第62話 クリスマス・オフ
今年のクリスマスが土曜日ということもあり、街中では多くのカップルが見受けられる中、愛理と悠里は駅前で『Chris』がやってくるのを待っていた。広場の時計がそろそろ待ち合わせの時刻を指し示そうとしたとき、銀髪の女の子が辺りをきょろきょろと見渡していた。
「えっ~と、私、アイリだけど、Chrisちゃんかな」
「ハイ、そうデス。ということはとなりの子がユーリチャンデスネ?」
「ゲーム内と一緒。私たちと同じでほとんど変えてないんだ」
「キャラクターメイキングはムズカシイデス」
「わかる。変にいじると顔のバランスが可笑しくなっちゃうんだよね。ちょっと色白に変えたくらい」
「私なんて髪しか変えてないよ」
「ワタシはホンヤクソフトがあるだけでまんぞくデス」
お互いまだつもる話はあるが、ひとまず駅前の広場から離れ、人通りが多い商店街へと向かっていく。道中ではサンタの恰好をした人が自分の店のチラシやポケットティッシュを配る、VR技術が発達する前でも見られた普通の光景。
だが、商店街に入った瞬間、周りの景色が一変し、変哲もない店がクリスマスらしい装飾に早変わりし、雪だるまたちがぴょこぴょこと跳ねている。3人が上空を見上げるとホログラムのサンタがそりに乗って縦横無尽に走り回り、プレゼント箱を落としていく。そして、そのプレゼント箱に触れると、おすすめの店がランダムに紹介されたチラシが宙に映し出される。
「まるでゲームみたいデス」
「VR技術を応用したホログラム宣伝。商店街の入り口にVRゴーグルと同じ機能を持つ装置が備えられている。各地で導入され始めているとはいえ、関東地区でも数は少ないから、この商店街はマスコミに取り上げられることも多いんだ」
「夏だとサーファーが波しぶきとともにチラシを配ってくれるよ」
「それはおもしろそうデスネ。来年がたのしみデス」
「せっかくチラシも貰ったし、この店に行ってみない? 今なら30%OFFだって」
「私は映画の割引券。Chrisは?」
「ワタシはドリンクのクーポン券デス」
「みんなでそれぞれの店行ってみよう!」
自分たちのスマホにチラシのデータをダウンロードして、三人は商店街をゆっくりと歩いていく。まずは映画館で興味のある映画を探していく。
「確か、このアニメって人気あるんだよね」
「うん、私も見ているけどこの先生の人気はすごいよ」
「ワタシも見てマス」
「見たことないけど、見てみようかな。次のVR版の上映時間は……今、始まったばかりか」
次の上映まではずいぶんと時間がある。チケットだけ購入して、それまでは店を回っていくことにした。服やコスメ、アクセサリー……様々な店を回っていき、時には試着して気に入ったものを買っていく。そろそろ、食べるところも混み始める時間帯、たまたま近くにあったカフェに入る。
「ランチセット。飲み物はホットコーヒー、砂糖・ミルク入り」
「私もランチセット。飲み物はホットココア」
「ワタシはケーキセットをお願いしマス。ドリンクはホットのコーヒー、シュガー・ミルクなしデス」
「かしこまりました」
店員がメニューを下げて、三人の会話が始まる。やはり、ゲーム内では聞けないような内容について切り込むべきだと思い、悠里から話しかける。
「Chrisって何年生? 私たちはS高の1年」
「ワタシは聖ガブリエル女学院の1年デス」
「同い年だったんだ」
「少し大人びて見えたから2年生くらいかなって思っていた」
「ソウデスカ?」
「うん。落ち着いている感じがするもん」
「アイリが落ち着いてないだけデハ?」
「それは言えてる」
「ひどくない!?」
ウェイトレスによって飲み物が先に運ばれ、一口つけて落ち着いてから、今度はChrisが話す。
「それにしても二人は仲良しデスネ」
「幼稚園からの幼馴染だからね。家も近所だし」
「うんうん。小さなころなんて、おままごとしていると悠里ちゃんが引っ張ってボール遊びさせてくるもの」
「身体動かすの好きだからね。ゲームも好きだけど」
「よくゲームやれる時間あるよね。私なんて期末テストが控えていた11月はほとんどログインしてないよ」
「キャンプイベくらいだったっけ。まともにプレイしたの」
「そうそう。クリスマスイベはテストが終わってからの開催だったから助かった」
「ワタシは別クランになりマシタガ、休日にリアルフレンドとプレイしていマシタ」
「へえ~、お嬢様学校でもゲーマーいるんだ」
「イマスヨ。ワタシをこのゲームに誘ってくれた大切なフレンドデス」
「今度、その人と遊んでみない?」
「いいね。私もその人がどういうプレイヤーか気になるし」
「イイデスヨ。レイドが終わったら紹介シマス」
「楽しみだね」
「うん」
そうこう話しているうちに料理が届く。談笑しながら食べていると、いつの間にやら映画の上映時間が迫ってきている。三人は急いでランチ代を支払って、映画館へと向かう。
「やっぱ映画と言えばポッポコーンとコーラ。これは外せないでしょ」
「味は? 私、塩」
「キャラメル派の私に聞く?」
「ワタシはシネマ限定のフレーバーがいいデス」
三者三様のポップコーンを手に取って、場内へと入っていく。映画の中身は少年漫画らしく一見さんでもわかりやすいもので、ド派手なアクションシーンがウリである。そして、何より……
「VRMOVIEは臨場感あってサイコーだよね!」
「やっぱり素通りになると言われても、攻撃されると怖いよ!」
「すごい迫力デス!」
VRとして映画の中に入り込み、物語を第三者視点で疑似体験できるというのがこの映画の特徴である。
家庭のレンタルDVDやストリーミング配信では見れない付加価値をつけなければ、映画館はこの先生き残っていないと考え、劇場でしかできない貴重な体験をしてもらうために、アニメ会社やゲーム会社を巻き込んでVR技術に手を出す。その結果、VRMOVIEという1つのジャンルが生まれた。
「ゲームをしていると、自由に移動できないのが少し残念」
「映画の進行もあるからそこは仕方ないよ」
「といっても、バックから見たり、サイドから見たりする程度はデキマス」
Chrisが人気キャラの後ろから応援していると、大技を決めて敵幹部を倒す。そして、主人公がボスを倒し、映画のヒロインとなんやかんやとした後、映画が終わる。
劇場から出るときには夕方になろうとしている頃合いだ。三人が帰路についていると、パラパラと雪が降ってくる。
「今年はホワイトクリスマスか……」
「ニホンに来てからは雪がレアなので、少しうれしいデス」
「うん。雪が降るとテンション上がるよね」
三人は雪が降ってくる天を眺め、来年も一緒に楽しめたらと思うのであった。