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第89話 亡霊ランスロット

「うわ~、あたり真っ暗」


「【夜目】がないと何も見えなさそうです」


「こういう基本スキルは侮ったらダメだと先輩たちに言われたのを思い出します」


「夜間戦闘するには必須のスキルだからねえ」


「全員、目が見えているようだな。今回はスカウト職がいないから、慎重に進もう」


 機動力の高いLancelotを先頭にし、罠がないか剣で地面をつつきながらゆっくりと奥へと進んでいく。すると、カチッと音が鳴り、地面がパカリと開く。中を覗き込んでみるとするどい剣先がこちらを向いており、落ちれば大ダメージは必至だ。


「落とし穴とかあるんだ」


「初期はなかったが、王都実装したころからこういったトラップも見受けられるようになった。知らなかったのか?」


「私、あまりダンジョン行ってないから」


「……そうなのか? 確かにダンジョンをクリアしても君の名前や【桜花】の名前が挙がることはなかったが」


「う~ん、私もいくつかダンジョンをクリアしたことはあるけど、ユーリちゃんがいう『おつかいイベント』の方が性に合っているから」


「そういうものか」


「人にはいろんな考え方があるということですね、先輩」


「まったくだ。不慣れなら不用意に壁を押したり、列を乱したりしないように」


「わかりました」


 アイリの返答を聞いて、再び5人は歩いていく。道中には落とし穴だけでなく、壁から毒の矢が飛び出したり、巨大な岩が転がってきたのを壁のくぼみでやり過ごしたりしながら、いかにもボス部屋っぽい扉の前までたどり着く。部屋の中に入ると台座に置かれている聖剣アロンダイトが放つ輝きで昼間のように明るい。


「これがアロンダイトか。触ってみたいところだが……」


「だめですよ。かってにさわったら」


「こういうのって、剣に認められないと呪われるのが鉄板ですからね」


「ああ、わかっているとも。だが、いずれは手にしたいところだ」


「で、肝心かなめの亡霊はどこにいるんだい?」


「ゲーム時間だと……あともう少ししたら日没です」


「それでは、部屋の中に罠がないか確認しつつ日没まで待つとしよう」


「了解。アタイは入り口側を見ておくとするよ」


 全員で部屋の中をくまなく調べるも、アロンダイトが置かれている以外、これといった仕掛けは見当たらない。アイリも頑張って罠を探そうとしたり、部屋の広さを確認したりする。


(この広さだとケルベロスさんたちは出せないし、分身もあまり数は出せないかな)


 そして、日没の時間となった瞬間、入り口側に広がる暗闇からゆらりとランスロットの亡霊が現れる。一夜明けたせいか、切り離された胴体も今では復活している。


「おおおおおおおおお!!」


「まったく同じ攻撃がそうそう通用するわけ……」


 ヘイトを稼ぐスキルで自身に攻撃を誘導させたGalahadに向かっていくランスロットの亡霊が突如、二つに分かれて、後方に控えているクイーンやアイリを狙おうとする。


「それくらいなら、シールドアンカー!」


 大楯の中心部から放たれたフック付きの鎖が飛び出し、分裂した方のランスロットを巻き付けてとらえようとするもあっさりと躱される。1戦目とはスピードも上がっているランスロットに有効打を打てないと判断したGalahadは全体バフをかけた後、目の前にいるランスロットが合流しないように抑えることに専念する。


「ヘイトを稼ぐスキルを使ってもこちらに向かうということは、ヘイト解除系のスキルでももっているようだな」


 タンクを封じられたことで、後衛を守るのは同じ騎士であるLancelot。彼の水の剣がLancelotを襲うも、それを軽くいなそうとする亡霊。だが、変幻自在の彼の剣は刀身がはじけた後、再び元の剣の形を作り、亡霊に一打を浴びさせる。


「シャアアアアアアア!!」


「むっ、一太刀入れられたことでプライドに傷がついたか!? だが!」


 再びLancelotの水の剣が亡霊を襲うも、今度はしゃがみこみ、地面に手をつく。すると、亡霊の手にはLancelotと同じく水の剣が握られていた。


「なにっ!?」


 Lancelotが亡霊の水の剣を防ごうとしたとき、亡霊の剣も彼と同じく再構成され一太刀を浴びてしまう。


「まさか、これはモードレッドたちが踏み込んできた際に相手の剣を奪って立ち回ったという伝承の再現か!だとすれば……」


 Lancelotが自身の攻撃手段はすべて目の前にいる亡霊に奪われてしまう可能性に気づく。となれば、亡霊へ有効打を与えられるのは後衛職の3人しかいない。


「ようやくアタイらの出番ってわけだ!」


「うん。今回は質重視の分身だよ。ダークシャドー!」


 アイリの背後から1体、【高速分身】でさらに4体の分身が現れる。ゲーム内の夜にしか使えないという制限がついているが、通常の分身がHP1で固定されているのに対し、こちらはプレイヤーの半分のHPを持つ。そのため、生半可な攻撃1発では落とすことができない。そして、一番の特徴はプレイヤーの意思に関わらず、オートで動くということだ。つまり……


