」
「カースインフェルノ!」
「GYAAAAA!」
3人の攻撃を受けてブラックドッグが受けて瀕死の重傷を負うも、まだHPゲージは残っている。再び姿を消したブラックドッグは頭数を減らそうと、ケイの背後を狙う。
「犬には犬や。いぬ太郎任せたで!」
匂いで探知させたフォレストウルフが主人を守ろうとブラックドッグにかみつこうとするも、上位種であるブラックドッグは歯牙にもかけず、一蹴する。
だが、フォレストウルフが奇襲を阻止したことで、アイリの魔法の詠唱が間に合う。
「ヒュドラズアイ!」
「これで終わりや!シールドバスター!」
「ちび太朗、いっけえええ!!」
マヒ状態になったブラックドッグに容赦なく二人の攻撃が浴びせられ、ブラックドッグの力が尽き、クエストクリアの表示が出る。そして、ギルドへと戻ると魔犬の首輪をそれぞれ一つずつ受け取った。
「へえ~、敏捷と攻撃が上がるんだ」
「敏捷+30は大きいけどワイはいらんな」
「ウチも攻撃強化はちょっとな……」
「ユーリちゃんなら喜んで使っていたと思うんだけどねえ……」
「報酬はしょっぱいけど、お金は手に入ったからええやろ。ワイはログアウトして風呂入ってくる」
「ウチも」
「えっ、もうこんな時間!? 私も入らないと」
三人ともログアウトして、それぞれの現実へと戻るのであった。