第86話 暴走する炎竜
本物のデスゲームと化したイベントが無事に終わり、一息つける運営スタッフたち。チートによって生じた多数のバグもカオスファフニールの消滅に伴い、きれいさっぱりと消えていた。そして、チーターを生み出してきたギャラルホルンメンバーたちも警察の逆探知の成功に伴い、全国各地のパトカーを走らせていた。
「おわった……」
「いろいろと問題は山積みだけど、メンテ時間、未定にしておいたから今日は休もう」
「「さんせーい!」」
デスゲームのせいで生まれたセキュリティのほころび、プログラム破損、カオスファフニールの発生……数多くの問題は先送りにしてしばしの休憩をとる。その後、運営たちはゲームリリース以来初めての24時間を超える長時間メンテに苦心するのであった。
メンテ中の3日間には不正プログラムの売買をしていた犯罪グループの逮捕が連日報道されていたが、インターネットを崩壊させかねないカオスファフニールについては報道されなかった。
これは運営に圧をかけた警察の不祥事にもつながるため、初めからその脅威はなかったことにされ、あくまでもイベントの一環であるということにされていた。そのため、緊急メンテナンスはセキュリティー強化や利用規約の一部変更などが盛り込まれる形となり、運営の想定よりも早く終わることとなった。
そんな裏事情など知る由もない、ただのユーザーであるアイリは緊急メンテが終わると、セキュリティーが強化されたEFOへとログインした。
「お待たせ!」
「私も来たところ。みんな、お知らせ見た?」
「補填アイテム、大量に来たわ。えらい太っ腹やな」
「そっちも重要やけど、GWのレイドイベの影響からか来月から1周年記念イベントや」
「それに伴っての各職業の強化だね」
「赤魔導士はステータスの育成面の緩和とレッドエンチャント系の倍率アップが来ました」
「おかしいなあ。黒魔導士の強化が来ないんだけど」
「サンプル数が少ないからスルーされたんじゃない」
「ひどい」
「忍者は消費MPの改善と習得スキルポイントの緩和とそれに伴う返還措置。技の強化が欲しかったけど、他の職業よりも技を多く覚えられるようにして汎用性を高める方針みたい」
「ワイは技どころか基礎ステータスの見直しから入っとるで。防御とHPが雑にアップされとる。なる人が少ないとはいえ、盾使いはレア職かいな」
「ウチは支援魔法のクールタイムがちょいと短くなったくらいやな。やっぱ最初のPVPで暴れたのがまだ糸をひいとるんやろうか」
「わたしは回復量が増えます。地味です」
「私は道具の投擲距離や有効範囲が向上しました。あとはポーションの飲むモーション変更があるのも追い風かもしれません」
「いいなあ、みんな強化されて」
「といっても剣士や魔導士とかの人気のある職もあまり強化されてへんし、今回の強化は不遇職の底上げってところや」
「さてと、ケイたちも来たし、ワイバーンの依頼を果たしに行こう!」
塩漬けとなっていたハイワイバーンの依頼だが、空戦が強化されたアイリとChris、足場もとい飛行モンスターの有効性は先のカオスファフニール戦で示したばかり。このクエストが1クラン限定のレイド戦であり、いまだにクリア報告がないことからかなりの強敵であることはわかるが、ユーリは現状でも勝ちの目はあるとみていた。
魔界につき、ハイワイバーンに示されたポイントへと向かっていくと硫黄の匂いが漂う火山地帯へとたどり着く。ところどころに流れている溶岩に近づくと忠告画面がホップアップされ、特定のスキルや魔法を使わない限り、触れるとダメージを受ける仕様となっているようだ。死に戻り覚悟でユーリが溶岩の中に片足を突っ込んでみると、あまりのダメージ量に思わず足を引っ込める。
「1秒で2割くらい持っていかれた。バトル中だと致命傷になりかねないから、足元には気を配るか空中戦主体にした方がいいかも」
「溶岩があると毒の沼地と同じくサンクチュアリも張れないみたいです」
「ユーリちゃん、痛みとかはないの?」
「足もとけてないし、熱いお風呂に入る感じかな」
「よかった。うっかり墜落しても大丈夫だね」
「といっても猶予は5秒あるかないかくらいだけど」
「青いお手伝いロボットみたいに即死しないだけでも分かっただけでも十分や」
「ロボット?」
「兄貴がやっていたゲームや。昔は人気があったシリーズらしいで」
「ウチにはあんな古臭いゲームのどこがええのかようわからへんわ」
「古くても面白い作品はあるで。移植版もあるさかい、触れてほしいところや」
「ん~、さすがにこれ以上勉強時間は削れないから、ちょっと無理かな。ごめんね、リュウくん」
勉強と遊びの両立をしているアイリはリュウの提案を断り、先へと進む。すると、火口が見え、その中から灼熱のドラゴンが姿を現す。
『我が眠りを妨げるのは誰だ?』
