第59話 謎の美女と白魔導士
ヴィヴィがまるで自分の家であるかのように紅茶をふるまい、アイリの質問に答えていく。
「私とマーサの関係? ふむ、言葉にするのは難しいが、古くから互いによく知っている間柄と答えておこう」
「幼馴染みたいなものかな。それにしては……その……」
「若いというのだろう。魔法で肉体はごまかせる」
20代にしか見えない若々しい身体だが、年は相応にとっていることは落ち着きのある雰囲気からも分かる。
「では、今度は私からの質問。アイリは何をしにここへ?」
「あっ、そうだ。マーサさんに魔法を教えてもらおうと思って。マーサさんはお休みですか?」
「今日は魔力が満ちる赤き月の日。今晩はいない」
「そうですか……ヴィヴィさんはこちらによく来られるのですか?」
「こちらにも事情というものがあってだな、月に1回あるかないかといったところだ」
「事情?」
「まだ教えるわけにはいかん。といっても、このまま無下に返すわけにもいかぬ。私の知っている魔法を教える代わりに少しばかり手伝ってもらえると助かる」
このあたりでクエストの受注のアナウンスが来るはずだが、アナウンスが来ない。バグかと思い、あとで運営に報告しようと考えつつ、ここは当然のごとく「はい」と答える。
「報酬は先払いにしよう。ダーク、近くにいるのはわかっているぞ。殺されたくなかったら――」
『ばれてんのかよ。なんで、お前が生きているんだ、●●●●!』
「今はヴィヴィだ。少しばかり改造するぞ」
『いででででででええええ!!』
ダークをわしづかみにして魔力を流し込んでいく。ヴィヴィが手を離すとダークがぐったりとした様子でアイリのもとに行く。
「これで精霊魔法に新しい技が追加された。使い道を間違えなければ少しは役立つだろう」
『少しどころじゃねえけどな!』
「う~ん、スキル欄の【精霊魔法(闇)】には変わりがないんだけどなぁ」
『使ってからのお楽しみってやつだ』
「では行くとしよう」
受け取った報酬の意味もよくわからないまま、アイリはヴィヴィの後を追って森の中を歩いていく。そして、目の前にはゲームをやり始めたころにユーリと一緒に入った闇の洞窟の入り口がぽかりと開いている。
「うわ~、懐かしい」
「懐かしんでいる場合ではありませんよ」
奥からやってきたのはあのときと同じダークゴーレム。レベルも同じ57とあの頃を思い出させるものとなっている。
「あの時は逃げるしかできなかったけど、今度は勝負!ハイグラビティ!」
高重力場が作り出され、ダークゴーレムはその重量の重さから動きが完全に封じられてしまう。もはやこうなれば、アイリの呪い攻撃に対抗する手段もなく、あっさりと落ちるのであった。以前は逃げの一択だった相手を完封勝ちしたことで強くなったことを実感しながら、アイリたちはさらに奥へと進み、祠の前まで行くのであった。
「黒いオーラは流れていないみたいだけど……」
「あれはファフニールのいる亜空間から漏れ出した瘴気。奴がおとなしくなっているのであれば、これはもはや不要。カースブレード」
呪われた黒い魔剣が祠に突き刺さり、粉々になるまで破壊していくと、祠のあった床下には下層へと続く階段が現れる。
「この先になにが……」
「私が封印した者がいる。そして、この先は罪なき者だけが通れるようになっている。つまり、アイリにしかできないことだ」
賭博やPKKはセーフだったのかと思いつつもアイリは一人で封印と聞いてどれだけ凶悪な人物がいるのか、警戒を解かずに階段を下っていく。そして、扉を開けるとそこには地下にはに使わないほどの花畑が広がっており、白いローブを着た男性がアイリを出迎えていた。
「やあ、いらっしゃい」
「はじめまして、アイリといいます。えっ~と……」
「おや、その様子だと彼女から何も聞かされていないようだね。私は●●●●、おっと、この名は封じられているんだった。アンブローズ、しがない白魔導士さ」
『その男から話を聞く必要はないぞ』
ヴィヴィの音声だけが部屋に鳴り響く。中に入ることはできなくても、声だけは飛ばせるようだ。
「いやはや、どういう風の吹き回しだい? モ……いや、ヴィヴィだったかな。そんな安直なネーミングにするなんて君らしくない」
『神経を逆なでするのは相変わらずだな』
「君が直々にここに来るなんてそれこそ月が落下するくらいの大事件じゃないか。今更、君の封印を解くように脅迫するつもりかい。残念だけど、それはできない。解くつもりなんてこれっぽちもないからね」
『誰が解けといった。これくらいの封印、私自身で解いてやる。今日、来たのはお前の封印を解きに来ただけだ』
