第72話 バグモンスター
昨日はPKも出たこともあり、チーターでなくても模倣犯が出るかもしれないとソロで出歩くのは当面控えることにして、アイリはミミと一緒に魔界探索に出かけることになった。
「今日は森の中で暴れているモンスター退治だよ」
「はい。ミミ、みんなの分まで頑張ります」
二人が東の森の中へと入っていくと、色違いの地上のモンスターがうじゃうじゃと湧いて出てくる。カラーリングが黒色になっただけとはいえ、表示されているレベルは地上のそれとは比べ物にならないほどに高い。
「ブラッディミラージュ!」
3体の分身を作り出したアイリがヒュドラブレスを唱え、ダークウルフやシリアルキラービーなどに毒を浴びさせていく。1撃で倒せなくても4人分の攻撃と見る見るうちにスタックがたまる毒でたちまちモンスターたちが倒れていく。
「出てくるモンスターも色は違うけど、なんだか始めたころに戻った感じ」
「はい、このままサクサク進みます」
昨日の酒場の魔族が言うには方向感覚を狂わせると聞いたが、目印をつけながら移動すれば問題ないのではと考え、木に横線を入れたり、枝にハンカチを結んだりして進んだ道がわかるようにした。
しばらく歩いていくと、まっすぐ進んだにもかかわらずハンカチを結んだ木が目の前に現れる。
「もどっちゃいました」
「ってことはユーリちゃんの鷹の目がいるのかな」
「今日は別パーティーです。どうしますか?」
「う~ん、今日は素材集めにしようか。討伐依頼も受けているし」
「わかりました」
というわけで、予定を変更してモンスターを狩ることにした二人は森の中を適当にさまよっていく。何度も入り口に戻ってもなんのその、なんならギルドに戻って他のクエストを受けるちょうどいい機会程度にしか思っていない。最初に受けたクエストを忘れるくらいに歩き回った二人はそろそろ森から出ようかと思っていた時、ソレと出会った。
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「なんでしょうか、あのモンスター?」
「名前欄が文字化けしているね。見た目は骸骨剣士だけど」
「ここでは初めて遭遇するモンスターです」
「レベルもこのあたりのモンスターにしては低いよね」
グラフィックもノイズ混じりのおかしなモンスターと遭遇した二人。運営に報告した後、骸骨剣士の出方をうかがっていると、こちらに気づいたのかズシズシと走り出してくる。
「よくわからない相手だけど、勝負!」
「リジェネレートかけておきました」
「まずは出方を見るよ、ブラッディミラージュ!シャドーミラージュ!」
分身を作ったアイリはポイズンショットで様子を見る。ダメージは期待できなくても、7人分の攻撃をまともに受ければ、毒状態くらいにはなる。
「スキル【加速】」
「モンスターがスキルを使った……!?」
今まで、モンスターが魔法や技を使ってきたのを見たことはあれど、プレイヤーと同じスキルを使ったのはこれが初めてであったアイリは反応が少し遅れ、骸骨剣士に懐に潜り込まれる。
「しまっ……」
「スキル【連撃】」
「ホーリープロテクション!」
骸骨剣士が両手に握った剣でX字に切りかかるも、ミミの防御バフが間に合い致命傷には至らない。周りにいる分身からの攻撃を受けた骸骨剣士は再び距離を取り始める。
「今、回復します」
「ありがとう。あのモンスター、攻撃力が高くて結構痛いダメージ食らうよ」
「アイリお姉ちゃんがこれだけのダメージを受けるなら、私は一撃でやられます」
「まずは火力を落さないとね。パワードレイン!」
分身体と合わせてパワードレインをし、骸骨剣士の攻撃力を大幅に落とす。たとえ1人分が現状の1割しか落とせなくても、7人もいれば相手の攻撃力は半減する。もとの数値が高いせいか動きが鈍るようなことはないが、それでもアイリにとっては十分すぎるほどの数値を奪っていた。
「ダークウェポン+【射出】!」