「ヒュドラブレス!」


「ヒュドラバイト!」


「ヴェノムブレス!」


「カースインフェルノ!」


「フレアストーム!」


「はは、とんでもない魔法だね!ローゼズハリケーン!」


 異なる魔法が一斉に放たれ、亡霊とLancelotを飲み込んでいく。同じパーティ内のLancelotにはダメージはないが亡霊は違う。こればかりは亡霊も食らえばひとたまりもないと考えたのか、後方に跳ぶ。だが、その行く手を阻むように水の壁が突如現れる。


「逃がさん!私と一緒に攻撃を受けてもらうぞ」


「ぐおおおおおおお!!」


 Lancelotの捨て身で、亡霊にようやく真っ当な攻撃が通るも、まだまだ亡霊のHPは健在。それもそのはず、攻撃を避けられないと判断した一瞬、水の剣を盾のように変形させ、受けるダメージを最小限にしたが、その衝撃で水の剣は再生能力を失ってしまう。

 そのせいもあり、後方にいる魔法職に対し、脅威とみなされLancelotが集めていたヘイトを解除し、後列にいる二人へその攻撃対象を移そうとする。


「近づかせないよ。ローゼズウィップ!」


「【急成長】!」


 アイリのスキルで極太に強化された複数のバラのムチが亡霊に向かうも、速度を落とさずバサバサッと切り払っていく。すぐさま反転したLancelotが水の剣を伸ばすも、跳躍し、その斬撃をかわす。それどころか、いつの間にかくすねていたバラのトゲをアイリとその分身に向けて投げつける始末だ。


「それくらいの攻撃ならカースバリアで!」


 アイリが黒いバリアを出すもパリーンと音を立てて割れて、ダメージを受けてしまう。さらに、呼び出した分身もまともに攻撃を食らい消失する始末だ。ランスロットの逸話には丸腰の中、木の枝だけで勝利したエピソードがある。彼が植物の破片を握れば、それは立派な武器となり得るのだ。

 そして、格の違いを見せつけるかのように平然と着地するランスロットの亡霊。


「強い……」


「さすがは円卓最強と謳われるだけのことはある」


「久しぶりにゾクゾクしてきたよ」


「そんなこと言っている暇があったら何とかしてくださいよ。こっちは亡霊の分身?の相手で手一杯なんですから」


「Galahadさん、がんばってください」


 ミミの応援とヒールを受け取ったGalahadは再度亡霊と向き合い、二人がかりにならないように分断していく。Lancelotが亡霊に対し、剣を振るうも軽々と躱され、さらには水の剣を奪われないように立ち回らなければならず、思い切った行動に出られずにいた。さらに植物使いのクイーンも逆利用される可能性もあって攻撃する機会をうかがっており、反撃の口火とはなれない。


(Lancelotさんが時間を稼いでいる間に何か方法を考えないと……)


「せめて動きを止めてくれれば浄化魔法が使えるんですけど」


「前みたいに凍らせてみるかい?」


「やってみよう!」


「簡単に言う!だが、それしかあるまい!」


 Lancelotが長剣に伸ばして、亡霊を後方に下がらせる。距離を取ったところで足元にまとわりついたツタが亡霊の足を止める。その隙を逃がさんと彼が水の剣を地面に突き刺すと、亡霊の足元から水が噴き出て、水の玉の中に封じ込める。


「剣で突き刺せなくとも凍らせることは可能だ。フリーズ!」


「私も手伝います。ダークブリザード」


 カチコチの氷の塊になっていくのを見ながら、ミミは詠唱時間がやや長いサルベーションを使う。亡霊の足元から光の柱が出て、浄化させようとする。だが、彼女たちの目論見は外れ、RESISTの文字が浮かび上がる。


「失敗!?」


「浄化魔法が通用しないというわけか」


「もしくは浄化できないほどに強固な意志があるかもしれないですよ。前に司祭プレイヤーがボスクラスのゴーストエネミーが浄化できない理由をそう言っていましたから。うおっと!」


 分身した亡霊の攻撃を受け続けていたGalahadの大楯が弾き飛ばされ、丸腰になってしまう。とっさに彼がサブウェポンの短剣を握りしめるも、Lancelotでさえ苦戦を強いられる亡霊の前では時間稼ぎにもならない。さらに氷がビシビシと音を立てて割れ、亡霊の本体も復活する。


「その意思が揺らげば何とかなるってことかい?」


「こっちが無敵張っても残り十数秒もつかどうか。それまでにメンタルを揺れ動かす方法があるといいですけどね!!」


「それならあるよ。シャドーミラージュ!ブラッディミラージュ!そして、一か八かのメンタルブレイク!」


 所狭しと生まれた大量の分身から放たれる銀色の魔力弾が亡霊に向けて放たれる。それらが攻撃魔法とでも思ったのか、それとも飽和攻撃で躱すことが困難とでも思ったのか、亡霊が剣を振るい弾き飛ばそうと剣先が触れた時、彼のトラウマが掘り起こされる。それはすなわち、最期の戦いでアーサーを守れず、ギネヴィアの元へと帰れなかったことだ。