「……たしかに君なら私の封印をとける。なんといっても、私を封印した張本人だからね。でも、いいのかい? 間違いなく私は君の敵になる」
『ほう、あれほど口説いてか。今ここでお前が言った口説き文句を詠唱しても構わんぞ』
「よさないか。冗談はさておき、問題が起こっているのはわかっている。こっちも動いてはいるからね。といっても、表立って協力はしない。表向きはアイリちゃんの助けでこの封印を破いたように見せかけておこう」
『それで構わん』
「さてと、そこにある趣味の悪い石像を壊してくれたら封印は解かれるはずだ」
『ただし、魔法を撃つのは火属性、水属性、地属性、風属性、最後に闇属性の順だ。各属性の魔法は覚えているな』
「火はケルベロス、水はアクアプレッシャー、地はプラントクリンチ、風はダークストーム、闇はヒュドラブレスで行けるはずです」
「おっと、ケルベロスを召喚するにはここは狭いんじゃないか?」
『お前が潰れたらいい。押し花の魔導士、ちょうどいい二つ名じゃないか』
「それを本末転倒と呼ぶんだよ。それなら私が適当な魔法を――」
『私が教える。アイリ、カースインフェルノ(消費MP88)を覚えろ。火は専門外だが、こいつが教えるよりかはマシだ』
「名前からして強そう!覚えます」
アイリはカースインフェルノを覚えた
「呪われた炎で敵を焼き尽くす。相手に低確率で呪い状態とやけど状態を付与。へえ~運がよかったら2つも状態異常がつくんだ」
『そこの白魔導士ごと焼き尽くせ』
「焼かないから!カースインフェルノ!アクアプレッシャー!【急成長】からのプラントクリンチ!ダークストーム!ヒュドラブレス!」
5つの魔法を受けて悪魔のような石像は砕け散っていく。これでアンブローズの封印が解けたのかと彼に視線を移すと、憑き物がとれたかのようにゆっくりと腕を伸ばしていた。
「蛇がまとわりついたような感覚がなくなった。礼を言うよ。一緒に地上に行けば君の任務は達成だ」
「よかった」
「助けてもらったのに手ぶらで返すのは忍びない。ここは女の子らしいスキルを与えよう」
スキル【花の祝福】(自分の周りに花を咲かせる。花が周囲にあるとHPを自動回復する)
「わあ、周りにお花がいっぱい」
足元に色とりどりの花が咲き誇る。手で摘むことができるあたり幻想や幻覚の類ではなさそうだ。
「そうだとも。しかも花は君の想像力次第でバンジーでもチューリップでもひまわりにもなれる」
「どれどれ……」
今度はアイリが強くイメージしてからスキルを使ってみると、今度は一面ひまわりが咲き誇る。これは面白そうなスキルだなと思いながら、階段を上っていくと不機嫌そうにしているヴィヴィの姿があった。
「私になにか言うことはないかな、ヴィヴィ」
「死ね」
「ヴィヴィさん、落ち着いて!」
アイリは今にも襲い掛かりそうなヴィヴィとの間に割って入って、彼女を落ち着かせる。二人の間に何があったか知らないが、喧嘩させている場合ではないと思った。
「はあ、はあ……そうだな」
「ここで争っても仕方がない。なんたって、外には大軍がいるからね」
以前のクエストとは違い、アンブローズを外に救い出したら終わりというクエストではないようだ。気を引き締めながら、来た道を戻っていき、外に出るとそこには騎士のひとたちがずらりとアイリたちを囲んでいた。
「門番さんと同じ格好の人ってことは……」
「正規兵だね。ここは私に免じて剣を収めてくれないか」
「●●●●殿といえども、その命令は聞きませぬ」
「……真名封じも解除してくれたらいいのに」
「いざという時の手綱は必要だろう」
「我々の目的は前魔王復活の阻止ならびに協力者の排除。●●●●殿はお引き取りを」
「すまないが、それはできない。今の私はアンブローズだからね。というわけで、あとは君たちに任せた。病み上がりの私は後方からの支援に徹する」
NPCアンブローズがパーティーに入りました
この戦闘のみ、全最終ステータス1.5倍+HPMP自動回復状態になります
「なんかすごくパワーアップしている!?」
「ささやかすぎるな」
「完全に封印が解けていない私ではこれが限界だ」
「まあいい。こいつらのレベルは40~50程度。大した相手ではない。数百人程度、蹴散らすぞ」
NPCヴィヴィがパーティーに入りました
「わかりました。ケルベロス、死霊王召喚!」
アイリが乗ったケルベロスと死霊たちが騎士団に突撃していく。まずはケルベロスを落とそうと矢や魔法が向かってくるのを、アイリがダークストームで無力化していく。そのすきを逃さんと、死霊と黒い剣を握ったヴィヴィが襲い掛かり、血の雨を降らす。
「一気に行くよ、カースインフェルノ!」
