第85話 楽しむ心
「なんだPVPイベントじゃなかったのか?」
「PVPイベントのガワを被ったレイドイベントかよ」
「制限時間あるし、いっちょやりますか」
チーターたちと戦っていたプレイヤーたちが、カオスファフニールの元へと向かっていこうとしたときに敵対していたチーターが呼び止める。
「お、おい、逃げるのかよ!」
「逃げるも何もレイド戦の時はプレイヤー同士のフレンドリーファイアが無いようにされているから、争う必要ないからな」
「そうそう。でないと俺たちみたいな近接職だと範囲攻撃に巻き込まれちまう」
「正直なところ、お前たちにはむしゃくしゃはするが、それよりもボス戦だ」
「だな。チーターなんて戦ってもつまんねえし」
「負けるにしても【サンダーバード】や【Noble Knights】の連中と戦った方が何倍もおもしれえ」
「いくぜ、アーク。どっちが先にとどめをさせるか勝負だ!」
「おう!」
目の前からプレイヤーが去っていき、チーターだけが取り残される。周りのプレイヤーの熱量に乗れないチーターたちがさめて、ログアウトをしようにも今回のイベントではそれもできない。彼らはただ茫然とレイドボスへと立ち向かうプレイヤーたちを眺めるだけであった。
「スゲー強そうなやつが来たな。どうすんだ、アイリ?」
「目には目を、歯には歯を。ファフニールにはファフニールだよ。【ファフニール召喚】!」
膨大な資金を糧に召喚されたファフニールが暗雲を切り裂きながら降臨していく。相対している2頭の邪竜。敵側のファフニールはプレイヤー側の潜在意識が反映されているせいか、傷がないレイドボス時のファフニールだが、味方側にいるファフニールはガウェインの攻撃で傷ついた状態となっており、容易に見分けがつく。
『我が偽物め、我直々に裁いてやろう!』
「やる気いっぱいだね。ケルベロスさんは地上から援護攻撃!ティアマトさんは支援お願い」
『任された』
『余計なお世話だ!』
『だと言っているが?』
「それでも!おねがいします!」
ティアマトの能力で味方の召喚獣を強化するバフをファフニールにかけて、より強力になったクロ―攻撃を仕掛けようとするファフニール。だが、その攻撃は黒いバリアに阻まれてしまう。
『むっ、ダークネスオーラか。だが、その程度ではなあ!』
ダークストームでオーラを一時的に無力化し、口から黒い炎弾を連続で繰り出し追撃していく。だが、すぐさま張り直されたダークネスオーラをまとったカオスファフニールが隕石かと思うほどの巨大な炎の玉を吐き出し、ファフニールを即殺しようとする。
『ちっ、反動で動けん』
「突っ込むでチビ太郎!」
「ワイらのこと忘れとるやろ!アストラルシールド!」
一時的に攻撃を防ぐことができる無敵の盾がファフニールの前に割り込み、カオスファフニールの攻撃をシャットダウンする。この戦いはてめえだけで戦っているわけじゃないと言わんばかりに、テイマーやサモナーたちのモンスターに騎乗したプレイヤーたちがそばに立つ。
「先のファフニールの行動で突破方法もわかった。私たちでバリアをはがせるのはアイリとファフニールだけ。つまり!」
「ワイらが勝つにはアイリを守り切らないと負けってことやな!」
「Galahad、僕たちの援護よりもアイリの援護に!」
「わかりました、先輩。この身にかえても守り抜きます」
他のクランからもアイリの近くにタンク職のプレイヤーをアイリの近くに送り出す。火力職が落ちすぎても制限時間以内に倒しきることは困難。だが、それ以上にわずか10秒で張り直されるダークネスオーラを突破するには、アイリの存在が必要不可欠だ。むろん、そのことは彼女もわかっているからこそ、攻撃タイミングを合わせやすいように号令をかける。
「いくよ、ダークストーム!」
「いまだ!一斉攻撃!!」
ダークネスオーラが消失した一瞬のスキを突き、プレイヤーたちが攻撃を仕掛ける。だが、レイドボスがゆえにHPの減少量はそれほど大きくない。
(次にダークストームが撃てるようになるまで時間がかかる。それまで逃げ切らないと)
アイリの存在が危険だと分かっているのかカオスファフニールのターゲットがアイリに集中していく。それを【高速飛行】でスイスイと躱すも肉薄してきたカオスファフニールがドラゴンクローを繰り出そうとする。
「危ない、【ポジションチェンジ】!」
