第73話 ワイバーンの依頼
今日はLIZも入れた6人で東の森を探索していく【桜花】メンバーたち。今のところ、昨日であった文字化けモンスターは出てきていない。
「プレイヤーがモンスターにねえ……」
「そんな魔法、攻略サイトにもないし……変なトラップでも引っかかったのかも」
「ユーリちゃん、そういうトラップってあるの?」
「このゲームでは知らないけど、モンスターに変身したことで味方の攻撃が当たったり、モンスターと会話して謎解きに利用したりして進めるのはよくある話」
「そうなんだ」
だとすれば、この森にはプレイヤーをモンスターに変えて他のプレイヤーを襲わせるようなトラップがあるのかもしれないと、ユーリがトラップに気を付けながら先頭を歩いている。犠牲になった人たちには申し訳ないが、アイリたちが情報を手に入れたことで対策ができるようになったのは幸運ではあった。
「NPCと仲良くならないと発生しないイベントも多いみたいだし、これからも暴力を振るわない選択肢を取らないと……」
「でもよく考えたら、すぐ手をふるうような人に良い情報なんて流さないわよね」
「LIZさんの言うとおりです」
「ゲームだからって無法を働いたらダメってことだね。もうすぐ森を抜けるよ」
おそらく一番乗りでなるであろうワイバーンの群生地へとたどり着いた【桜花】メンバーたち。するとそこにはワイバーンたちが大きな翼を広げてゆったりとくつろいでいる姿があった。突然襲われないかとユーリが恐る恐る近づいていくが、至近距離まで近づいても攻撃してくる気配はない。
「触れても無抵抗……本当に敵モンスター?」
「ホエールウォッチングならぬワイバーンウォッチングができそうね」
「敵として認識されてないというか敵対する意思がないって感じ」
「ロビンさんが守っていたおかげかも」
「それは一理あるかもしれないわね」
さすがに攻撃する意思のない無抵抗なワイバーンたちに攻撃するのも忍びないため、ワイバーンたちから少し離れたところで昼食をとることにした。
「LIZさんのサンドイッチおいしい~」
「料理スキルが上がったのもあるけど、最近は現実でも料理にはまっているのよ」
「やっぱりゲームがきっかけ?」
「まあね。独身の身としては作っても誰もほめる人はいないけど、ここだと喜んでくれる人がいるから気合の入れようが違うわ!」
「はい、わたしもゲームが現実です」
「ミミちゃんはいくらなんでもログインしすぎ」
「お医者さんからの許可は貰っているので大丈夫です」
「まだ入院しているんだ。どんな病気?」
「赤い車と当たって、体が動かせないんです。でも、最近は少し良くなっているんです。早くお外で遊びたいです」
「骨折かな……リハビリ頑張って!」
「はい!」
ユーリたちがワイバーンを見ながらもぐもぐと食べているとき、AoiとChrisは花の冠を作っていた。
「Aoiは手先が器用ですね」
「小さい頃、よく作っていたのよ。はい、できた」
「わたしも欲しいです」
「はいはい、ミミちゃんの分も作るわよ」
Aoiが冠を作っている様子をほほえましく見ていたLIZが何かに気づく。
「ねえ、何か聞こえなかった?」
「スキル【鷹の目】……向こうにNPCがいるみたい。ちょっと様子見てくるね」
ユーリが気配を消しながら、そっと岩場の影を覗くとワイバーンをとらえようと攻撃している魔族の姿があった。
「禁猟区域なんざ魔王様が勝手に決めたことだ」
「ゲヘヘヘ、ワイバーンは人間に高く売れるからな」
「あいつら、生きていても死骸でもおいしいのはそうそうないぜ」
(密猟団みたいなものかな。アイリたちに来るように伝えてっと……)
数はそこそこ。だが、ワイバーンとの戦闘で大立ち回りを演じているあたり、腕はたちそうだ。アイリたちが来るまでおとなしく待つのが正解なのだろうが、ユーリは煙幕を張りながら果敢にも飛び出していった。
「なんだ、同業者か!?」
「残念だけど大ハズレ!分身の術からの風遁・乱舞の太刀!」
