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第63話 年末レイド戦

 EFO、今年最後のイベントとして用意された年末レイドは27~30日の4日間にもわたる長期戦だ。出てくるモンスターが日ごとに変わり、27日が生産素材(アイテム系)、28日生産素材(武器防具系)、29日(G大量系)をドロップするモンスターが湧き、そして最終日の30日には新エリアのモンスターがレイドボスや雑魚エネミーとして姿を現す。つまり、今後の攻略に向けていち早く情報収集ができるということもあって話題になっていた。


「もうすぐ12時。今日のレイドは18時に強制終了だから6時間ぶっ通すけど、みんな大丈夫?」


「うん。どんな相手か楽しみだね」


「私たちは後ろから支援します」


「がんばります」


「昨日、仕事納めもしたし、暴れるわよ!」


 受験勉強のため不在のリュウとケイを除いた5人がモンスター出現ポイントである王都近くの荒野で待ち構える。そして、ドスンドスンと地響きが聞こえる。最初はこのあたりで出る大型恐竜のモンスターかと思ったが、近づいてくるシルエットはまるで違った。


「大型悪魔? 角とかないから巨人? 細部は違うけど、ゴルドランの悪魔の色違いモンスターでしょ」


「それだけじゃないよ。周りに小さな悪魔もいる」


「う~ん、それだけだと拍子ぬ――」


「待って!後ろからなんか来ていない?」


「あれは――!?」


 巨人たちの背後から現れたのは9つの首を持つ毒竜ヒュドラ。アイリがヒュドラを似せた毒、ヒュドラブレスを散々使っているせいで、プレイヤーたちにはなじみ深い姿ではあったが、本体自体はまだ登場してなかった。確かにこれは新規モンスターで知名度的にもレイドにふさわしいモンスターだとプレイヤーたちは頷く。


「毒対策のチェック、忘れるなよ!」


「こっちは年がら年中装備済みよ!」


「本物がなんぼのもんじゃい!こっちは魔王様の毒を受けているんじゃぞ!」


「だから魔王じゃないよ!」


 アイリの突っ込みを無視し、一般プレイヤーがモンスターの群れに突貫していく。大振りとはいえ、初見である巨人の剛腕を苦も無く避けるあたり、上位のプレイヤーであることが容易に伺える。巨人と比べると小さいが、人間大の悪魔が黒い炎の玉を飛ばすのを盾職がふせぎつつ、ヒュドラの近くまで行く。


「案外すんなりいけたな」


「よーし、一気に行くぜ!」


 攻撃に取り掛かろうと剣士が襲い掛かろうとしたとき、毒をまき散らしていたヒュドラの首の一つがプレイヤーを一睨みすると、体が全く動けなくなる。


「麻痺状態!?」


「しかもスタックが大量についているからなげーぞ、これ!」


 ヒュドラが動けなくなった獲物を余った首を使って、がぶりと丸のみにしてごくりと胃袋の中へと入れていく。ヒュドラに接近しすぎたプレイヤーたちが次から次へと麻痺状態という死刑宣告を食らっていく中、魔導士たちが遠距離からの攻撃でダメージを与えていく。

 すると、今度はおびただしいほどの毒液を吐き出して自身にまとわせると、ダメージが大幅にカットされる。


「毒の鎧ってところかな。遠距離攻撃ばかりするとああいう感じになって攻撃が通用しなくなる。昇格戦のミノタウロスといい、これからはこれまで通用していた戦術、ワンパターンな攻撃は通用しにくくなるとみた」


