第91話 Bランク昇格戦(前編)
春休みももうじき終わりということで、アイリはリーフの住むエルフの村でゆっくりと時が流れる日々を過ごしていた。
「今日はたっぷり野菜採れたね」
「ああ!ここ最近はプレイヤーがよく来てくれるから、畑も荒らされずに済むぞ」
プレイヤー間でダークエルフの攻略方法が確立されつつある中、ハイエルフになったプレイヤーが試し打ちにこの村で受注できるモンスター退治のクエストを受けることが多い。そのため、モンスターの被害もめっきり減り、畑の収穫量も増加したそうだ。
収穫した後は再び種をぱらぱらと蒔き、数日後の収穫を楽しみにする。そして、日中は家の掃除をしたり、村周りのトラップに異常がないかの見回り、そして夕方には他のプレイヤーたちが納めたモンスターのお肉を鍋の中に入れて、カレーを作っていた。
「はちみつ、そんなにいれるんですか!?」
「入れないと辛すぎて食べられないぞ」
「ちょっと入れすぎな気も……それならフルーツの甘味を足した方が……」
「そうか。そうしよう」
すりおろしたリンゴとつぶしたマンゴーを鍋の中に入れて、甘味を足していく。リーフに味見をしてもらい、はちみつを少々加えてようやく完成する。お皿にライスとカレーを盛り付けて、テーブルに並べていく。ちなみにお米は外の町から買ってきたものであり、排他的であったこの村が変わってきていることを示していた。
「けどさ、リーフ姉ちゃん、ここの所ずっとカレーじゃん」
「流行っているからな」
「流行りなんだ」
「そうだぞ。生臭さが消えるから、私でもモンスターの肉が食べやすい」
「商人のプレイヤーってのがよく仕入れてくれるけど、こうずっと続いたら飽きるぜ」
(商人っていうと、【ALL FOR MONEY】の人たちかな)
でっぷりと肥え太った男性を思い出しながら、モグモグとカレーを食べる。今回、カレーの中に入れた肉はカラフルな鳥をリーフが捌いたものだが、鶏の肉とさして違いはない。
(ドラゴンの肉もジビエというよりかは牛肉っぽかったし、食べやすくしてくれているのかな)
「ああ、そうだ。一つ聞きたいことがあった」
「リーフさん、なに?」
「まだCランクと聞いたが、そろそろBランクを受けたらどうだ?」
「う~ん、まだCランクの依頼もほとんど受けていないんだよね。それにBランクの試験ってダンジョン攻略しないといけないみたいだけど、私、ダンジョンってほとんど行ったことないし……だからもう少し後にしようかなって思ったんだけど」
「もったいない。アイリなら、Bランクになれる実力はあると思うぞ」
「Bランクか……」
サンダーバードの人たちから誘いを受けたユーリが一緒に試験を受けて、無事に合格したのは記憶に新しい。Bランクに上がらなくてもゲームが進行できないというわけではないが、Cランクの時のように放置しすぎるのもよくないのも事実。
「そこまで言うなら受けてみようかな」
「私もCランクだから、一緒に行けるぞ」
「リーフさんがいたら心強いね」
パーティーメンバーにリーフが加わり、ギルドからの補填メンバーを加わればパーティーの枠はあと一人。誰を呼ぼうかと、ロマニアのギルドへと向かうと掲示板を眺めているオカシラの姿があった。
「アイリか、どうしたんだ? 魔界に行っていたんじゃないのか」
「へへ、ちょっとBランクの試験を受けに」
「マジかよ!? こっちはひぃーひぃー言いながらようやくCランクだっていうのに……お前さんが木の棒を振り回していたころが懐かしく思えるぜ」
「もう、まだオカシラさんと出会ってまだ1年もたっていないんですよ」
「だよな。これが天才ってやつかねえ。こっちも限界が見えてきたころだし、俺が手伝うことなんざ……」
「一緒にBランクの試験を受けよう!」
「おいおい、俺の話を聞いたか。俺がいても足手まといだろ」
「そんなことないって。私にとってオカシラさんは最高の兄弟子なんですから」
「そうかい。気合を入れて頑張らねえとな」
