第70話 チーター
王都に戻ってきたアイリたちは年末レイドで戦場になっていた城壁前へと向かっていく。ワイバーンの攻撃であちこちが焼けているものの、ファフニール戦のような大きな損害には至っていなかった。
「この中にバートンさんはいませんか――!」
「ん? 何の用だ、嬢ちゃんたち!」
鉢巻をしている職人気質なおじさんが下りてきて、アイリたちの話を聞き始める。吸血鬼からの依頼を聞き終えたバートンは難色を示すような顔をしている。
「その依頼は魅力的だが、今の仕事が遅れているんでね。悪いが、この話はなかったことにしてくれ」
「遅れているっていうのは?」
「ああ、ここ最近、ロマニアからの物資が滞っているせいで作業が一向に進まない。お嬢ちゃんたちがこいつを解決してくれるんだったら、この件が片付いたらすぐにでもその城の修理に取り掛かってもいい」
「今度はロマニアだね」
「う~ん、これは時間がかかりそうなおつかいイベントの予感。キリのいいところで明日に回した方がいいかも」
「まだ時間はあります。ロマニアへレッツゴー」
ロマニアにある商会を教えてもらい、5人はその商会へと向かっていく。今、EFOの最前線にいるプレイヤーは魔界を探索していることもあり、序盤の街にいるのは初心者プレイヤーが主だ。つまり――
「なんだろう、人だかりができてる」
「行ってみよう」
5人が野次馬の男性に話を聞くと、つい先ほどここでPKをしていたプレイヤーがいたそうだ。不意打ちかつレベル差もあるということもあって、プレイヤーには不干渉のはずの自警団もその悪質さゆえにプレイヤーキラーを捕まえようとしている。彼らにつかまれば牢獄送りとなり、一定時間経過しない限り外に出ることができず、善悪度も0からのスタートになる。
「初心者狩りのPKね……」
「ジョーカーさんが言っていた通りだね」
「私たちには関係ないでしょ。【桜花】の強さは広まっているし、PKを仕掛けようなんていう馬鹿はいないって」
「ここで考えても仕方ないし、クエストを進めよう!」
PK行為が近くで起こったことを頭の片隅に入れながら、アイリたちは件の紹介のところに行く。そこには申し訳なさそうな顔をしたおじさんが冷や汗を垂らしながら、彼女たちに事情を説明している。
「つまり、ゴルドランからの輸送中に盗賊に襲われて荷物を送ることができないと」
「はい。ギルドにも依頼を出したのですが、受け取ってくれる方がおらず……」
「今は高レベルのプレイヤーがいないからねえ」
「お願いします。奪われた荷物を取り返してください」
「問題は盗賊の居場所だけど……」
「私に任せてください。天啓!」
盗賊のアジトを天啓で占うと、そこは洞窟の中。だが、地上には洞窟が多くこれだけでは決め手にはならない。他に目印がないかじっくりと見えた景色を観察する。
「荒野と無数の洞穴、洞窟が見えます」
「となると、王都近くの洞穴が怪しいかな」
「いっぱい洞穴があったところだね」
「そう。さっそく行ってみよう」
5人がギルドへと向かっていく最中、急にユーリがミミの腕を引っ張る。そして、ミミがいた場所に凶刃が振り下ろされる。土煙が晴れ、姿を現したのは目つきの悪い男性だ。
「まさか街中でPKを仕掛けてくる馬鹿がいたなんて思いもしなかったわ」
「よく俺の攻撃をかわしたな、油断していたんじゃなかったのか」
「あいにくPKが流行っているのに警戒しないプレイヤーはいないでしょ。【鷹の目】で見る限り、そっちは1人。こっちは5人。どう見ても勝ち目無いけど、どうする? 今なら見逃してもいいけど」
「ほざけ。雑魚は飽きてきたところだ。そろそろ上位プレイヤーに手を出そうと思っていたところだあああ!」
(相手のレベルは21。使用している武器からして剣士系列の職業)
動きもゲームに慣れていないのかスキルに振り回されてギクシャクしているように見える。初心者プレイヤーキラーの攻撃をすんなりとよけたユーリは相手に人たちを浴びさせる。
「えっ……私のHPが減っている?」
余裕をもって確実にかわしたはずの攻撃がヒット扱いとなり、相手はたったの1ダメージだ。相手が不明なスキルを使ったのだろうと思い、クナイを投げつけて出方をうかがう。もちろん、他のメンバーもその戦いをボーっと見ているわけではない。
「回復します!」
「パワードレインで動きを鈍らせるよ」
「レッドエンチャントマジック、メガサンダー!」
「爆発玉!」
「無駄なんだよ!」