「私です。ワイバーンさんたちを襲うのをやめてほしいから来ました」
『断る。弱肉強食は絶対の掟。すなわち――』
クリムゾンバーストドラゴンが咆哮をあげて、小手調べと言わんばかりに拳を振り下ろす。それをリュウが耐えるも、地面が陥没しそうな衝撃が彼にかかる。
「上級クラスの防御アップのバフ、事前にかけておかなかったら一気に持っていかれたで」
『これならばどうだ。クリムゾンフレア!』
一度距離を取り、大空から灼熱の炎をまき散らす。あたり一面が炎の海になっていく中、ハイジャンプですぐさま回避してビッグホーンオオカブトの上に着地したユーリと、ケイのアクアドラゴンにのせてもらったリュウ、ミミ、Aoi、自力で飛べるアイリとChrisが上空へと避難する。
「これは下には降りられないね」
「空中戦だけで戦えってわけやな」
「チビ太郎、進化や!【海竜神の加護】!」
「ケイの応援するよ、ティアマト召喚!」
アクアドラゴンがリヴァイアサンに進化し、ティアマトが5体の眷属とともに現れるも、空を飛べないムシュマッヘ以外は出オチとなった。憐れである。
「リヴァイアサン、アクアプレッシャーや!」
「火には水だよね、こっちも行くよ!アクアプレッシャー!」
2人の水流がクリムゾンバーストドラゴンに向かうも、灼熱の肌によってそのほとんどが蒸気へと変換し、触れても水がかかった程度でしかない。あまりにも弱すぎる攻撃に鼻で笑いながら、口から放つ炎の玉を連打していく。
「水攻撃効きそうな見た目で効かんのかい!」
「見た目で判断したらダメってこと!?」
「なら、水属性以外の攻撃で!一応、炎攻撃も控えよう。ミラージュアタック!」
「わかりました。レッドエンチャントマジック、メガサンダー!」
「ヒュドラブレス!」
「ホーリースピア!」
4人の攻撃がクリムゾンバーストドラゴンに当たるも、瞬時に回復してしまう。これまでクリア報告がいなかったのはこの回復能力が原因だ。だが、こちらには毒無効を貫通できるアイリがいる。毒にさえなれば、回復能力を相殺できるのではないかと考えていた。
「こっちはスピードアップで回避に専念しとるから、そう簡単に当たらへんで」
『ちょこざいな。クリムゾンフレア!』
「アストラルシールド!」
無敵の大盾が現れ、クリムゾンバーストドラゴンの炎のブレスを完全にシャットダウンする。そして、ブレス後のわずかな硬直を狙ってアイリのヒュドラが襲い掛かり、猛毒を浴びさせ、待望の毒状態なる。
「よし、これで!」
『我には効かん』
毒になっていたはずのクリムゾンバーストドラゴンが毒状態を治す。その様子に驚く【桜花】メンバーたち。これまで自力で状態異常を治すモンスターは見たことがなかったからだ。
(高すぎる治癒力、状態異常の回復……なにかしらのギミックがあるはず)
『落ちろ、虫けらども!灼熱のフレアストーム!』
「アストラルシールドはクールタイム中。防御アップのバフをしこたまかけとくから耐えるんや!」
リュウが味方全員の防御アップをして、クリムゾンバーストドラゴンの攻撃に備える。そして、回避不可能の大熱波が襲い掛かり、リヴァイアサンはかろうじて耐えるもユーリが乗っていたビッグホーンオオカブトが消滅する。
「まずっ!エアー……」
エアージャンプでひとまずは空中にとどまろうとしたユーリだが、リヴァイアサンの上はかなりの人数が乗っている。しかもヘイトを引き付けているタンクがいるのだから、乗ったとしてもわずかな延命処置にしかならない。
(人数を集めて再挑戦? いやいや【サンダーバード】を含めた上位クランがクリアできてない時点で人数やその質よりもギミック解除が重要なレイドのはず。ギミックを隠すとしたらどこにある? このフィールドで最も調べにくい場所に秘密はあるはず)
ユーリは落下していきながら考える。このクエストもシークレットクエストだと考えるならば、LIZの成仏、ケイの遺跡の再調査、アイリの封印でも追放でもない第3の選択肢……
(ハイワイバーンのセリフ、溶岩や炎の海による空中戦への誘導、サンクチュアリが張れない地形……つまり、運営は私たちを何としてでも空中に目を向けさせたい。つまり、それが罠で地上に何かがあるってこと? だとすれば……)
「エアーダッシュ!」
ユーリはメタ読みと自分のひらめきを信じて火口へと飛び込んでいく。あっという間に溶けていく自分のHP。だが、0になるまでにはわずかだが猶予がある。それはまるでHPの調整ができるように。
「1、2、3……スキル【根性】!」
HP30%以下という条件が必要なものの継続ダメージを無効にできるスキル。本来はキラービーやアイリなどの毒対策で覚えた最初期のスキルだったが、溶岩も継続ダメージという判定の都合上、ダメージを0に抑えることができる。
(制限時間がある以上、急いで潜らないと!)
