第69話 吸血鬼
「あの吸血鬼、強すぎだよな」
「つーか、暗いとはいえ昼間に挑んでいるだから弱体化しろ」
「それな」
ユーリたちは古城へと向かっていくさなか、噂の吸血鬼に挑んで敗走しているプレイヤーとすれ違う。ただのお手伝いイベントだと思っていたが、戦う機会があるようでユーリが俄然気合を入れて足を進めていく。
「吸血鬼と言えば太陽が弱点だよね」
「となると光魔法の出番。ミミちゃん、期待しているよ」
「がんばります」
タンク不在とはいえ、弱点をつける(かもしれない)ミミがいることで、万が一の戦闘も大丈夫と思いながら、進んでいくと古城らしき建造物が見えてくる。地面には大きな戦いがあったのだろう傷跡がいまだに残り、外壁はボロボロ、天井は穴だらけ、雨風をしのぐことさえできなさそうだ。
「ここに住んでいるのかな?」
「戻ってきたプレイヤーもいるから大丈夫なはず」
「今日は客人が多い日だ」
蝙蝠がバサバサと集まっていくと青年の姿となってユーリたちの前に現れる。マントを羽織り、鋭い牙を隠そうともしていない彼が件の吸血鬼であることは間違えようがなかった。
「プレイヤーの血は魔力が通っていて格別だと聞く。しかも女ときた」
ジュルリという音が聞こえそうな舌なめずりをする吸血鬼。これは話を聞いてもらうとか戦闘を避けるどころではなさそうだ。
「私たちが勝ったら、話を聞いてもらうよ」
「我に勝てるのであればな!カースドブラッディニードル!」
「カースバリア!」
地面から無数の血の針が生えてきて、ユーリたちに襲い掛かるも呪いの障壁に阻まれ、跳ね返ってくる。それを見た吸血鬼が上空へと舞い、悠然とかわす。
「ブラッドレイン!」
「ホーリーバリア!」
雨のように降り注ぐ血のつぶてが光の壁に防いでいる中、速さ特化のユーリとAoiが吸血鬼への背後へと回る。
「火遁・烈火の太刀!」
「レッドエンチャントパワー、サンダーブレード!」
二人の刃が吸血鬼を襲った時、霧のように霧散すると同時に吸血鬼が背後へとワープする。
「ダークネスウェーブ!」
「空蝉の――」
「ここは私に任せてください。盾に切り替えて、レッドエンチャントガード!」
吸血鬼が放った黒い波動がユーリをかばったAoiに直撃し、弾き飛ばされる。ミミが彼女を回復している間、アイリは地上で分身体を作り、Chrisは空を飛んでいく。
「数を増やしてきたか。ならばこちらもダークネスミラージュ、ブラッディミラージュ」
分身の魔法を2つ使って、一気に多数の分身体を作る吸血鬼。だが、そんなことを気にせずアイリは続けて魔法を使う。
「ダークウェポン+【射出】、ヒュドラブレス、【急成長】+エナジードレイン!」
「その程度の攻撃かわせぬとでも。ダークネスムーブ!」
分身体がかき消されるも一瞬にしてアイリの後ろに回り込む吸血鬼。完全なる隙。だが、それを狙ったかのようにミミの光弾が着弾する。
「ぐっ……年端のいかぬ子どもと侮っていたか」
「最長ログインプレイヤーの称号は伊達じゃないんです」
「ならば、貴様から八つ裂きにしてくれるわ。ブラッディクロス!」
「ホーリーストリーム!」
ミミへと襲い掛かる紅い十字の閃光を一瞬にして打ち消していく青白い一条の光。それを自身の姿を小さな蝙蝠へと変えることでやり過ごしていく。
「今なら焼き払えます。爆発玉!」
フレイムに頼んで爆発強化した爆発玉が上空にいた蝙蝠たちを打ち落としていく。だが、爆発に巻き込まれなかったり、爆発に耐えた蝙蝠たちが集まり吸血鬼へと戻っていく。だが、ダメージは相当食らっている。
「我にここまでの手傷を負わせるとはな。だが、本番はこれからだ!」
「っ……残像が見えるほどのスピード!?」