プレイヤーキラーが彼女たちの攻撃をものともせずに突っ込んでいき、ユーリに一太刀を入れようと剣をふるうもよけられてしまうが悔しさはみじんも感じられない。だが、謎のヒット判定を読んでいた変わり身の術でユーリは彼の攻撃から逃げ切ることに成功した。
「謎の射程距離に高すぎる防御力。極めつけは固定ダメージすら1ダメ。もしかして、チーター?」
「大当たりだ。こんな先行プレイヤー有利なクソげ―、俺様のチートツールでぶっこわしても構わねえだろうが!」
「確かに日数かけたプレイヤーが有利なのは認めるよ。でもね、どんなゲームでも楽しんでいるプレイヤーはいる。それをあんた個人の理屈で奪わせない!」
「ほざけ!お前はここで俺様に手も足も出ずに負けるんだよ!」
「分身の術!」
「シャドーミラージュ!」
「そんな目くらまし俺には聞かねえんだよ。回転切り」
プレイヤーキラーが1回転すると、離れた場所にいた分身体ごと【桜花】メンバー全員に攻撃がヒットする。すんでのところでミミがサンクチュアリを張ったことで、ダメージはさほど痛くはない。
「てめえらの防御かてえな。俺の攻撃ステータスをさらに上げてもいいが、そうすると相手をいたぶることができなくなっちまうんだよなぁ、これが!」
「趣味が悪い!」
「【桜花】は粒ぞろいって話だが、お前はレア職業でもレア種族でもない接近戦型の雑魚。それに接近戦ならレンジがある分、こっちが上だ!」
「レンジなら私たちの方が上だよ、ヒュドラブレス!」
「フレイムスピア!」
「チートで状態異常は効かねえようにしているんだよ!」
水浴びくらいにしか思っていないプレイヤーキラーはユーリに攻撃を仕掛けていく。サンクチュアリとミミの回復のおかげで空蝉の術を温存できているが、それが長く続かないのは明白だ。
そして、年末のレイドで火炎瓶を大量に消費したことでChrisは精霊魔法が使えなくなっていた。赤魔術師のAoiもこの状況を打破するすべを持っていない。となれば、二人の視線はアイリに集まるのは自然な流れだ。
(強い方の精霊魔法を使えばこの状況を打破できるかもしれない。でも、街中で撃つことはできない。となれば……)
それができるかはわからない。だけど、可能性がわずかでもある限り、そして親友のユーリを助けるため、自分の直感を信じて動く!
「可能性を少しでも……シャドーミラージュ!【急成長】!」
「はん、そんな雑魚攻撃何の役に立つんだ!」
プレイヤーキラーが剣をふるい、雑に植物のつたを刈り取る。だが、それに負けじとアイリは急成長のスキルを使い続ける。
(アイリがやろうとしているのはケルベロス戦と同じ……だったら!)
「雑魚の私に時間かかるって、あんた雑魚ってことかしら」
「ほざけ!」
「空蝉の術」
アイリの意図を読み取ったユーリがプレイヤーキラーを煽り、ヘイトを稼いでいる間、分身を使って【急成長】の使用回数を加速度的に増やしていった。そして、サービス初期から使い続け、幾度となく彼女の窮地を救ってきたスキルは彼女の思いに応えるかのように進化する!
【急成長Lv1】は【急成長Lv2】に進化しました
「お願い、ユーリちゃんを助けて!【急成長Lv2】!!」
彼女の手から同じように伸びていくツタ、だが、今回はそれだけではない。道端にある街路樹、店前の観葉植物すらもアイリの願いをかなえようとしているかのように、枝や葉、ツタが伸びていきプレイヤーキラーの手足に巻き付いていく。
「この程度の束縛なら……」
「忍法・影縫いの術!」
プレイヤーキラーの影に向かってクナイを投げつけると、ピタリとその動きが止まる。
「なんだこりゃあ!動けねえ!!」
「切り札ってのは最後まで取っておくもの。ダブルバインドは効くしょ」
「いくよ、エナジードレイン!」
「HPが減って!? 状態異常でもない継続ダメか。くそ、こうなったら魔法で一気に!」
「そうはさせませんよ、火炎草!」
「あがっ…か、からぁあああああ!?」
プレイヤーキラーが懸命にあがこうとしても、魔法が封じられ、植物たちはそれを許すまいとさらに絡みついていく。そして、彼は抵抗できぬままHPが0となり、リスポーン位置へと飛ばされる。
「これで懲りてくれたらいんだけどね」
「おーい、【桜花】!チーターのカオスってやつ、規約違反で運営に報告しておいたぞ」
「スクショも動画もとっておいたからアイツ、アカBANされるだろうよ」
彼女たちの戦いに巻き込まれないように避難していたプレイヤーから、励ましと運営に報告したことを告げられる。チートプレイヤーのPK騒ぎに巻き込まれたものの、彼女たちは気にせずクエストをすすめるのであった。