第78話 ドラゴンの里
巨大な樹木の下に行くと、女騎士が「じっちゃんいるか」と叫ぶ。すると、上空から鋼色のドラゴンが降りてくる。体には幾万の傷跡が残っており、歴戦の勇士であったことが伺える。
「なんじゃい、騒々しい。それにその者は?」
「客人だ。聞きたいことがあるって」
「フラン、お前さんが招き入れるのは珍しいのう」
「油断していたとはいえ、私を打ち負かせる程には強い」
「ほう、それは将来有望じゃな」
鋼色のドラゴンが大樹にふれると、魔法で隠されていた穴が開かれ中へと入っていく。アイリたちがその中へと入っていくと、そこには外見からは考えられないほどの広い空間が広がっており、端が視認できないほどだ。
「いったいどれだけ広いんだ、ここ?」
「人が視認できる距離はだいたい4kmって聞いたことはあるよ」
「マジか!すげーな」
「今までのダンジョンが洞窟タイプだったのでどれだけ広くても違和感はありませんでしたが、ゲームで建物と内部の大きさが明らかに違うのを体感するとなかなか……実に興味深い」
「そういうものなのですか?」
「ええ、今でこそVRを利用した立体映像は珍しいものではありませんが、私が小さい頃のゲームは画面上に映る二次元のキャラを動かすだけです。こうやって自分がゲームの中に入るとどちらが現実なのかわからなくなってしまいそうです」
パーティー最年長のマサトがしみじみとゲームのすさまじい発展を実感しながら、空を飛んで応接間に入っていく。と言っても、その部屋には値打ちがありそうな剣や盾が無造作に転がっているだけである。
「この装備品もらえたりしねえかな」
「その昔、ワシに挑んできた勇士たちのものじゃよ。今、手にしているのはアルミィという女剣士が握っておったものでな、あの早い斬撃は手こずったがスタミナがちょいっと足りなかった」
「つまり、この柄にある黒ずんだシミって……やっぱいい。呪われそう」
「それが良いじゃろうって。で、話とやらは?」
「魔王の指輪がどこにあるかご存じでしょうか?」
「指輪は知らんが、前魔王の●●●●。うむ、認識阻害の魔法か。めんどうじゃな。彼女が来てくれたおかげでこのユグドラシルが再活性化してくれた。じゃが、ここ最近ユグドラシルの魔力の回りが悪い。もしかすると、ユグドラシルの最深部になにか仕掛けがあって異常をきたしのかもしれん」
「前魔王っていうと……ああ、あの黒づくめの女か。目つき怖えけど、私を見ても偏見を持たないいい王様だったのにな」
「ここと同じく力で支配する、弱肉強食の掟はティアマトによって増殖しすぎた魔族のせいで無秩序になっていた魔界を統治するのに最適なものではあったからな」
「もしかして前の魔王様ってそんなに悪い人じゃない?」
「彼女がいなかったら、今頃地上は魔族によって踏みにじられ、人は隷属の道をたどっていたかもしれん。そういう意味では彼女も英雄なのだ。それゆえに、なぜ彼女がアーサーが統治していた地上に反旗を翻し、天下統一しようとしたのかはワシにもわからん」
「クーデターで跡を継いだソロモン王が地上と同じく社会構造を作ったが、結局最後はだましあい、殴り合い、そう簡単には魔族の性ってのは変えられなかったけどな」
フランの言葉を聞いてアイリはソロモンとあった時のことを思い出す。あのとき、暴力を振るわないプレイヤーを招き入れたのはもの珍しさだけでなく、政権を奪取しても力での抑圧でない社会を作れない中、善良なプレイヤーがいれば魔界の住人達も感化されるかもしれないと考えていたのかもしれない。
そう考えていると、マサトが手を挙げて質問する。
「それで肝心のユグドラシルの最深部に行くには? 見たところ、ここには地下に続くような階段はなさそうですが」
「ついてくるといい」
外に出ていった長老に案内され、【飛行】の制限時間目いっぱい使って深い谷底まで降りていく。そして、人が通れるほどの狭い隙間にフランが入っていくのを見て、アイリたちもそれに続く。そして、彼女が立ち止まった先には、そこが真っ黒で何も見えない縦穴がぽっかりと広がっていた。
