第80話 天を穿つ魔槍
巨大な氷の結晶に映る自分の姿を見ながら、アイリたちは飛んでいく。最初は歩いていこうとしたが、足元が非常に滑りやすく、敵モンスターと戦闘になった場合、まともに回避もできず、攻撃することもままならないと考え、低空飛行することでその状況を回避しようとした。
「降りたらもう必要ねえのかと思ったら、飛行スキルがないと移動もままならねえんだな」
「飛行、騎乗を前提とした特殊クエスト。今までのようにはいかないというわけです」
「お前らの言っていることはよくわからねえが、団体さんのお出ましだ!」
フランが言うとおり、前方にはアイスゴースト、スノージャイアント、ブリザードドラゴンといった寒冷地仕様のモンスターがずらりと差し迫ってきた。それらを見たアイリは多数の分身を作り出して、一気に殲滅しようとする。
「ヒュドラブレス!」
毒竜の群れが敵モンスターたちに毒を浴びさせていき、ダメージを与えつつ弱らせていく。だが、毒の効き目がないアイスゴーストや魔法への耐性があるブリザードドラゴンらは毒の霧を潜り抜けてくる。
「ゴースト相手なら私にお任せを。セイントアロー!」
聖なる光を帯びた矢がいくつも放たれ、アイスゴーストを一撃で葬り去っていく。そして、スノージャイアントの相手をしているアイリにブリザードドラゴンが襲い掛かるも、キッドとフランがWカウンターを決め、吹き飛ばしていく。
「ドラゴンの相手は俺たちに任せな!」
「ワイドポーション!効果は半減しますが、飲む動作いらずで味方全員のHPとMPの支援ができます。気にせず大技を使ってください」
Chrisのバックアップを受けた4人は湧いて出てくるモンスターを片っ端から倒していく。元は急造のパーティーとはいえ、この1週間の特訓で連係プレーも習得した彼女たちに多少のレベル差があったとしてもすでに敵ではなかった。
無敵の進軍を続けてきた5人が奥へと進んでいくと、足元に紫色の毒の川が流れているのがわかる。出てくるモンスターも入り口付近と比べるとレベルが1~2程度高くなっており、アイテムの消費も激しくなってきた。
「この横穴……どうやらセーフティーポイントになっているようですね。一度休憩しましょう」
「はい。ちょっとアイテムを自動で作っておきます」
「俺も。素材の消費は荒くなるが、便利だからなオート作成」
アイテムを作っている間、各々持ってきた水や食料を広げて体力の回復に努める。熱泉が近いのか氷は少なくなってきており、ボス戦も近づいていることがひしひしと伝わってくる。
しばらくして、Chrisたちの準備が整ったところでさらに奥へと進んでいく。徐々に暑くなっていく環境。そして毒の薄いもやを潜り抜けていくと、そこには猛毒の泉が広がっており、紫と黒色を基調とした蛇のような長い胴体を持つドラゴンがユグドラシルの根元をかじって、自分の力にしていた。
「ん? 我の食事を邪魔する者は誰だ」
「アイリです。あの、指輪ありませんでした?」
「根っこに埋まっていた黒い指輪か。あれは我が食べた」
「食べた!?」
「この力は素晴らしい。ラグナロクで弱っていた我を全盛期に匹敵するほどの力を与えてくれたのだからな。それを奪おうとするのであれば、このニーズヘッグ、容赦はせん!!」
ニーズヘッグが先制攻撃を仕掛け、猛毒と呪いが混じったブレスを放っていく。それを上空へとかわすと、今度は猛ダッシュで近くにいたキッドを飲み込もうと大きく口を開ける。
「まずはその歯をへし折ってやるぜ!インパクトナックル!」
「毒が効きにくそうだから、ダークウェポン+【射出】!」
「セイントアロー!」
「ドラゴニックチャージ!」
「爆裂玉!」
ニーズヘッグの口に向かって攻撃を加えていき、飲み込み攻撃をキャンセルする。飲み込めないことで再度ブレスを放つも、単調な攻撃では飛行スキルを磨いた彼らには当たらない。それに激怒したニーズヘッグが発狂モードへと移行し、肌を褐色化させる。
「発狂モード早くない!?」
「ニーズヘッグは怒りに燃えてうずくまる者が語釈ですから、容易に発狂するのでしょう!」
「くそはええな、おい!」
インファイターであるキッドとフランが前衛を務めているが、発狂モードで攻撃とスピードが上がったニーズヘッグのクロ―攻撃を受け流すのが精いっぱいだ。Chrisもアイテムを片っ端から使い続け、彼らのヒール以外は困難となっている。
「動きを止めなければ……!」
「まずはパワードレインで!」
ニーズヘッグの力を奪い、自分のものにしたアイリは続けてざまに【花の祝福】とプラントクリンチによるコンボ攻撃でニーズヘッグを絡めようとする。だが、毒のブレスですぐさま枯らしていく。
「その程度の攻撃、我に効くと思ったか」
「枯らされるなら【急成長】!」
「何度やっても同じだ!」
襲い掛かる根っこを先ほどのツタと同じように枯らそうとするも、今度は耐えてニーズヘッグを絡めとる。
「エナジードレイン!」
「ぐぬお、我のブレスに耐える植物など……まさか!?」
「周囲の植物も操れるようになった【急成長Lv2】でユグドラシルを成長させて、プラントクリンチで拘束したんだよ」
「ニーズヘッグにはユグドラシルをかじる伝承はあっても切り落とした伝承はない。つまり、ユグドラシルはニーズヘッグの攻撃を唯一耐えうる植物となるというわけですね」
「そのあたりはあまり詳しくないけど、近くにある植物を利用した方がいいのかなと思って」
