第77話 竜の渓谷
1月下旬。アイリは指輪のことを聞くため、ヴィヴィがいるであろう赤い月がでる晩を狙い、マーサの家へと向かった。中に入ると、彼女の来訪を待ち受けていたかのようにヴィヴィがテーブルについていた。
「待っていたぞ。私に聞きたいことがあるのだろう」
「はい。ティアマトさんの封印をしている指輪の場所知りませんか?」
「知っている。竜の渓谷にあるが、ゴルドランから行くには飛行系スキルが必要になるだろう」
「【飛行】があるから大丈夫です」
「ならば行くがいい。だが、決して一人で向かうではないぞ」
「分かりました。Chrisちゃんと一緒に行きます」
ヴィヴィのアドバイスを受けたアイリは翌日、Chrisと一緒にゴルドランから北上していき、空を飛びながら渓谷を探索していく。鉱山の影響もあって木々がほとんど生えていない山々を縫いながら、空を飛んで調べていると他の人の声が聞こえたので、振り返ると二人のプレイヤーがいた。
二人ともアイリと同じハイエルフで成人男性は矢筒を背負っており、もう一人の金髪の少年がアイリをみて騒ぎ立てている。
「生の魔王様初めて見たぜ!」
「キッド、マナー違反ですよ」
「わかったよ、マサト」
「あの、すみません。よければ、クエストの手伝いをしていただけませんか」
「ええ、構いませんよ。こちらもまお……失礼。アイリさんのおかげでハイエルフになれたのでいつか恩を返さないと思っていたので」
「じゃあ、パーティーに入るぜ。俺はキッド。今は【掲示板の住民】に所属しているが、本来のクランは合併しちまって【サンダーバード】所属、職業は薬師だ」
「私と同じ職業です」
「マサトと言います。ダークエルフ攻略のため、キッドと同じく【掲示板の住民】に所属していますが、本来は【サンダーバード】所属の弓使いです」
「マサトさん、キッドくん、よろしくお願いします」
受注しているクエストについて2人に話すと、魔王城に入ったという冒頭の出だしで度肝を抜かれていた。彼らからすれば、キャメロット城の入城条件がCランク以上だったので、魔王城の入城条件もBランク以上だろうと考えていたからだ。
「いやはや、ここまでくるとあきれしかでません」
「俺も城はいれるようになったら、そのティアマトってやつに会ってみよう」
「俺たちにそれができるかはわかりませんがね。ほかにも条件がありそうなので、掲示板への書き込みは後にしておきましょう」
「えっ~、せっかく目立つチャンスじゃん」
「書くとしても殴らないイベントで魔王城に入城でき、特殊なクエストを受注できるくらいでしょう」
「じゃあさ、それ、俺書いてもいい?」
「アイリさん、この情報を広めても構いませんか?」
「はい。ユーリちゃんに殴らない選択肢のことを広めてもらったので、それくらいなら大丈夫です」
「よし、ログアウトしたら書き込むぞ」
パーティーにキッドが入りました
パーティーにマサトが入りました
心強い仲間も増え、4人で竜の渓谷をくまなく探索していると、上空でドラゴンの群れが洞窟の中に入っていくのが見える。巣だろうかと思い、近づいていくと背後から攻撃される。そこには鎧をまとった女騎士がドラゴンにまたがっていた。
「そこの怪しい奴、貴様ら何者だ!」
「私たち怪しいものではありません」
「怪しい奴はそういうんだ。ぶっ倒してやる!」
「話聞いてよ!」
「先手必勝、ドラゴニックチャージ!」
猛スピードで手にした槍をアイリに突き刺し、岩肌にたたきつける。【黄泉がえり】が発動したことで、女騎士に呪いが付き、アイリがHP1で復活する。
「たった1撃でアイリが……!?」
「魔王の防御は決して低くなかったはず……!」
(空飛んでいるからシャドーダイブが使えない……)
「はっ、正体を現したな!呪いをかけてくるってことは高位のアンデッドモンスターだろ!もう一発、ドラゴニックチャージ!」
「そうはさせないよ。ヒュドラブレス!」
「だったらスペルブレイクだ!」
「打ち消された!? でも、同じ攻撃は食らわないよ。【急成長】+プラントクリンチ!」
さっきたたきつけられた岩壁から植物のつたが伸びていき、アイリの体に巻き付き女騎士の車線から離脱させる。そして、攻撃をかわされた女騎士が一度速度を落として旋回し、アイリに向かおうとしたとき、マサトの矢が彼女の兜に命中する。
「こちらにも戦うものがいますよ。ハンドレッドアロー!」
「そんなへなちょこ攻撃、効くかよ。ドラゴニックシールド!」
魔法陣が描かれた透明な盾が彼女の前に出て100本の矢、すべてを防ぎきる。だが、その矢の影に隠れてキッドが急接近する。
「食らえ、俺の精霊魔法、ガイアクラッシャー!」
キッドが放った拳打はその小さな体からは想像できないほどの火力を放ち、ドラゴニックシールドを打ち壊すどころか、壊した衝撃波で騎乗しているドラゴンを吹き飛ばすほどだ。
「くううう……」
「今です、閃光玉!」
「目くらましなど!」
女騎士の視界を覆いつくさんとするほどの光によって彼女の影が近くの岩肌に映し出される。アイリが待ち望んでいたと言わんばかりにシャドーミラージュを使い、その影から自身の分身を作り出す。
「目くらまししている間に背後を取ったところで!ストームジャベリン!」
分身を消したところで、本体が別のところにいることに気づく女騎士。だが、アイリの反撃の準備はすでに整っていた。
「【精霊の加護】で強化したカースインフェルノ!」
さらに距離を取らせた分身たちもカースインフェルノを放つことで、スペルブレイクをもう一度使われたとしても、時間差によって到達するそれらを全て打ち消すことはできない。黒い炎に包まれた女騎士が地上に落ち、戦闘は終了するのであった。
「くっ……辱めを受けるくらいなら殺せ」
「くっころ騎士……薄い本以外にいたのか!?」
「殺さないからね!辱めとかもしないよ」
「では、何のために来た」
「魔王の指輪って知らない? ここにあるはずなんだけど」
「聞いたことがない。でも、じっちゃ……長老なら知っているかもしれん」
「その長老さんに会わせてくれないかな」
「……悪い奴ではなさそうだ。案内しよう、ついてこい」
女騎士の後を追いながらアイリたちは洞窟の中を歩いていく。ドラゴンが頻繁に出歩きしているせいか、道は踏みつぶされて平坦であり、思っていた以上に歩きやすい。そして、出口を抜けるとそこには存在しないはずの豊かな自然、その中央部には天を衝くほどの巨大な大樹、空にはドラゴンらしき影が悠然と空を飛んでいる。
「ここが私たちが住む、ドラゴンの里だ」