「ギ……ィア……」


「今のうちにミミちゃん!」


「はい、堕ちた魂に救いを!ホーリーサルベーション!」


 聖なる光に包まれた亡霊から黒い瘴気のようなものが天へと立ち昇っていく。そして、光が収まるも彼のHPはまだ残っている。


「私は……帰らなければならん…………アロンダイトを……よ、こ……せ……」


「まともに喋っている。理性が戻ったのか!?」


「ランスロットさん、聞いてください」


「ギネヴィアさんから伝えてほしいと頼まれました」


「ギネヴィア…………」


「私はもう大丈夫だと。だから、ランスロットさんはもうこの世にとどまる必要はないんです」


「だが、私は王を……民を……」


「アーサーさんは守れなかったかもしれないけれど、今はガウェインさんが立派に皆を守ってくれています」


「ですから、もう戦わなくてもいいんです」


「そうか、私は……」


 ランスロットの亡霊がふらつきながら、アロンダイトの元へと寄っていく。本来ならばここで止めるべきなのだろうか、ここにいるメンバーはあえてそうしなかった。そして、アロンダイトを握ったランスロットは未練を断ち切るため、その刃を自身に突き刺す。地に付した彼の表情はどこか穏やかであり、粒子となってその姿を消すのであった。




 教会に戻ったミミたちはギネヴィアに事の顛末を伝えていくが、彼女は表情を見せたくないのかうつむいたままだ。しばらくの沈黙の後、心の整理がついたのか、それとも客人の前では本心を見せないようにしているのか、彼女は礼を言う。


「ランスロット様の魂も無事に天界へと昇りました。ささやかではありますが、私からお礼を差し上げます」


 ミミのスキル【心眼】(真偽を見破る)が【妖精眼】(読心することができる。戦闘中、最終命中率・回避率に大幅な上昇補正がかかる)に変化しました

 ミミの種族が人間からハーフ・フェアリー(HP+50、MP+200、知力+100、敏捷+100、運+200)に進化しました

 特定の魔法の習得をアンロックしました


 初クリアということで選択スクロールを手に入ったが、それよりもミミの強化内容に目を奪われる一同。その強化内容はアイリのハイエルフやArthurの聖騎士に劣らないものであった


「これのどこがささやかって言うんだい!」


「私がこれまで積み重ねてきたシスターとしての経験と妖精としての力の大半をお譲りしたまでですが、やはり足りませんでしたか? あとあるとしたらお金ですけど、お金はその……」


「そういや、元王妃様だったね。そのあたりで金銭感覚とかがバグっているってことかい」


「失礼な!これでも教養は身に着けてきました!……ランスロット様が金銭管理をよくしてくれて『あっ、めんどくさいことは私がやる。君は子供たちの面倒をみてやってくれ』とか言っていたのはもしかして……いえいえそんなことはないはずです」


「心当たりしかないじゃないか!」


「ぴえ~ん!そんなことないもん!」


「クイーンさん、ちょっと言い過ぎ。私も思っていたけど」


「そうだろ。こういうのはビシッと言ってやった方がコイツのためさ」


「ふう、やれやれ。締まりのないクエストになってしまったな」


「でも、こういうバカ騒ぎは嫌いじゃないですよね」


「まあな。私たちはこれで失礼する。あと、妖精のことについては口外しないと約束しよう。こういうのは発見者が先に報告すべきだからね」


「アタイもぺらぺらと喋るつもりはないよ」


「はい、落ち着いたころに掲示板に書き込みます」


 そろそろ健康上の理由で許可されているログイン時間も残りわずか。パーティー解散した後はログアウトし、それぞれの現実へと戻るのであった。



 とある病院の一室。そこにはVRゴーグルをつけた女の子が一人いた。入院患者の名前は七瀬美海、ゲーム内では『ミミ』と名乗っている。一人ではゴーグルを取り外せないので、目をつむったままだ。


(ずっとログインできたらいいのになあ)


 手足を動かそうにもピクリとも動かない。交通事故で脊椎を損傷した彼女に待ち受けていたのはベッドでの寝たきりの生活。しかも、被疑者はひき逃げした後自殺しており保険金は雀の涙程、そのため両親は美海の高額な治療費を稼ぐ必要もあり、毎日のようにお見舞いに行くわけにはいかなかった。

 長い入院生活の中、彼女の父親は友人から「娘さん、寝たきりなんだろう? これなら遊べるんじゃねえ」と予約してあったEFOの引換券を譲り受けた。担当の医者は渋い顔をしていたが、海外では脳波を利用するVRを使ったリハビリもあるらしく、特別に許可をもらい、EFOを起動させた。


(ゲームだと走り回れるのに。あとは寝るしかないなあ)


 いつか手足が前みたく動く日が来ると信じて、美海は夢の中へとダイブするのであった。

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