「だが、ユグドラシルの養分を吸い取れば……!」
「さっきまでのお礼だ。かじられないようにぶん殴ってやるよ!」
キッドとフランが突撃してユグドラシルの根をかじられないように顔面を殴り続けていく。ボスだけあってHPはじわりじわりとしか減っていかないが、身動きが取れないハメコンボを決めたアイリたちは時間をかけてニーズヘッグのHPを減らしていく。そして、20%以下になったとき、ニーズヘッグの周りに闇の力が集まりだし、一回り巨大化してユグドラシルの拘束から逃れる。
「人間ども……よくもやってくれたな。こうなれば貴様らの世界を滅ぼしてくれる」
そして、アイリたちの視界の隅に時間制限の表示が映し出され、ニーズヘッグがその場から逃げ出し、地上へと向かっていく。
「追撃戦か!」
「あれだけの巨体ならば狙う必要もない。セイントアロー乱れ撃ち!」
「ヒュドラブレス!ダークウェポン!」
多数の分身から繰り出される毒竜とヒュドラダガー、それに聖なる矢が逃走中のニーズヘッグに襲い掛かる。インファイトタイプのフランとキッドも微力ながら魔法攻撃で追撃するも、HPの減りは先ほどよりも遅く、制限時間内に削りきることはできない。
「くそ、近づくことができたら!」
「私たちの速さでは突き放されないようにするのが精々だ」
「わかりました。なんとかしましょう」
「マサトさん、何か手があるんですか!?」
「ええ、もちろんです。使うのはニーズヘッグ縦穴を飛行しているとき。つまり、最後の攻撃チャンスが俺たちの最大のチャンスだ!」
「熱くなって素が出ているぜ、おっさん」
「おっさんではない!コホン、とにかく、今は少しでも削りましょう!」
マサトの言葉を信じて、ニーズヘッグのHPを削っていく。残り十数%を残し、縦穴にたどり着いたニーズヘッグは垂直に飛んでいき、ぐんぐんとその速度を上げていく。
「追いつくどころか、引き離されているぞ!」
「攻撃はまだか!」
「まだです……」
マサトは弓に力を入れ、狙いを澄ましていく。手は緊張のあまりに汗でぬれ、少しでも気が抜ければ滑ってしまいそうだ。そして、刻々と過ぎていく制限時間。残り時間はすでに1分を切っている。
「マサトさん!」
「マサト!」
「……見えた!精霊魔法、月女神の一射!!」
ビームのような極太の光を放ちながら、縦穴から出ようと無防備にさらけ出したニーズヘッグの腹部を射抜いていく。矢が突き刺さったニーズヘッグはゴール地点を通り過ぎて、天井にぶつかる。動きを止めたニーズヘッグにキッドとフランはこれまでのフラストレーションを晴らすかのように大声で叫ぶ!
「精霊魔法、ガイアクラッシャー!」
「ドラゴニックマキシマムチャージ!」
二人の最大攻撃が突き刺さり、ニーズヘッグが天井に食い込んでいく。そして、二人がその場から離れたとき、Chrisのチャージはすでに終えている。
「火炎瓶全数使用、最大火力のプロミネンスバーン!」
天井の岩をマグマのように溶かす、いや蒸発させるほどの熱量がニーズヘッグを襲うもまだHPが5%以上残っている。
「まずい、いくらアイリさんの精霊魔法ダークカタストロフが残っているとはいえ、この量は削りきれない!」
「大丈夫。マサトさんがつないだこのチャンス、必ずモノにします。ダーク師匠!」
『ひひひ、アレを使うには最高のシチュエーションじゃねえか!』
「いくよ、精霊魔法!」
『魔力リソース全開放!手持ちのポーション全部使用!』
「ダークカタストロフ、収束開始!」
アイリの片手には本来放つはずのダークカタストロフ、その塊が浮かんでいる。巨大な塊だったそれが徐々に小さくなっていき、人間大の球体へと変わっていく。
『いいぜ、いいぜ、形状変化開始だ!』
黒い塊が粘土のように姿を変え、黒い槍へと変貌していく。それは一振りで数百、数千の軍勢を薙ぎ払ったといわれる伝説の武装、その再現体――
『魔槍抜錨!』
「偽装・闇に堕ちし聖槍!!」
使用者の状態異常を払う聖槍の機構が反転し、周りにある状態異常さえも己の力として吸収する状態異常特攻兵装となった魔槍がニーズヘッグとアイリがまき散らした毒どころか、ダンジョン内にある泉の毒と呪いさえも己の力として吸収し、禍々しく光り輝きながらニーズヘッグに突き刺さる。
「ぐおおおおおおおおおお!!」
魔槍がニーズヘッグを持ち上げ、天井を突き破り、黒い一筋の光となりて天すら貫いていく。自慢の毒も呪いも吸収される魔槍に抗うすべがないニーズヘッグは打ち上げ花火のごとく空中で四散するのであった。
ニーズヘッグ初撃破、ボーナス
パーティー全員にスキルポイント50ポイント付与
世界初撃破ボーナスとして選択スクロールを付与しました
スタン状態に陥ったアイリをフランがキャッチすると、頭上からきらりきらりと黒い指輪が降りてくる。そして、アイテム欄に移ったそれは魔王の指輪Rと表示されていた。
「これでティアマトさんの封印が解けたのかな」
「ここから先は私たちが手伝える領域ではなさそうですね」
「マサトさん、キッドくんお世話になりました」
「別にいいってことよ。ニーズヘッグ討伐で色々ともらえたしな」
「こうして一緒に戦えたのも何かの縁です。フレンド登録しましょう」
「こちらこそお願いします」
マサトとキッドとのフレンド登録した後、夜遅くなったこともあり、日を改めてアイリは一人でクエストの続きをするためティアマトがいる魔王城の地下へと向かうのであった。