Aoiと場所が入れ替わり、攻撃を代わりに受け止める。だが、防御態勢を取っても、その強すぎる攻撃にAoiは地上へと吹き飛ばされてしまう。とはいえ、彼女が稼いだわずかな時間でアイリはカオスファフニールとの距離を取ることができた。
「Aoiちゃん!」
「今は前を!Aoiならそう言います」
「うん、わかった。ファフニールさん、ダークストーム!」
『言われなくとも!』
「お願い、毒になって!ヒュドラブレス&ダークウェポン!!」
二度目の一斉攻撃がカオスファフニールに突き刺さる。アイリが放つは自身のスキルにより毒耐性すらも貫通できるヒュドラの毒。分身も合わせて無数に襲い掛かったそれの一つだけでもかかれと願った攻撃はカオスファフニールに毒の状態異常が付いたことを知らせるアイコンが点灯する。
「これで攻撃できないときでもHPを減らせる!」
じわりじわりと蝕んでいくヒュドラの毒。毒によるスリップダメージだけでは制限時間内に倒しきることは不可能だが、攻撃機会が大幅に削られている現状では大きな一手であった。
カオスファフニールが苦しみから解放されたいのか、先ほどよりも早く、より激しくアイリを付きまとう。
「先輩から任された以上はきっちりと仕事はやり通す!」
「俺たちのことは気にせず、走り回れ!」
アイリをかばい、次から次へと森へと落下していくプレイヤーたち。はやくはやくとダークストームのクールタイムの回復が終わるのを焦りながらも待ち続ける。
「終わった!行くよ、ダークストーム!」
再び得られた攻撃機会に待ち焦がれたかのように火力陣が攻撃を繰り出していく。順調に減っていくカオスファフニールのHPを見て、プレイヤーたちがいけると楽観している中、キングは焦りの色を隠せない。
(まずいな。タンクの消耗が激しすぎる。このままでいずれ彼女が落とされてしまう。あと総攻撃できる機会は良くて数回程度だろう。何か、起死回生の手段を考えなければ勝てる方法はない!)
キングが次善の策を思考していく中、ファフニールのダークストームが放たれ、カオスファフニールのHPをようやく残り7割まで削りきるが、残された攻撃回数、その限界まで刻々と近づいていくのであった。
上空でのプレイヤーたちの奮闘を他人事かのように眺めるチーターたち。すると、カオスファフニールの攻撃の余波で吹き飛ばされたユーリが近くに墜落してきた。
「あたた、Arthurさんから食いしばり系のスキルを教えてもらえなかったら死んでいた。ん? ボーっとしている暇あるなら手伝う」
「俺たちはお前たちの敵で……」
「チーター? 今はレイド戦。敵も味方もないでしょ」
「だからと言って……」
「一つ聞きたいことがあった。チート使って何が楽しいの?」
「それは……」
「言いよどむってことは楽しんでないってことでしょ」
「じゃあ、お前はどうなんだよ。お前の相棒のアイリなんてチートみたいなやつだろ。そういうのが近くにいたら……」
「劣等感にさいなまれるって言いたいわけ?」
「そうだ。俺だって近くで活躍する奴に追いつこうとしたさ。でも、追いつけなかったんだ!」
「だからなに?」
「えっ?」
「アイリは強いよ。私にできないことをたくさんできるし、強い装備も魔法も持っている」
「だろ。だったら……」
「でも、私はアイリにできないことをできる。ほかのメンバーだってそう。誰かができないことを自分がやって、自分ができないことを誰かがやる。そうやって協力するのがMMOの醍醐味しょ」
「誰かのために…………」
ここに来たのがアイリやArthurなどのレア職業、レアスキル持ちだったら、反発心を抱いていたかもしれない。だが、目の前にいるのは汎用職業でとりわけ強力なレアスキルを持たない一般プレイヤー。自分たちの言い訳は一切通用しない相手だ。だからこそ、彼女の言葉は彼らに届く。
「レア装備、レアスキルを全部そろえて、なんでもかんでも一人でできたらつまらないでしょ」
ユーリが再び戦場へと戻る。それを見送ったチーターたちは拳を固く握りしめ、走り出していく。眼前にいる『敵』を見据えて。
「【急成長】!」
ツタに引っ張ってもらい、カオスファフニールの攻撃をぎりぎりでかわす。戦闘開始時にはたくさんいたタンク職も残り数人程度。そしてダークストームのクールタイムが終わりを告げる。残り時間はまだあるとはいえ、戦力の疲弊状況からしてこれが最後の攻撃チャンスであることがはっきりと分かる。