マサトが小石を投げ捨て、どれほどの深さがあるのか試すも反響音は一切聞こえない。
「これは【飛行】の時間でおりきるのは不可能では?」
「墜落死します」
「どうやって降りようか?」
「飛べねえなら、すげー長いロープを使って降りるとかパラシュートを使うとか」
「やめときな。ユグドラシルに寄生しているモンスターもいる。そいつらが襲い掛かってくるぞ」
「だと思った。なんかねえのかよ」
「ない。お前たちは空を飛べるんだ。飛行に慣れたらそこまで行けるんじゃないか」
フランが踵を翻し、これ以上の探索はできないことを悟ったアイリたちも一度この場所から離れる。そして、ユグドラシル内部で作戦会議を開いていた。
「パーティー枠は2人分あります。テイマーを連れていくというのはどうでしょう?」
「テイマーが出せるのは2匹。1匹はテイマーが乗らないといけないから、残り1匹をタクシー代わりにしても人数が足りねえ」
「ですが、ケイさんのアクアドラゴンならば、数人乗せても大丈夫なのでは?」
「ケイは受験勉強中だから3月までは遊べないかな」
「困りましたね……社会人の身としては3月はまともにログインができません」
「それに早くクリアしないと他の飛行もちに初回クリア報酬奪われちまうぜ」
「長老は何かいい案ありませんか?」
「おぬしらが長く飛べたらいいだけじゃろ」
「それができたら苦労はしませんよ」
「【飛行Lv1】とかならLv2まで上げる手もあるんだけどな」
「そのあたりはよくわからんが、お前さんらがその力を使いこなせているとは言えん」
「へえ~、だったら爺さんが鍛えてくれるのか」
「若いもんのことは若いもんに任せるわい」
部屋の外には3体のドラゴンたちが並んでおり、フランがそのうちの1体に乗って外に出ていく。アイリたちも外に飛んでいくと、ドラゴンの口から火球が飛んでくる。
「何するんですか!」
「特訓だ、特訓。お前たちのやっているのは地上の時と大して変わらねえ。三次元の動きを教えてやる。ライト、ファン、コーク、行くぜ!」
「うわわわ……」
ドラゴンが放った火球をとっさに右にかわすと、アイリの視線の動きからそれを読んでいたフランが槍をもって突撃してくる。逃げ場がなく高速移動できるスキルを持っていないアイリはそのまま吹き飛ばされ、HP1残してリタイアに。
「手加減はしてやるが、油断はしない!」
「これならどうです。閃光玉」
「目くらましがどうした!」
「【精霊の加護】で強化、ソニックアロー!」
「この風切り音は……なるほど視覚を封じてからの狙撃か。狙いは悪くない。だが、いくら早くても単調な攻撃が通用するのは格下相手だけだ」
フランが跳躍してマサトの音速の矢をかわす。だが、それを読んでいたキッドが彼女の背後に周り込んで殴りかかろうとしている。
「これは囮か……!」
「薬師ならドーピングアイテムがぶ飲みできるからな。スピードとパワーを大幅にアップさせてもらったぜ!くらいな、ヘビーナックル!」
「だが、いったはずだ。油断はしないと……【竜化】!」
フランが特殊スキルを使うと体中が白い鱗で覆われ、大きな翼としっぽが生えてくる。そして、キッドの拳を受け止めたフランが邪魔者扱いするかのように投げ捨てる。
「ライトニングア……」
「私を狙うのもいいが他の二匹の動向も見ろ」
「しまった!?」
「いつの間に足元に!?」
ドラゴンの体当たりで吹き飛ばされたマサトとChrisがノックアウト。パーティー全員が戦闘不能になったことで戦闘訓練が終了となった。
「空中戦ってのは地上と違って上下の動きもあるんだ。頭上・足元への移動も考えろ!注意を向けろ!」
「なかなか難しいよ、これ」
「なあに、明日筋肉痛で動けなくなるまで動けばなれるだろ」
「ひいい~」
「俺の姉ちゃんよりも厳しいぜ」
「この令和にスポ根少女がみられるとは……」
「頑張りましょう」
4人はバレンタインイベントのことを忘れて、しばらくの間、フランとの特訓をするのであった。