港のクエストをクリアしていたときに覚えた泳ぎに関するスキルを使って深く深く潜っていく。すると、最奥部にはオレンジ色に神々しく輝く宝玉があった。
(これがあのドラゴンの回復の原因? だとしたら!)
すぐさま攻撃を加え、それを破壊しようとする。残り時間はあとわずか。だが、これに気づく人は少ないことを見越しているのか、宝玉のHPは高くない。ユーリでもわずか数撃でひびが入り、破壊される。すると――
ユーリが宝玉の破壊に取り掛かっていたころ、クリムゾンバーストドラゴンは炎の玉でけん制しながら、フレアストームのクールタイムが切れるのを待っていた。
『これで終わりだ。灼熱のフレアストーム!』
「くっ……防御アップもギリ間に合わん!」
仮に間に合ったとしても、リヴァイアサンはすでに瀕死の重傷。プレイヤーがやられなくても炎の海に焼かれるか溶岩の継続ダメージで一巻の終わりである。せめてエースのアイリだけでも生かそうと彼女にバフをかけた。
外すことのない大熱波が再び彼女たちを襲う!
『これで虫けら共も……なにっ!?』
そこにはなぜか耐えているアイリを含む【桜花】メンバーたち。瀕死だったはずのリヴァイアサンもHPが満タンになるまで回復している。
『こ、これは……まさか!?』
「ふふふ、封印は解除させてもらったよ」
火口からユーリが誇らしげな顔をして仁王立ちしながら、火の鳥に乗って舞い戻ってくる。火の鳥から出てくる癒しの力は火の鳥本体を除いた味方全員にリジェネ効果を与え、その回復速度はティアマトの支援バフも合わさり、溶岩の継続ダメージが苦にならないほどだ。
そして、その回復バフを失ったクリムゾンバーストドラゴンはただのドラゴンへとなり下がる。
『貴様らを倒してもう一度、火の鳥の力を我のものとする!メテオレイン!』
クリムゾンバーストドラゴンが空中に無数の魔法陣を展開させ、隕石の雨を降らしていく。当然のことながら、逃げ場のない攻撃。リュウやアイリ、ミミが三重のバリアを張るもあっさりと壊れるあたり、無敵貫通効果も付与されているようだ。あきらめて防御バフで耐える方針に切り替え、隕石をその身で受ける【桜花】メンバーたち。
クリムゾンバーストドラゴンが持つ1度しか放てない最上級魔法、それらが直撃し、絶対の勝利を確信する。だからこそ、その慢心から反撃の攻撃をかわすことができなかった。
「火の鳥のリジェネのやばさはアンタが一番分かっているでしょ」
『ぐっ、だったら貴様をさきに!』
クリムゾンバーストドラゴンのヘイトがユーリに向けられる。ヒール能力は高いものの、火の鳥本体の戦闘能力は高くない。これが1vs1の戦いならば、勝負は目に見えていただろう。だが――
「支援バフ送るで。スピードアップ!」
火の鳥の速度が上がり、クリムゾンバーストドラゴンの追撃をぎりぎりのところで躱していく。そして、躍起になっているクリムゾンバーストドラゴンに対して着実に攻撃を当てていく【桜花】メンバー。
『おのれ、おのれ、おのれ!灼熱のフレアスト……』
「そうはさせないよ。ダークストーム!」
火の鳥を守るため、アイリが全体攻撃を打ち消していく。切り札のメテオレインはもう打てず、フレアストームさえ防げばあとは単体攻撃しかない。そう分かった以上、アイリも伝家の宝刀を抜いたのだ。
もし、この光景をほかの第三者がみたらこういうだろう。パターンに入ったと。
『貴様らごときにぃぃぃぃっ!!』
反撃の手段と毒の治癒方法も失ったクリムゾンバーストドラゴンはただそのHPがつきるまで、ただひたすら飛び回り、そして息を引き取るのであった。救助された火の鳥が去っていくと同時にユーリの手元に火の鳥の羽が舞い降りる。
シークレットクエスト【舞い戻る不死鳥】をクリアしました
【桜花】に所属しているメンバーにスキルポイント100ポイント付与
ユーリはフェニックスの羽(1戦闘中に1回だけ火の鳥を呼び出すことができる。このアイテムは消滅せず、取引不可)を手に入れました
世界初シークレットクエストクリアボーナス
【桜花】に所属しているメンバーに選択スクロール付与
そして、クリムゾンバーストドラゴンを倒したことをハイワイバーンに伝えると、嬉しそうに鳴く。
「感謝するぞ、【桜花】よ。貴公らに何かあれば、我らが力を貸そう。さらばだ」
大空を飛び去っていくワイバーンの群れ。そして、パーティー全員に通常報酬である【ワイバーン召喚】の魔法が追加され、ワイバーンの依頼は一件落着となった。