「いくよ、ダークストーム!」
アイリの最後のダークストームがバリアを打ち消し、ファフニールを無防備にさらけ出す。そして、最後の一斉攻撃に混じって、地上から先よりも多くの火線が集中する。ここにきての援軍、その正体は彼女が知る由もないが、ユーリの言葉で心を揺れ動かされたチーターからの攻撃でHPの減少はさらに大きくなる。
(ここにきてのチーターの参戦。毒によるスリップダメージ。残してあるカリバーンとロンゴミニアドによるダメージを踏まえれば……)
「あと一撃だ。だが、現存するタンク職ではファフニールのダークストームまで耐えうることができない。誰でもいい。あのバリアを破ってくれ!」
「だったら、僕が何とかしよう」
「可能なのか、Arthur?」
「僕のカリバーンは魔を払う聖なる剣、闇属性への特攻兵装だ。邪竜のバリアを打ち破れるかもしれない」
(カリバーンを直接あてなければ倒しきれない可能性が高いだが……)
「どのみち取れる選択肢はない。ならば賭けに出るのも悪くはない。総員、Arthurの攻撃に合わせて最後の総攻撃を仕掛ける!」
アイリを執拗に追いかけまわしているカオスファフニールに当てようと待ち構える。だが、猛スピードで飛び回るカオスファフニールに100%当てなければならないArthurに重くのしかかる。いつもよりも体は重く、汗が止まらない。外れれば逆転できるすべはない。
(まいったね。あれほどの大口をたたきながら、このザマとは)
思わず苦笑する。とはいえ、No.1プレイヤーと呼ばれている以上、その債務を果たそうと狙いをつける。すると、ファフニールがカオスファフニールに大技でも放とうとしているのか溜めの長いブレス攻撃をしようとする。
いくらダークネスオーラがあるとはいえ、アイリとファフニールの攻撃で破られ続けた実績がある以上、その攻撃にもバリア貫通効果があると考えるのが普通だ。その攻撃をかわすにはアイリへの攻撃を中断し、その射線から逃れるのに方向転換しようと速度を一時的に緩める必要がある。その隙をArthurが逃すはずがなかった。
「いくぞ、カリバアアアアアン!!」
全身全霊を込めた一撃がカオスファフニールにぶつかる。ダークネスオーラが消失したのを見計らってプレイヤーたちが各々の最大火力が突き刺さっていく中、アイリはダークを呼び出す。
「師匠!分身やファフニールさんを呼び出したままロンゴミニアド撃てる?」
『コントロールが難しいぜ!失敗するリスクが爆上がりだが、やるか?』
「やる!!」
『即断即決!最高だな!!魔力リソース、一部開放!』
「一気にいくよ!」
『新必殺技、名付けて!』
「偽典・分裂せし殲滅の魔槍」
周りをぐるりと取り囲んだ分身たちから放たれる黒き魔槍。その一本一本がアイリが巻き散らかした毒の数々を吸収し、さらに火力が上昇した魔槍がカオスファフニールへと突き刺さる。プレイヤーたちの攻撃を受けて身動きが取れなくなっているのを見ながら、ファフニールは自分のブレスのチャージの火力を高めていく。体中の傷口から炎が吹きでて、この一撃を放てば体がちぎれるのではないかと思わせるほどだ。
『我が偽物よ、滅びよ!ダークネスギガフレア!』
ファフニールが極限まで高めたブレス攻撃がカオスファフニールにぶち当たる。うめき声をあげながら、カオスファフニールはそのHPを0にして墜落していく。
「やった!私たちの勝ちだ!!」
プレイヤーたちが歓声を上げ、イベントエリアからの退出がなされる。そしてイベント開始時の荒野に戻されたプレイヤーたちの前にはこの事件を引き起こした張本人バエルがいた。
「まさか、これほどまでとは……少々見くびっていたようだ」
「やいやい、よくもやってくれたな。今度はお前が戦え!」
「そうだ、そうだ!」
「よかろう。生半可な先兵は出さん。これより、貴様らが戦うのはソロモン72柱の一柱、バエル。そして……」
「バエルの旦那の前座としてこの俺、バルバトスが相手するぜ」
バルバトスを名乗るフードを被った謎の男性がバエルの横に並び立つ。夕日の逆光になっていることもあり、顔ははっきりとは見えない。そして、バルバトス討伐レイドGW開催決定のアナウンスが流れ、プレイヤーたちは強制ログアウトさせられ、長期メンテが始まるのであった。