高速分身スキルも取ったことで、分身も合わせて5体のユーリが周りにいる密猟団を切り裂いていく。だが、さすがは魔族といったところか、一撃では落ちず、それどころか背中合わせになって辺りを警戒するなど頭はさえているようだ。
「固まっているなら、これの出番。口寄せの術・大ガマガエル!」
ドロンと現れたのは巨大なカエルのモンスター。カエル自身の動きは鈍いが、捕食しようとした瞬間の舌の速さはユーリがその身をもって味わっている。ならば、味方にすれば心強いと考えていたのだが……
「カエルの姿が見えた時点でタゲがこっちにくるから、攻撃する暇もなくやられるのよね。でも、奇襲と煙幕で混乱しているこの状況なら!」
大ガマガエルが大きく口を広げて一塊に集まっている密猟団を巨大な舌で巻き付け、ぺろりと飲み込む。腹の中でしばらくの間動きはあったものの、ほどなくしてぴたりと動かなくなる。
「ユーリちゃん、大丈夫?」
「ちょうどやっつけたところ。ミミちゃん、ワイバーンが傷ていているから治してあげて」
「はい。ワイドヒール!」
密猟団によって傷つけられた身体が癒えていくワイバーンたち。すると、彼らよりもひときわ大きい体を持つハイワイバーンが上空から飛来する。
「同胞をやったのはお前たちか?」
「ワイバーンがしゃべった!?」
「いや、どうみても私たちが助けた側でしょ」
助けられたワイバーンたちも「この人たちは違う」と言わんばかりに首を横に振る。それをみて、ハイワイバーンも事情が分かったのか、地上に降りて翼をたたむ。
「これは失礼した。このあたりは我らを狙うものが多くてな。友好的な人間たちを見かけるのは久しぶりだ」
「だったら引っ越したらどうなの?」
「うむ。だが、以前住んでいた場所は凶暴なドラゴンに居場所を奪われてな。傷ついたものも多い。こことは別の場所となると探すのに時間がかかる」
「だったら私たちでそのドラゴンを倒せば問題なしってことでしょ」
「任せてもいいのか」
「もちろん!でも、行く前にそのドラゴンのことを教えて。事前情報があれば対策もしやすいもの」
「うむ。奴の名はクリムゾンバーストドラゴン。奴が作り出す暴風と熱風を突破するのは我でも苦労する。空を飛べぬ者では太刀打ちすることもできぬ相手だ」
「空中戦のスキルやテイムモンスターを用意したうえで挑んだ方がいいってわけね」
「新参者の私が言うのもなんですけど、今のパーティーでは厳しい気がします……」
「うん、私もそう思う。せめてケイがいれば空中戦ができる戦力も増えるけど、今は受験勉強中。だから、このクエストは春休みまで後回しにしたいんだけどいいかな。多分、その間に他のクランに初クリアボーナスとかは奪われるとは思うけど」
「うん、ユーリちゃんがそう決めたならいいよ」
「私も反対しません」
「お姉ちゃんたちが決めたならそうします」
「そうね。年度末は忙しいから、前もって二人の装備の準備はしておくわ」
「そういうわけでもう少しだけ待ってくれるかな」
「構わん。それまでに代替地が見つかるかもしれんからな」
ユーリがハイワイバーンとクエストの約束を取り付けたとき、LIZが手を挙げて質問をする。
「一つ聞いていいかしら」
「なんだ、ドワーフの娘よ」
「ワイバーンの鱗とか爪とか牙って貰えたりとかしないかしら」
「生え変わったものなら、そこらに落ちている。好きなだけ拾うがいい」
ハイワイバーンのお墨付きをもらい、LIZは地面に落ちている鱗を拾いはじめる。拾ったものには【ワイバーンの鱗(壊)】等と書かれているが、まったく使えないわけではない。複数の素材を握りしめて生産職専用の魔法を唱える。
「【素材修復】」
手の中にはきらきらと光り輝く【ワイバーンの鱗】があり、修復が完了していることがわかる。そして、この場所には修復できる素材はごろごろと転がっている。LIZからすれば、この場所はお宝の山にしか見えない。
「さあ、日が暮れるまで素材集めよ!」
【桜花】メンバーはワイバーンの群生地で鱗や折れた爪などを拾い、市場で高く取引されているワイバーン素材で自身の装備を強化しようとするのであった。