「ただの残像ではない。ミラージュアタック!」
「空蝉の術!」
「シャドーダイブ!」
「ホーリープロテクション!」
「レッドエンチャントガード!」
ぐるりと取り巻く無数の残像が5人に向かっていき、手にした血の槍で刺していこうとする。回避魔法を残していたユーリとアイリ、自身に防御力を向上させるミミやAoiは耐えることができたが、そういった防御手段のないChrisはここでリタイアすることとなった。
「まだ耐えれたか。だが、我をとらえることはもはやできん。これぞ血の牢獄、ブラッディスピアレイン!」
「私が風穴を開けるよ」
「分かった。Aoiはさっきと同じ技を、ミミ、あとは任せる」
「頑張ります。スキル――」
「シャドーミラージュからのダークストーム!」
目の前の魔法効果を無効化する闇の暴風が吸血鬼を襲い、攻撃を打ち消しながらその本体が露わになる。足を止めた、たった一度の最大のチャンス。ユーリたちはこの一撃にすべてをかける。
「風遁・迅雷の太刀!」
「レッドエンチャントパワー、サンダーブレード!」
雷をまとった刃が吸血鬼を襲うもまたしても霞状態になって消える。先ほどの二の舞のように見えるが、吸血鬼が現れた場所を予知していたかのように光の槍が吸血鬼の心臓に突き刺さる。
「ぐおおおお!我のミストボディが破られるだと!?」
「スキル【未来予知】。見れるのは数秒先の未来だけですけど、どこにユーリお姉ちゃんの攻撃が当たるかどうか、そして吸血鬼さんが霧状態になってどこに逃げるかくらいは見えます。そして、見えた先に闇のモンスターさんに特攻ダメージのホーリースピアで攻撃すれば!」
「まだだ、まだ終わらんぞ……」
「もう終わりだよ、ヒュドラブレス!」
「レッドエンチャントマジック、フレイムスピア!」
「火遁・炎爆苦無!」
胸に突き刺さっている光の槍を抜こうとしている吸血鬼にアイリとAoiはトドメの一撃を放ち、吸血鬼のHPを0にするのであった。
戦闘が終了したことでHP1の状態で復活したChrisを確認したのち、吸血鬼が話し出す。
「見事だ。プレイヤーたちよ。それで我に何の用だ?」
「城が壊れていて困っているって聞いたから、こっちに来たんだけど」
「ああ、それはすまないことをした。吸血鬼を倒した際に残る【吸血鬼の灰】が不老不死の霊薬の材料になるという眉唾ものを信じた愚か者どもから命を狙われることが多くてね。中にはプレイヤーに頼んでいる者もいるそうだ。君たちもその類だと思っていたが、話が通じるあたり違うようだ。手下の蝙蝠たちも君たちなら信用できると言っている。私の願いを聞いてくれないだろうか?」
彼女たちの前にメッセージウィンドウが現れ、シークレットクエストの表示がなされる。彼女たちが知る由もないが、このシークレットは所属しているクランが魔界にいるNPCに暴力を一度も振るわないことが条件となっている。表示されているクエストを受けるかどうかの質問に5人は迷うことなく『はい』を選ぶ。
「助かる。この城を修繕しようにも腕の立つ建築士が必要だ。だが、魔界の建築士は仕事が雑でね、できれば地上の建築士を探してほしい」
「それなら吸血鬼さんでも探せるような……」
「あいにく太陽のない魔界なら日中でも活動はできるが、地上だとそうはいかない。そして我が目星をつけている建築士バートンは夜間営業をしていない。営業外を襲うのはプライドが許せない。そこで君たちに彼を魔界までエスコートしてくれ」
「そのバートンさんはどこに?」
「今は王都で復興作業の手伝いをしていると聞く」
「とりあえず王都に戻ろうか」
「そうだね」
「いきましょう」
吸血鬼の依頼を受けた5人は王都へと向かうのであった。