「ユーリちゃん、分析は後でいいよ。何か方法はない?」


「まずは情報収集と。分身の術」


 ユーリが分身を毒の霧の中に送り込むと、一瞬にして霧散する。この調子ではアイリの影分身や召喚獣、テイマーモンスターも同じ結果になるに違いない。


「送り込めるのは毒対策したプレイヤーだけ。毒を無力化すれば、麻痺対策させたプレイヤーで戦えるとは思うけど」


「ダークストームで吹き飛ばせるけど、一瞬で元に戻りそう」


「アイリお姉ちゃん、少しの間だけふつうの空間になるなら、状態異常はわたしがなんとかします」


「ミミちゃんに対策あるならそうしよう。じゃあ、通常装備に切り替えて……オッケー!」


「じゃあ、いくよ。ダークストーム!」


「サンクチュアリ!」


 毒の霧を払うと、ヒュドラの近くに大きな魔法陣に描かれ光の結界が生じる。光の結界に入っていた事情も分からないプレイヤーが睨まれても、麻痺になる様子はない。


「ミミちゃん、すごい。どういう効果なの?」


「聖女専用の魔法でこの結界内にいるプレイヤーに対して、一定時間防御力アップ効果とマイナス効果を無効です。ただけがれている場所だと発動できないのでアイリお姉ちゃんにふつうの空間にしてもらう必要がありました」


「効果が切れそうになったら、一度退却して遠距離攻撃で足止め。サンクチュアリのクールタイム終わったら、ダークストームで毒の鎧ごと打ち消してみんなで合わせて攻撃するよ」


 ヒュドラにようやくまともに攻撃できる機会が生じたことで、各プレイヤーの攻撃対象が取り巻きの雑魚からヒュドラへと切り替わり、さらに熾烈なものへと変わっていく。


「読み通り接近戦を仕掛けていると、それへの対処を先に優先するから毒の鎧をまとわない。これならいけそう」


「ユーリちゃん、後ろ!」


「大丈夫、見えているよ。【エアージャンプ】」


 背後から時間差で迫ってきた2つの首の攻撃を2段ジャンプで軽やかにかわす。毒も麻痺も封じられたヒュドラにとって通常攻撃しかできないため、動きが読みやすく、また狙いがつけられていないプレイヤーも多い。

 サンクチュアリのクールタイムを利用して、巨人などの相手も忘れていない。城壁が破壊されれば、その時点でその日のレイド戦は終了とアナウンスされているからだ。そして、城壁へのダメージがないまま13時を迎えた。


「このまま押し切れそうだね」


「残り半分、何もなければいいんだけど」


 レイドボスにしてはあっさりとした感じだが、ヒュドラは毒の鎧さえなければ防御力自体は高くない。それに加えて、この2か月間の丁寧すぎるほどの初心者向けイベントでプレイヤー側の底上げもされていることもあって、ファフニール戦以上の速さでHPが削られていた。

 楽勝かと思われ始めた時、ヒュドラが咆哮を放つと上空からワイバーンが飛来してくる。初めて遭遇するそれはプレイヤーたちの上空を通り越して、直接城壁を狙っていく。こうなると、戦力を2つに分けざる得なくなり、ヒュドラへのダメージを与えるスピードは大幅に低下していく。


「アイリはダークストーム使う時だけ、こっちに来て。それまではワイバーンに専念」


「うん、分かった。【飛行】」


「私も行きます。【飛行】」


「空中戦はオレの方が一日の長があるぜ。【飛翔】!」


 アイリ、Chrisに加え、近くにいたジョーカーがワイバーンへと向かっていく。地上からでは距離があるため捉えにくいワイバーンも、空中戦ならば技や魔法の有効射程に収めることができる。


「まずは音響玉で!」


 ワイバーンの群れに向かって球を投げると、モンスターにしか聞こえない巨大な音が炸裂する。爆心地にいたワイバーンが飛行できずに地上に落下していき、離れた場所にいたワイバーンもふらふらとしており、飛行もおぼつかないようだ。


「よくやった!狩り放題だ、ネックハンター!」


 ジョーカーがワイバーンの首元を一撃で切り落としていく中、アイリも負けじとダークサンダーやヒュドラブレスでワイバーンを撃ち落としていく。ワイバーンの数を順調に減らしていく中、ジョーカーが舌打ちする。