オカシラもパーティーに加わり、最低人数の3人が集まったところでギルドの受付に行く。そして、パーティー人数が足りない分の補填メンバーとして、盾使いのドルシ、剣士のソド、祭司のヒラの三人が加わり、ダンジョンへと飛ばされる。ごつごつとした岩肌のいかにもという雰囲気だが、灯りをともさずとも見える程度には明るい。
「アイリ、お前がリーダーだから指揮をとれよ」
「え~っと、じゃあ……亀の甲より年の劫ってことでオカシラさんの判断に従ってください」
「おいおい、俺に丸投げかよ……しゃあねえな。この中に斥候ができる奴はいるか?」
「100%というわけではないが、風を読んで罠や敵の有無くらいはわかるぞ」
「弓を前に出すわけにはいかんな。リーフが感知を行いながら、俺が先行して罠チェックを行う。その少し後ろからドルシとソド、その後にヒラ、アイリ、リーフで進む。いいな」
「うむ。了解した」
「いいぜ、おっさん」
「わかりました」
助っ人3人組の了承ももらい、6人はダンジョン内を探索していく。するとオカシラが何かに気づいたのか立ち止まり、地面を掘り始める。
「罠だな……地雷タイプ。踏まねえように解除しておくか」
オカシラが慎重に掘り起こして通路のわきに置く。そして、今度はリーフの長い耳がピクリと動き、制止するように呼び掛け、矢を放つ。魔法で曲射した矢は通路で待ち伏せしていたダークゴブリンの頭部を貫き、絶命させる。
「ふう、クリティカルで仕留めれたか」
「すげーな、あんたたち。俺なんて全く分からなかったぜ」
「俺もだ」
「私も~」
「……なあ、この三人、本当に大丈夫なのか?」
「ははは、オカシラさんやリーフさんが居てよかったかも」
アイリは助っ人三人組のポンコツ疑惑を否定することができないまま、さらに奥へと進む。リーフが先制の攻撃の矢を放つも、今度は仕留めきれずに矢が方に当たったダークオーガとダークゴブリンの群れが出てくる。
「よし、ドルシはオーガの引き付けを……ってダークゴブリンを引き付けてどうする!? その数だとすぐやられちまうだろうが!」
「私が回復するのでご安心を」
「その回復量だとドルシの回復が精いっぱいか。なるべく攻撃に当たらねえように……ってソド、躱せる攻撃は躱せ!」
「へーきへーき、これくらいは大丈夫」
「やくにたたねえ……」
「手を止めている場合じゃないな」
「はい、頑張りましょう。まずは動きを止めます。ヒュドラズアイ!」
アイリの後方からヒュドラの幻影が現れてにらむと、ダークゴブリンとダークオーガの動きをぴたりと封じ込める。この隙の立て直そうとオカシラがダークゴブリンの群れに囲まれているドルシとソドを引き離し、リーフの矢がダークゴブリンの脳天を次から次へと撃ちぬく。
「アイリ、今だ!」
「カースインフェルノ!」
黒い炎がダークゴブリンとダークオーガを包み込み、殲滅していく。さすがにダークオーガは体力が多いせいか、生き残っていたがオカシラのダークスラッシュで切り伏せられる。
「よし、勝ったぜ」
「喜んでいいのはダンジョンを制覇した時だけだ。それにソド、お前は何の役にも立ってねえだろうが!」
「うぐぅ……」
オカシラの言葉が突き刺さりながらも、敵を倒しながらさらに奥へと進むと中ボスがいる部屋が現れる。その中へと入っていくと、十分に広い空間にミノタウロスとミノタウロスと同程度の体躯で、馬の下半身を持つジャイアントケンタウロスが6人の前に現れる。
(3人組はまとめて1人前くらいの戦力ってことは2:2で振り分けるべきだろうが……さて、どう振り分けるかだが)
ミノタウロスは状態異常になると狂化するため、必然的にアイリの相手はケンタウロスになる。三人組の指揮をオカシラがとる必要があるため、同じ組になるのは必然。だが、その振り分けをした場合、強靭な肉体を持つミノタウロスに対して接近戦で対抗せねばならず不利は否めない。可能なら遠距離攻撃ができるリーフも欲しいところだ。
「……アイリ、お前だけでケンタウロスを抑えられるか。無理ならリーフを回す」
「やってみます!」
「よし、俺たち5人でミノタウロスを倒す」
アイリは仲間がミノタウロスを倒すと信じて、初めて戦うケンタウロスに立ち向かうのであった。