黒い炎が一面に広がり、騎士たちを文字通り消し炭にしていく。隊長クラスと思われる敵キャラは運よく生き残ったようだが、それも呪いとやけどによるスリップダメージで苦しむだけの結果となり、すぐに部下たちの後を追う。
「状態異常が効くならポイズンミスト&【花の祝福】!」
今度は毒の霧が戦場に広がり、足元には黄色いとげとげした花弁の花が咲き乱れる。しびれ花から放たれる花粉は吸った者を一時的に麻痺らせる。マーサのところで植物図鑑を読んでいたアイリにとって、ゲームに出てくる危険な花が何かは熟知していたからこそできる芸当だ。この悪用方法にはアンブローズも苦笑いしている。
「が、からだが……」
「深く息をするな、術者を狙え!」
術者を倒さねば、この毒もしびれ花もなくなることはない。そう判断した騎士たちはアイリに向かって、まっすぐ矢と魔法を放っていく。アンブローズの加護を得ているとはいえ、これだけの数の攻撃を受ければアイリでも耐えきれるかはわからない。
「ミニマム!」
「消えた!?」
ケルベロスの背中から突如としてアイリの姿が消え、攻撃が素通りする。本当は小さくなったアイリがケルベロスの毛皮に隠れて見えないだけなのだが、その精神的動揺は大きい。何しろ、魔法の効果が持続しているということは見失った敵が近くにいることだけはわかり、どこから襲ってくるかわからない。
それに対応するため、騎士たちが円陣を組み、全方向からの攻撃に備えるのは必然ともいえよう。前後左右どこから攻撃しかけてこようとも隙はないと騎士たちが思っている中、アイリは彼らに攻撃を仕掛ける。
「デッドリーブレス!」
「なに、上空だと!?」
無意識的に警戒を怠っていた上空からの攻撃をまともに食らい、騎士たちを食らいつくす毒竜の顎。だが、敵陣の真っ只中に突っ込む形となり、騎士たちは逆にチャンスと考え、剣を握りしめ突っ込んでいく。
「【急成長】」
地中から突如として生えてきたツタがアイリを騎士たちの剣が届かない上空へと運んでいく。制空権を握ったアイリはアクアプレッシャーで騎士団に向かって毒の雨を降らしていく。
さらに毒が体に回り、その場で倒れていく騎士たち。しかも、強敵となるはずの隊長クラスはヴィヴィが優先的に排除したことでほぼ壊滅しており、弱弱しい矢が放物線を描き、どこを狙っているかもわからない魔法が飛んでくるだけであった。
紅い月を背に死を待ち散らすその姿はまさしく――
「これが……魔王…………」
「魔王じゃないって!」
ユーリから公式掲示板で自分のことを魔王だの化け物だの、名前を呼んではいけないあのエルフだのと呼ばれていることを教えてもらってからは、少しばかり気にしている。せめて可愛らしく魔法少女くらいにはクラスチェンジしたいのだ。
そういうこともあり、思わず攻撃をして訂正を求めるもつぶやいた騎士はすでに絶命しており、ただの死体蹴りである。死屍累々の山を築き上げたところで戦闘が終了する。
「お疲れさま。安全も確保できたようだし、ここいらで解散しよう。ここでの戦闘は私がごまかしておこう」
「お前の顔を見なくて済むならせいぜいする」
「怖いお姉さんにやられないうちに退散。退散。今度は敵にならないことを祈るよ」
花びらが舞い散り、アンブローズの姿が消えてパーティーから抜けたことのアナウンスが流れる。
「長丁場になってしまったな」
「そんなことないです。久しぶりに大暴れできて楽しかったです」
年末レイドを控えているせいか、ここ最近のイベントは戦闘よりも育成向きのイベントが多い。そのため、持っているスキルや魔法を思う存分に使って暴れることができるクエストは大歓迎だ。
「それはよかった……いや、よくない。この戦闘は報酬に入っていない。顔を出せ」
「こう?」
「そうだ。うごくなよ」
ヴィヴィが顔を近づけていき、額にそっと唇が触れる。すると、アイリの額に10円玉程度の黒い紋様が浮かび上がる。ヴィヴィが湖を鏡に変えて、アイリの顔を映し出させてその紋様を見せる。
「これは?」
「魔王城に行くことがあったら、地下に行くといい。くれぐれも現魔王に見つかるなよ」
ヴィヴィが湖の中へと飛び込み、パーティーから抜けたことをアナウンスが流れる。アイリが時間を確認すると、ゲーム内ではすでに深夜。現実世界でもとっくにお昼を過ぎていた。
アイリが急ぎつつもはじまりの街でログアウトし、髪が乱れていないかチェックする。
「あれ? おでこにこんなシミあったけ?」
ちょうど額の中央に黒っぽいシミができていた。ゲームの紋様みたいに髪で隠れるとはいえ、ちょっと嫌だなと思った愛理は薬局で軟膏を買って帰ようと思いながら、外に出るのであった。