「そろそろ時間切れか。一度降りねえとな」


「あとは任せてください」


「おうよ。だが、時間切れには気をつけろよ。落下ダメージでリスポーンなんて間抜けだからな」


 ジョーカーが地上に戻り、ヒュドラ周りの雑魚の掃討へと戻っていく。しばらくして、ヒュドラのHPが1/4になったころ、赤色に染まって発狂モードへと移行していく。単純な火力だけでなく、攻撃速度も急上昇したことで、前衛組は回避に専念せざるを得なくなり、攻撃の手が緩くなる。


「ロングスタンプ!」


 LIZが持っていた木槌の柄を伸ばして、ヒュドラに一撃を加えるもビクともしない。


「っ……毒の鎧をまとってないのに先よりもダメージが低い。防御力もアップしているわよ!」


「ユーリお姉ちゃん、どうしますか?」


「とにかく隙を見ながら攻撃するしか……」


 少しずつでもダメージを与えようとするプレイヤー。刻々と過ぎていく時間。残り時間あと10分、あと5分と差し迫っていく中、ワイバーンの群れを掃討したグループがようやく戻ってくる。


「アイリ、Chris、もう残り時間がないから、一気にやっちゃって」


「フレイム、精霊魔法を使います」


『火種の準備はできているか?』


「もちろんです。火炎瓶3カートン分セット、プロミネンスバーン!」


「ダーク師匠!【精霊の加護(闇)】」


『にひひひ、こんな死にかけにアレを使うのももったいないからな。全力で強化してやるぜ』


「カースインフェルノ!」


 太陽のごとき熱量を持った赤い炎と呪われた黒い炎が螺旋を描きながら、ヒュドラに叩き込まれる。やけどへの耐性はなかったらしく、大量のスタックがたまっていき、ヒュドラを焼き尽くしていく。そして、残り時間1分切ったところで、ヒュドラはついに倒れる。



 レイド終了と同時に空が暗くなり、プレイヤーたちにストーリーイベントのアナウンスが流れる。それと同時に、突如何もない空間から角がはえた初老の男性が黒い翼を広げながら現れ、プレイヤーたちにぱちぱちと気持ちのこもっていない拍手を送る。


「まさかヒュドラすら撃退するとはプレイヤーの力量を見誤っていたようだ」


 一体何者だろうかとざわついているプレイヤーを冷たい目線で見つめる老人。


「これは申し遅れた。我はソロモン72柱の1柱――」


「バエル!」


 太陽王が駆けつけ、老人の名を叫ぶ。アイリやCランクに昇格したプレイヤーならばわかる現魔王ソロモンから離脱した1柱の1体だ。太陽王がすぐさま剣を抜き、臨戦態勢に入っているあたり、ファフニールと同レベルの相手だということがプレイヤーにもわかる。


「離反した理由を聞かせてもらおう」


「ふん、決まっておる。人間というものは争いがなくなれば、別の理由を探して争いをする愚かな生き物だとわかったからだ。現存する72柱の1柱、バルバトスも我の人類抹殺計画に賛同した。1年以内に人間どもをオールデリートしてやろう」


「そうはさせません。ここで主犯格であるバエル、貴方を倒せば、そのくだらない計画は水の泡になる。我が聖剣、真名解放――ガラディーン!!」


「ぐおおおおおお!」


 ファフニールを焼いた大熱波がバエルを襲う。黒い翼が焼かれていき、手足は炭化していく。誰しもが勝ったと思った時、バエルはニヒッと薄気味悪く笑い、大熱波を打ち消す。


「ふう~、さすがに直撃では我も堪える。だが、以前よりも弱い。魔法で年をごまかしているようだが、その中身はズタボロ。全力では一振りするのがせいぜいと見た」


「…………」


「だが、軍勢を失い、我も少なからず手傷を負った。威力偵察にしてはいささか損失も大きいが、目的は達成した。ここはおとなしく引いてやろう。さらばだ、最後の騎士ガウェイン」


 バエルの姿が闇へと消え、剣を構えたままのガウェインとプレイヤーだけが残された。


「……ソロモン王と至急連携をとる必要がありそうですね」


 ガウェインがポツリと漏らした後、長時間のログインをしていたプレイヤーたちはストーリーイベント終了と同時に強制ログアウトとなるのであった。

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