分身体からも一斉発射された黒いヒュドラダガーが骸骨剣士に突き刺さっていく。毒に侵され、強化された肋骨が砕けながらも襲い掛かる骸骨剣士。その気迫に負けじと二人は思いっきりこの攻撃に力を籠める。
「デッドリーブレス!」
「ホーリースピア!」
毒竜と光の槍と対照的な攻撃が骸骨剣士を襲い、消滅していった。思わぬ強敵との戦いだが、勝てたことに一安心し、その場に座り込んで水分補給がてら甘酸っぱいポーションを飲み始める。
「強かったです」
「隠しモンスターみたいなものかな。あとでユーリちゃんに教えよう」
そう思ってきた道を戻ろうとしたとき、今度は骸骨剣士1匹と獅子の頭と蝙蝠の羽、蛇のしっぽを持つキメラが4体現れた。そしてキメラも骸骨剣士と同じくグラフィックは乱れ、名前欄も文字化けしている。唯一共通なのはレベルが45であるところだけだ。
「先の骸骨さんの仲間でしょうか?」
「そうだろうね。数で押されているけど、やるしかない!」
たった二人で通常よりも強力なモンスターたちに立ち向かおうとする姿を、木の上から身を隠すように見ている者がいた。
「――の旦那、こればかりは見逃せませんよ」
クロスボウを構えた緑の外套を着た獣人の男性が二人の前に立つ。そして、メッセージウィンドウにはNPCロビンフッドがパーティーに参加しましたと表記される。
「ロビンさん?」
「今回ばかりの助っ人だ。よろしく頼む」
「はい、お願いします」
「元気のいい奴は嫌いじゃないぜ。それじゃあ、先に撃たせてもらいますか。スタンショット!」
クロスボウから放たれた電撃をまとった矢に貫かれたキメラがしびれ、動きが止まる。そのすきを逃さんとアイリがヒュドラブレスで敵全体に毒をまき散らそうとする。
「ひゅ~、俺の知り合いに負けず劣らずの良い魔法じゃないの」
「魔導士の知り合いがいるんですか?」
「……ちょいとな」
「スキル【瞬足】」
「おっと、ワンコにしてはえらい速いなっと!」
ロビンが身軽にジャンプし、猛スピードで突っ込んできたキメラを木に激突させてよろめかせる。
「ダークサンダー!ロビンさんが囮になってくれているから楽です」
「狙われているこっちは生きた心地がしないけどな!ワンホールショット!」
「ホーリースピア!」
2連撃で放たれた矢が骸骨剣士の首を弾き飛ばし、動きを封じ込めている隙に光の槍が骸骨剣士に突き刺さり消滅させていく。
「生ものはエルフの嬢ちゃんの毒が回ったようだな。あと1匹!」
「アクアプレッシャー!」
「ホーリーバースト!」
3人の攻撃が最後の骸骨剣士に突き刺さり、倒れていく瞬間、彼女たちは見た。モンスターのグラフィックが一瞬だけ人の顔をしていたことを。
「えっ……」
「あのへんてこりんなモンスターは人が化けていたってことっすかね」
「でも、あの顔どこかで……」
「あのこんがり具合、LIZさんをナンパした人に似ている気がします」
「ああ、そういえば!でも、ちょっと待って。それだとプレイヤーがモンスターになっていたってこと?」
「モンスターに化ける変身魔法ねえ……まあ、そのあたりはこっちで調べておくとして」
ロビンフッドがじっくりと二人の顔を見つめる。まるで何かを値踏みしているようだ。そして、その査定が終わったのか、その顔を引き離す。
「あんたらは魔族と仲良くやっているみたいだ。なら、この森の結界の例外にしてやる。お前たちのお仲間さんにも伝えてくれ」
「クランメンバーなら、迷わずに森の中を探索できるってことかな」
「そういうことだ。あとこの森で俺の名を呼んでも今回みたいに手を貸さないからな。そこはよーく覚えておけ」
「はい、今日はありがとうございました」
「ロビンお兄ちゃん、ありがとうございます」
「おうよ。結界をいじくるのに時間かかるから、探索するなら明日にしろ。出入り口まではおくってやる」
ロビンフッドの案内で迷うことなく森の入り口まで送られた二人は今日の戦果をギルドに報告した後、ログアウトするのであった。