第88話 反乱の傷跡
これは人魔大戦が起こる前の出来事。アーサー王は円卓の騎士をはじめとする多くの部下を率いて、地上にいる凶暴な魔物を打倒し、あるいは封印しながらも、一時の平和を謳歌していた。その傍らには王妃であるギネヴィアもいて、彼の人生の中では最も充実していた時間ともいえる。
「といっても、アーサーは私を愛してくれませんでした」
「仕事熱心で家庭を省みないタイプだったとか?」
「モンスター退治で忙しいのはわかります。ですが、私は妖精の血を引いているので、妖精眼、すなわち相手の心を読み取ることができるのです。それで彼の心を読んだところ……」
「ミセス・ギネヴィアへの愛は冷めていたと」
「はい。残念ながら。そんなとき、ランスロット様に愛の告白を受けたのです」
王妃という立場からも本来であれば許されない関係であっただろう。だが、すでにアーサーとの関係が冷え冷えだったこともあって、心の底から愛そうとするランスロットと不倫関係を築くようになった。そして、不倫関係の証拠をつかんだモードレッドが告発しようとしたとき人魔大戦が起こった。
「モードレッドもかの大戦後のドタバタの際にランスロット様を糾弾する場合ではないと判断した結果、私たちは告発されませんでした。ですが、証拠を握られていることを知っているランスロット様は騎士の地位と聖剣アロンダイトを返上することで筋を通しました」
「そのとき、ミセス・ギネヴィアは?」
「私もアーサーとは離婚。市民に動揺させないために表向きは別居でしたが。そして、ランスロット様と私はせめての罪滅ぼしとして戦乱の孤児の面倒を見ようとこの教会を作ったのです」
「そういういきさつがあったんだ。ランスロットさんはどうなったんですか?」
「あの人はモードレッドが引き起こした反乱の際、心はまだ騎士であったランスロット様がアーサーの救援に行き、3日3晩の戦いの末敗北したと言われています」
さらにその時の戦いで生き残った者たちは口をそろえて、もしランスロットがアロンダイトを持って万全の状態で挑んでいれば勝敗は逆転していただろうと証言していた。円卓最強の騎士の称号は引退してもなお健在であったようだ。
(ミセス・ギネヴィアの証言と私たちが知っているアーサー王伝説とは似通っている部分もあるが、異なる点もあるようだ。となればあまり先入観を持たない方が良いのかもしれん)
となれば、気になることを尋ねようとするLancelot。その心を読み取ったのかギネヴィアの表情が一気に険しくなる。
「アーサー王、ガウェイン、ランスロット、モードレッド、誰も彼もがアーサー王伝説において有名な人物だ。ならば、マーリンや悪役であったモルガンはこの世界にいたのか尋ねたい」
「今はお答えすることができません」
「今は……か。つまり、もう少し先になれば話せる。つまり、居たということだな」
「っ……同姓同名でもランスロット様はいつもそうですね。私の心を的確に読んできて」
「いや、それは……すまない。悪気はなかったんだ」
「そういうところもランスロット様に似ています。あの方の真似はしないでください」
「り、理不尽だ……」
「Lancelotさん、ドンマイです」
「年端の行かぬ子にまで慰められるとは……」
激しく動揺しているLancelotが助けを求めようと同サークルの後輩のGalahadの方をちらりとみるが、そっぽを向かれる。Lancelotにはゲームに出てくるようなランスロットと違ってカリスマ性がなかったようだ。
「アンタの身の上話はわかったけど、これからどうするんだい? あの亡霊がランスロットとわかってもまたここに現れるかわからない。何日も待ちぼうけるつもりなら、アタイは抜けるよ」
「こういうときは私に任せてください。天啓!」
ミミの脳裏に浮かぶのはランスロットの亡霊がどこかの建物の中を歩いていく様子、そしてその先には薄青い光を放つ剣が次の主を待っているかのように置かれていた。それを伝えるとギネヴィアが何か心当たりがあるらしく、一度教会へと戻った。そして、教会の奥にある自室に飾られている古ぼけた写真立てにはギネヴィアと生前のランスロットが映し出されていた。
「その剣はランスロット様が携えているアロンダイトではないでしょうか?」
「この飾り気のない感じ……似ている気がします」
「はっきりしないねえ」
「もう一度見ればはっきりとわかるんですけど、天啓や祈りは1日1回までの上限が……」
「別に責めているわけじゃないよ。アロンダイトってのはどこにあるんだい?」
「アーサーに返還した後の行方はご存じありません」
「天啓でも詳しい場所はわからないとなると、アーサーさんの知り合いに聞くのが一番だよね」
「となるとガウェイン陛下か」
「王様との面談にはCランク以上の条件が必要。アタイは持っているけど、他は?」
「最近、先輩たちと一緒にBになったところです」
「わたしはCです」
「私もC」
「問題は無いようだね。ちょっくら王様に会いに行って、人様に迷惑かけている旦那さんを止めに行くわ」
「ええ、ありがとうございます。あの方に、ランスロット様にもう一度出会えたのであれば、私はもう大丈夫だとお伝えください」
「必ず伝えます」
ミミがはっきりと答えたのを見たギネヴィアは安心した様子で5人を見送った。
そして、翌日に改めてログインした5人は日中のキャメロット城に行き、門番の騎士にガウェインと話ができないかと問い尋ね、その返答を待った。
「陛下より、貴公らを執務室に連れてくるようにと伝令を承りました」
騎士の後をついていき、キャメロット城の中へと入っていくミミたち。執務室の中に入ると、アーサーを含む円卓の騎士たちの写真が部屋中に飾り付けられ、彼が騎士にどれだけ強い愛着を持っていたのかが一目でわかる。
「私に用があると聞きましたが、何か?」
「はい。実は――」
ミミがランスロットのことについて話すと、表情が一気に真剣なものへと変わる。ミミの説明が終わってもその表情は崩れなかった。
「そうですか……王を守れなかった遺恨、アロンダイトさえあればという後悔、それらがランスロット卿を苦しめているのでしょう。私からも彼を救っていただきたい」
「わかりました。でも、アロンダイトがある場所が……」
「ええ、荒野を抜けた先にあるエレイン湖の中に魔法で秘匿されています。専属の魔導士を向かわせ、封印を解くように命じておきましょう。準備に多少の時間がかかるでしょうから、先に湖へと向かってください」
「ありがとうございます」
ミミたちが退室したのを見計らって、ガウェインは机をドンと大きくたたく。
「なぜ彼は間に合い、俺は間に合わなかったんだ!なぜ!」
その問いの答えについてはすでに彼自身が一番分かっているというのに、モードレッドの反乱は彼の心に深く闇を落としていた。
「だからこそ、私は再び聖杯を手にし、民を約束された地、アヴァロンへと導かねばならない!」
荒野を抜けるとぽつりと広がる湖。その水をぺろりと舐めると海のようにしょっぱい。現実にある死海と同じ塩湖のようだ。さすがに塩水を飲み水代わりにしているモンスターはいないのか、付近には敵らしき影は一切見当たらない。そして、魔導士が呪文を唱えると湖が割れて、階段が現れる。
「私たちはモンスターが入らないようにここで見張っておきます」
「さすがにランスロット卿が化けて出てきたら無理だけどな」
「騎士さんのみなさんも気を付けてください」
「貴公らもご武運を」
騎士たちに見送られながら、ミミたちは階段を下っていくのであった。